「Art's Report site/ZAKKAYA PARIS

戸田昭子「雑歌屋パリ」

vol.3
病と音楽

世の中には不治の病というやっかいなものがある。あまりにも費用がかかるため、研究治療が見放されている場合すらある。逆に、治らなくとも治療が出来て、日常生活が営めるという病気もある。私の場合は関節リウマチである。関節リウマチは現在、不治である。単なる「リウマチ」(=どちらかといえば、関節の痛みなど)ではなく、膠原病のグループに入るので、薬物治療が欠かせない。放っておいたら寝たきりになる可能性もある。近年治療法がどんどん改良され、「きちんと治療をしていれば」、ほぼ普通の生活ができる。

まだ病気だということを知らなかった頃、手があまりにも痛むので、私は20年続けていたピアノを放棄した。書くことも放棄した。自分の名前を書くのさえ、痛みで書けないほどだったのだ。病気とわかり、治療はしていたが、手首を曲げられなくなっているのに気がついたときには“手”遅れ。でも手術を繰り返し、現在はまた、そんな手首でも、多少はピアノも弾けるようになった。昔から好きだった“弾き語り”も復活し、コンサートをする気にもなった。そして、日本へ行く際に、オフ会コンサートを実現した。

患者仲間はピアノに注目していた。この病気は放っておけば進行し、手も足も変形する可能性がある。想像できるだろうか。手が痛くて、舞台に感動しても拍手すら痛くて出来ない。箸は、意思に関係なく落っこちる。(それ以前に箸をもてないが。)足に来たら、人魚姫状態となり、歩けない。無理をすれば、翌日あちこちの関節が腫れる。痛みで普通の生活が出来なくなる。私も日本にいたら、おそらく、障害者の資格を取れる。

本当は、私はまず歌手であり、“ピアニストは少し“だけなんだけど、仲間のピアノへの期待は、無理もないことだったのだろう。

オフ会のお知らせを、ネット上のまだ見知らぬ仲間にしてもらっている頃、私の掲示板に、中傷の書き込みがあった。それはどう考えても、同じ病で手を使えなくなった人が、私がピアノを弾くことに嫉妬している、としか取れないものだった。私がフランスに戻ってからも、驚いたことに他の関節リウマチ患者さんの掲示板で、そんなやり取りが相次いだ。HPの持ち主は、関節リウマチだが、趣味で鍵盤楽器を弾き続けている。書き込みは「私は同じ楽器を弾いていて、コンクールにも優勝し、続けるために大金をかけて防音室も作ったが、関節リウマチになり、すべてあきらめた」というものだった。

しかし、決して「だから頑張ってください」というためではなく、「あなたは、音楽を続けていて図々しいですね」としか、としか理解できない誹謗だったのだ。

音楽療法というものがある。一方では、結果としてはげましや希望を生み、治療もなりうるはずの音楽なのに、それが逆に嫉妬を生み、病気の人々をさらに苦しめる。

一般には、悲しいときには歌いなさい、とか、音楽のお陰で癒され、元気が出た、ということが多い。けれども私はそれが通用しないということも体験した。心底まで悩んでいたときには、うたうなんて、そんな力は出なかったのである。音楽は、苦しむ材料でしかなかった。

個人的には、音楽は純粋に単なる音楽であり、芸術であってほしい、と思っているのだけれど、同時に音楽の力は、はかりしれない。

いつのときも、音楽に、ポジティヴにその力があることを望みたい。