Art's Report site/ZAKKAYA PARIS

戸田昭子「雑歌屋パリ」

vol.11

皆様、いかがお過ごしでいらっしゃいますか。
こちらは6月に入り、「学年末」が近づきました。
休日もちらほらまじるので、教える方としては
すっかりのんびり、早くも気分はバカンス・・・
おかしな所だけ、フランス化されてきたようです。

アーツリポートが日記になってしまうのもなんだなあ、と思いつつ、
前回の教会結婚式のご報告を申し上げます。

オルガン奏者からは、1週間ほど前に電話が来ました。
私が電話したときはバカンス中で、携帯が機能しない田舎にいたそうです。
当日、式の前にあわせることにいたしました。

曇り空で、なんとも寒く、この天気で結婚式は残念。
でも、会ったら、おふたりの熱さで、悪天候もふっとびますね、
とでも言わなくては、と思いつつオルガン奏者を待ちました。
合わせは無事でしたが、彼はモーツァルトの楽譜を受け取っていませんでした。
(!!!)
仕方なく、オルガンの横で一緒に楽譜を見ながら歌いましたが、
足鍵盤のあるオルガンなので、こちらの足の踏み場が少ないのです。
我々は、新郎新婦、お客さんたちから、ずっと離れたところにこっそりいる、
というのが救いでした。

教会全体が十字の型になっており、左翼?のところにオルガンがあります。
アヴェマリアと、バッハは、各自楽譜があったり、
オルガン奏者が暗譜でひけるというので”なれば一応”みたいな感じで、招待客の方を向いて歌ったのです。 

シューベルトのアヴェマリアは、フランス語版の楽譜を受け取っていましたが、
結局ラテン語で歌いました。
ラテン語でうたいたかったので、”一応”持っていった楽譜が役に立ちました。

なお、フランス出版の仏語の楽譜は7ユーロ。
ラテン語版のものは、アメリカで楽譜を買ったのですが、4ドル。
これもアメリカでの結婚式に頼まれ、
シューベルトの歌曲集としてドイツ語の楽譜しか持っていないので現地で探したものでした。
それにしても、この値段のちがいは・・・?????
(現在、楽譜とコピーの戦争に、少しまきこまれているのです。)

結婚式だから、寒いけれどとっくりセーターというのも失礼かしら、
と、ダマールを着こんで、とりあえずらしい恰好をしていきましたが、
遠めにいるのですから、結局役にたちません。
オルガン奏者はまったくの普段着。
背を向けて弾くし、結局見えないし、
出入りも裏口からするわけですから、それで充分なのです。

私は、裏口から司教者の控え室に入ったとたん、むせかえってしまいました。
部屋にはうっすら煙さえ漂って・・・
ミサのときには、お香をたき、その入れ物をふりながら神父が出入りします。
それがそのままそこにある、というのをすっかり忘れていました。
舞台にはほこり、外では汚染、教会ではお香・・・・
どうも、歌うのも簡単ではないような!?

val de graceというこの教会、歴史にうとい私は知らなかったのですが、
ルイ14世が生まれたお祝いにたてられた教会なのだそうです。
「こんな豪華な教会がパリにあったなんて!」と目を見張りました。
以前に歌った、ヴェルサイユ宮殿のチャペルをすぐに連想しました。
(もしかすると同じ設計者なのかもしれませんが、無知が下手なことを言ってもいけませんので、かもしれない、にとどめておきます。)

窓などはステンドグラスもなく、見た目より中は小さい感じで、
すっきりしています。
祭壇が、とってもゴージャスで、いかにもバロック!!!という雰囲気。
くねくねとした4本柱が、典型的にそういう印象を与えています。
南仏では、くねくね教会を見かけたような記憶がありますが、
パリ内では一番豪華らしいです。
ノートルダムはでかいのが売りの「大聖堂」でもっと古い建物ですが、
パリを訪れる方には、こちらも見学をお勧めします。
rerのb線、”port royal”駅が最寄です。(公開は毎日ではないようです)

この教会の前には柵があり、内部には、軍事学校があります。
待ちながら写真をとっていた私は注意を受けました。(でももう遅いのです)
おそらくそこの生徒なのでしょう。制服のかっこいい人々が案内してくれました。

新郎には、式の前にチラッと挨拶。
「遅れましてすみません。バリカンが2台とも壊れて」
という黒人の新郎さん、頭はなるほどこざっぱりと刈られていました。
(「髪を刈る器械」は、草刈機も同じ名で呼ぶので、式当日に何故のんびり庭の手入れをしているのかな・・・と一瞬思いました)
新婦さんには、式のあとにやっと会い、おめでとうを言うことができました。
化粧崩れはありませんでしたが、喜んでいただけたようです。

「次回のお願いは、たぶんないと思います・・・」
・・・・そうですよね。

なお、この日楽譜を見たバッハをうたうときに、小さな失敗をしてしまいました。
o Jesus, doux sauveur
イエスよ、優しき救い主よ

といわねばならないのですが

o Jesus, doux saveur

とやってしまいました。
「イエスよ、甘い香りよ・・・」

doux(優しいという意味もあり、甘いという意味もあり)とくると、
どうしても、枕詞のように、おいしいものと結びついてしまうのです。
どうして「やるだろうな」と思ってしまう失敗って、実行してしまうのでしょう。
自慢になりませんね・・・

とだあきこ