Art's Report site/ZAKKAYA PARIS

戸田昭子「雑歌屋パリ」

vol.5

メセナについて2〜美術関係者からの話・学校〜

●オランダ
美術家が住める(画家とか彫刻家とか)建物ごとアトリエがあり、そこに住めるようになっている公共施設があるそうです。言い換えると、市民の皆様の税金で成り立っているわけです。アーティストたちは、パフォーマンスとか、発表をする場所でもあり、生活の場でもありますが、家賃は払わず?電気代も皆様の税金もちだそうです。

市民は「おらが税金を払ったアーティストたちは、どうしてるだべ」と、無料で見に行くことが出来るそうです。

●日本のメセナ?(よくわからないといいつつ)
といわれて思い出すのは、コンサートのパンフレットの広告です。あれだって、一種のメセナ?かも。単に広告でも、遠回りしたら、援助とも取れます。広告にあふれた合唱のパンフとかバレエ発表会のプログラム・・・思い出します。(大学祭のパンフレットでさえ、「広告取り」に回ったものでした。)

●フランスのメセナ?
何をどう助けているのかは謎ですが、ちらしによっては、小さなロゴがいっぱいついているものがあります。名前を貸すだけではなく、援助金が出ているのだと思いますが、地方のアーティスト・カルチャー運動を推進する組織とか、ラジオ関係とかの名前をよく見ます。またチケットを扱ってくれるお店のロゴもあります。チケット担当と同時に全国的に大きい本屋・CD屋である店の場合もありますが、全国ネットの大型スーパーマーケット(ハイパーマーケット)でもチケットを買えるので、その場合、野菜も下着も買えるそのスーパーのロゴがつきます。

さて、フランスには国立音楽学校がふたつあります。プロを養成する最高機関というわけで、授業料は、ほとんど無料です。考えようによっては、国がメセナをしているわけです。最も、優秀な卒業生はいっぱい出ても、この頃は、就職先少なし、という、寒い状況でもあるようです。音楽関係も、高い失業者の率を上げるのに一役買っています。その対策として、このほど、“プロフェッショナルになるための“アトリエ”というのができるとか。
学校は演奏を勉強する場であって、プロになることを学ぶ場ではない・・・???あれ、それは同意であったのではなかったのかな、おかしいなあ・・・・・・ともかく、それは6回のアトリエで、160ユーロほどと、有料。それに対し、

「生徒に対して商売するとは何事だ」

という投書がありました。なるほど。

●ひとつのメセナのあり方
知人の24時間アーティストに、作品をカネと取り替えたくない、という人がいます。別に作品は堂々と売ってよろしいではないの、と思いますが、それはそれで、ひとつの生き方。さて、入るものがないと、絵の具も買えません。(何で音楽屋がこんなこと書いてるんでしょうか・・・)彼は、そこで、彼の作品に興味を持ち、作品が欲しいとか、メセナになってくれる、という人に会うと、作品と引き換えに、材料を買ってもらうのです。あるいは、お金が必要な他のことがあれば、間接的に、費用を払ってもらうということにしています。物々交換、それはそれで、ひとつのやり方です。

フランスでは、音楽に関して“レジデンス”という制度をつくっている行政制度もあるようです。
「2年間、うちの町(市)に無料で住まわせるから、その間にいろいろ作品を作りなさい」ということです。画家にもあてはまるでしょうし、作曲家、ジャズマンにもあるようです。その狭き門への挑戦は、作品ブック、分厚い履歴書、また動機を書き連ねた手紙をそろえた書類ではないか、と思われます。つまりは、書類を上手に仕上げる才能が必要なのです。

また、応募するアーチストは、そのために転居をしてもかまわない、というわけです。“土地にいつく”わけではなく、国の形がヒトデ型で移動しやすいフランスだから、住む所にも固執しないのかもしれません。
(住む所にこだわるのも、ひとつの文化かもしれませんが)

さて、オランダの話に戻りますが、これは理想的なのでしょうか?

この作品はワイセツだから、このあーちすとは、おいだすべ、というようなことが決してない、といえるでしょうか?
作る方はまた、見に来る人の気に入るような作品を、なんて、知らないうちに思ったりしていないでしょうか?

いろいろ並べてみましたが、以上、投げかけてみたいのは、

「メセナが付いた場合、アーティストとしての“自由”はどこまであるのか?」
というquestionであります。

(2006年3月4日)