Art's Report site/ZAKKAYA PARIS

戸田昭子「雑歌屋パリ」

雑歌屋パリです。
3月にはいりました。まだ冬の気配が抜けないパリです。
日が長くなってくるのが、救いではあります。

vol.4

●メセナについて.1

フランスでのフェスティヴァル〜メセナの枕ということで〜

私は日本での“メセナ”のあり方がわからない立場にいますが、フランスで聞いたことのある範囲のエピソードを紹介します。

まずは、フェスティヴァルについて。

フランスでフェスティヴァルというと、一夜のコンサートのみではなく、ひとつの分野を大大的にとりあげ、一定期間盛り上がろう、という感じです。ひと月以上続くアヴィニョン演劇祭など、典型的なもの。小さな村でも、町でも、“町おこし”のように、フェスティヴァルはいろんな所で行われます。さまざまなジャンルが交差するものもあれば、アヴィニョンのように演劇というひとつのジャンルに関するフェスティヴァルというのもあります。

とある市では、とある音楽フェスティヴァルがあります。そのジャンルでの“creation”が好きです。クリエーション、創造=“世界初演”ってな所です。しかしそのジャンルは、もともとクレアシオンにはあまり関係ない分野です。(フランスはオリジナルなもの=クリエーションが大好き。)コンサートの数も多いのですが、「本当に、あのでかい劇場が、この人の、このプログラムで埋まっているのか?」なんてついつい思ってしまいます。というのは、出演者のCDを聞いてみると、あんまりおもしろくなかったりしるからです。(私の好みもあるのでしょうが)フェスティヴァルには、そういう人が、毎年のレギュラーメンバーになっています。

ところでその都市には“フェスティヴァル”はあっても、「そのジャンルならあって当たり前のもの」が、みあたりません。

奥歯に物が挟まったまま書き続けますが、それはたとえば

「“市が開催する大がかりな美術展”はあっても、町の中に、ギャラリーが一軒もない」というのに等しいこと、あるいは

「“演劇フェスティヴァル”はあっても、それ以外の時期に上演される演目や劇場がない」 に匹敵します。

なかなか奇妙だと思いませんか?私にとっては奇妙です。“フェスティヴァル”というものが一人歩きして成功?しているが、決して市全体として文化の向上に力を注いでいるわけではない、という、わけがわからない状況に見えるからです。

その状況に気づいて10年。何も変わっていません。つまり担当はずっと同じディレクターで、そのフェスティヴァルが市の芸術関係の予算を含めて、全てを牛耳っている(であろう)一例のように思います。地元にいるそのジャンルの人間には、たいして貢献していない、力を貸していないようにも見えるのです。

10年の間に、いろいろ育って大きくなったフェスティヴァルがあります。一方で、私がフランスへ来た途端、なくなってしまったフェスティヴァルもあります。(いや、私のせいではない。)来た年、パリには「夏の音楽祭」がありました。それは当時、ラッキー!と思う内容でした。憧れていた歌手や、日本で共演した歌手にも再会しました。それが、翌年にはすっかり消え去っていたのです。理由はもちろん、採算が合わないから、でしょう。パリ市からのお金のお陰で続いてきたフェスティヴァルが、予算打ち切りの憂き目にあうのです。もしかしたら、その年限定の、ニホンのお菓子のようなフェスティヴァルだったのか、まったくもって、“幻のフェスティヴァル”でした。

日本へ「外国オケ」が行くときは、全ての費用の負担が客側に回ります。それでも、外国まで出かけるよりは安いのですから、売れます。採算は成り立ちます。それが、巴里(文化の花咲く街とか)では、「会場代・ギャラ」の採算がつかないので市が援助・スポンサーしていたのを、打ち切りにしてしまったと考えられます。まことに残念なことながら、小さな音楽グループは、スポンサーがなければ、ギャラが追いつかず、演奏が出来ないのです。

人として文化のあり方、意識の高低など、いろんなファクターがあるでしょうが、行政とアートがつながっていると、このようなことも起る・・・という例ではないか、と、パリに来ておぼろげながらも早々に身にしみた、2年目のことでした。

(2006年3月4日)

メセナについて2〜美術関係者からの話・学校〜 へつづく