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2011年6月のコラム



震災後、友達とゆっくりという機会もないままな日々、旧友とつい盛り上がり思い切って、浅草に甘い美味しいものを食べに行ってきました。まずは、銀座で辛いものを食べ、冷たいもの・甘いものを欲す下地を作って、すぐに地下鉄で浅草に。まずはもちろん、仲見世を冷やかす。外国人観光客も喜ばないような何かが違うキャラクターグッズなどじっくり見て歩く。
浅草寺界隈は、文化財級の細工物をさらりと置いているお店と、全国共通のお土産物を扱うお店とが渾然一体となっている。いかにも歴史がありそうな構えのお店が、そう見せかけただけの新規の甘味処だったり。騙すっていうんじゃないけど、街全体に「古き良き下町テーマパーク」のような浮揚感がある。浅草寺より西側は、お酒を飲んだり男同士の街歩きには楽しいかもしれないけど、白昼堂々「女子会」ノリで歩くところではなかったし、観音裏というのは吉原大門に近い粋筋の街並みで、歩くんならお姐さん方に張り合った着物でも着てなけりゃ、というイメージをDNAに持つ二人、ちょっと居心地悪し。次回は、完璧に観光客気分で歩こうと約束。

ともかくお詣りをして(茅輪くぐりをしてきました)、目的の甘いもの。本命のメニューは売り切れてしまっていたものの、次点でも期待以上の美味しさにお代わり所望。
友人が谷中で買い物したいというので、足を伸ばすことにした。
浅草から谷中は地図上では近いのだけど、電車・地下鉄では不便。
乗換案内を検索すると、下手すると1時間なんて出る。だけど、確か路面電車を思わせる小さなバスを上野でもここら辺でも見かけていたので、いきあたりばったりながら、雷門のあたりでキョロキョロしてみると、谷中方面と書いた「めぐりん」なるバスがちょうど通りかかった。全区間100円の小さなバス。この「めぐりん」バス、台東区内を3路線走っていて、想像したのとは違う遠回りルートだったけれど、結果的に降り出した通り雨が止む時に谷中銀座に到着。

中途半端な雨のあとで、じっとりと蒸し暑い。その中を冷たいものが飲みたいね、と池之端方向に歩いて行く。朝倉彫塑館は、まだまだ耐震工事が終わる様子もないのを「やっぱり」とがっかりしながら、京都の町屋再生のように、元と違う業態になったようなギャラリーやらカフェやらを眺めつつ、谷中定番の「カヤバ珈琲」でひと息。途中、骨董品屋か古道具屋か、小林清親の掛け軸が売られているのを見つける。開花絵でなく光線画でなく、というと小林清親らしさがまったくどこだかわからないんだけど、淡彩で蛙を描いたもの。3万8千円。うーん。

(2011/6/27 WADA)



「終戦記念日は福島で」

 遠藤ミチロウのライブを聴いた。しびれた。元スターリン、パンクのカリスマだが、10年ほど前に聴いたときよりも、歌詞も語る言葉もストレートに入ってきた。
 ミチロウは福島二本松出身で、父親は80代で亡くなったが、母親はまだ住んでいる。「滅多に帰らない親不幸」だが、帰ったら母親が「退避勧告が出たらどうしよう」と悩んでいた。福島から避難した子どもたちが、避難先で差別されているともきく。このままでは、「被害を福島に閉じ込めればいいとならないか」と恐れる。ミチロウは、「日本が福島を切り捨てることは、世界から日本が切り捨てられることを認めることだ」という。 つい先日、フランスから来た振付家が語った。「日本に来る飛行機はガラガラ、日本人以外は僕だけだった。こんなことは初めてだ」。
震災直後、多くの外国人が日本を去り、来日公演中止が相次いだ。日本から食料などの輸入を制限、放射能を危惧する国もある。観光、貿易への影響も莫大だ。宮崎の鶏インフルエンザを人ごとと考えていた人々も、みんな見えない被害に晒されている。もう一度、事故が起きたら、世界は日本をどう思うだろう。
 これは「目先の利益か将来の利益か」なのだ。六ヶ所村は平均年収1000万以上だという。「俺たちは金をもらっているからしょうがない。海を売った」と語る大間の漁師。「金か命か」という究極の選択だとはきづかなかった。
 音楽家遠藤ミチロウと大友良英、詩人和合亮一、世代は違うが福島で同じ高校出身。8月15日、福島で音楽フェスティバルを企画している。
「福島で考えよう」というコンセプトだ。その切実さがミチロウのライブの声にも現れていた。坂本龍一ら賛同・参加するアーティストも増えている。敢えて「福島」でフェスティバルを開いて、考える。これはシンプルでいい。素人の乱が声をかけた6月11日、そして8月15日。わずかでも意思表明する機会を逃したくはない。

(2011/6/6 志賀信夫)


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