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2011年5月のコラム



しかし、雨の日曜日というのは、どうしてこう「アンニュイ」なんでしょうかね。梅雨前線+台風余波の東京では、どうしても出掛けなければならないのでなければ、家に籠っているほうがいい。
掃除も洗濯も、きょう無理してやることもない。というので、聴くともなしにFMを流して、昔むかしの漫画なんかを引っ張り出して読んでみたり。
お腹が空いても、とことん怠惰を追求したい日は、冷蔵庫から何か探し出したり、有り合わせのものさえなければ、かけうどんでもいい。
ところが、ダシをきかせすぎて、今度は甘いものが欲しくなる。この大雨のなか、ちょっとわくわくしながら、コンビニまでアイスクリームなんかを買いに出掛ける。玄関にはタオルを用意しておいて。
大震災があって、季節外れの強力台風、火山の噴火などもある今、大雨だと言ってダラダラしたかと思えばハイになるなんて、馬鹿なのはわかってる。
各地の被害に比べたら、東京の雨はなんてことない。それでも、出掛けようとすれば、ちょっと丈夫な傘と濡れても構わない靴が必要で、帰ってきた時に備えて玄関にタオルを用意しないとならない。
「放射能が恐い」と言う人もいるかもしれない。
これだけの雨でも人間は、自分の周りの雨さえコントロールできない。先人の知恵の詰まった道具を使わなければ、濡れてしまう。どんなに大掛かりだったり、立派な施設でも、基本は「雨を遮る」ことだけ。
冷たい雨に打たれれば、体は冷えて風邪を引くかもしれない。皆がわかってる、こんなに簡単な道理も克服できていないのに、自然界にないプルトニウムをつくってしまい、意のままにできるなんて思い上がりも甚だしい。
ということを、肝に銘じておきたいと思う。

(2011/5/30 WADA)



「素人の時代」

 4月10日、高円寺に1万5000人が集まった。反原発デモ。高円寺は新宿から西に快速で10分、学生の多い住宅地で、詩人ねじめ正一の「高円寺純情商店街」で少し名前を知られた。阿波踊りはいまや本家以上、2日で120万人の観客が集まる。踊る「連」は1万人だが、それより多い人が集まるのは、異常事態ともいえる。
 呼びかけたのは「素人の乱」。高円寺を中心にリサイクルショップ、古着屋、飲食店など十数店の集団で、大阪・京都にも支店がある。中心になっているのは松本哉(はじめ)。
「素人」としての社会参加、政治活動を提案、活動している。5月7日、渋谷に場所を移して行われたデモに、少し参加した。表参道、青山通りから渋谷駅を通るもので、子ども連れも多く、歩きながら思わぬ知り合いに会ったり、通りかかった人が参加したり、バンドやサウンドカーの音楽とともに歩く、楽しいデモだった。多くの人が反原発、脱原発の意思表示をしたいが、既成政党や組合のデモは嫌という、素人たちが集まったお祭り騒ぎともいえるが、だからこそ意味がある。
 先日の選挙で保坂展人が世田谷区長になった。彼は中学時代、内申書裁判を闘い、同世代の僕も全中共闘会議に参加した。保坂は革新政党から何度か出馬し議員も務めたため「素人」ではないが、投票した人は政治家的でない保坂に期待したのではないか。
 イスラム諸国やアフリカなどの変革の動きを見ても、素人が集まり、ネットを活用して、大きな役割を果した例が報道されている。日本でも、原発事故は、まさに政治のプロたちに任せきりにしていたゆえだと、おそらく当人たちも感じているのではないか。素人はいま何をできるか。一時力を持っても保守の力や米国に潰されるかもしれない。それでも、いまは「素人の時代」だといっておきたい。震災から3カ月の6月11日、全国同時アクションが呼びかけられている。素人の時代はまだまだ、これからなのだ。

(2011/5/23 志賀信夫)



何度となく「テレビもう視ない」「いらないかも」と書いてきました。それでも処分するのにお金がかかるし、オリンピックは視たいし、非常時はやっぱりNHKだし、と超厚型テレビは鎮座したまま。3月には東日本大震災があり、NHKに釘付けでした。と言ってもテレビ受像機ではなく、MacでUSTREAMでの放送を見ていました。
まぁ、テレビでも同じなんだけど、超厚型アナログテレビより、27インチのMacのほうが画質がいいです。

放送がほぼ平常になった今、NHKと言えど、原発事故や被災状況の問題山積みの事実を追うには間に合わなくなっています。
視たい番組といえば、教育テレビ(このごろはEテレというそう)の子供番組。「にほんごであそぼ」「ピタゴラスイッチ」などは以前から話題にもなっていましたが、この春から始まった「デザインあ」「プレキソ英語」なんてアニメーションも構成もすばらしい。変則GW休暇の平日にやっと視られたのだけど、こんなに素敵な番組を誰も視てなさそうな時間帯に放送するなんてなに考えてるのかしら?と思いつつ。あとは毎朝・毎晩の「0655」と 「2355」。
こういう番組はNHKオンデマンドではやらないし、放送時間が番組タイトルなんだし。この5分、10分の番組のために、このでっかいテレビにチューナーをプラスして部屋に置いとくのも、安くなったとはいえ「時給」換算にしたら、とんでもなく高価なデジタルテレビを買うのもな。と考えています。
大震災で大騒ぎであったはずの3月19日に、こっそりと放送法改正が承認されたので、NHKは放送を見ることのできる機器(パソコン・携帯電話・カーナビなど)から受信料を徴収することができるようになりました。

つまり、USTREAMで総合テレビと同内容を放送したのも、被災状況を伝えるのみに徹した日々にYoutubeで過去の子供番組を無料開放したのも、課金に向けての伏線だったのかなと。
このUSTREAMとYoutubeは超法規的にNHKが放送したという美談じみた話だけど、それ以外ではNHKは自己の放送をパソコンなどで視聴するのは容認していないわけで、現状のままならば、海賊行為に対してお金を払えという「みかじめ料」と言っていいの?っていうこと?と思ったりします。
まさか、天下の日本放送協会がそんなヤ○○なことなどしないはず。
ということは、きっと、0633も2355もパソコンでテレビと同時に放送するようにしてくれるんですよね?
と、NHKを褒めてるんだか、けなしてるのか、脅しているのか、わからないコラムですが。

(2011/5/16 WADA)



2011年3月11日14:46ころから8時間のNHKニュースの映像がYouTubeで公開されています。
(YouTubeで14:46と検索すると見つかります)
暢気な国会中継の最中、議員や職員が揺れに気付いた表情を見せ始めた時に、ニュースのスタジオに切り替わります。
3月11日に何が起きていたのか、知っていて、ある程度の覚悟もあって見ているのに、ここからの8時間の映像には堪え難いほどのつらさを感じます。 死者・行方不明者が2万5千人を超えるという人的被害を想像もできなかった時に戻せることができるなら。そんな夢のようなこと、普段は思わない私でも願わずにはいられません。
何度かの大きな地震のあと、大津波警報が出ているのに、まだ港の駐車場には何台もの車が停められていて、そばには歩く人の姿も見えます。
津波が到達した時、高架の道路の一部には前にも後ろにも逃れられなくなった車と人の姿。
「地震が発生しました」とだけ言って下がって行く総理大臣の後ろに流されていく人の姿も映されています。
これが仙台平野なのだろうと、昔習ったことが突然よみがえる。広く美しい宮城県名取川の河口の平かな土地。整然とした畑や住宅地を飲み込んで行く津波。傾いた西日が水を鏡のように輝かせる。これが津波でなければ、ただの沼や湖の水面だったらいいのに。「巻き戻して!」

地震発生時、私は港区の高層ビルの会社にいて、震度5強は確かに激しい揺れではあったけど、周りに何の被害もなかったことで、気楽にエレベーターや電車の復旧を待っていました。職場のテレビでNHKをずっとつけていたけれど、いわばこの時は「災害ハイ」になっていて、見ている映像に現実感がない。どれだけ大変なことになっていて、これはまだまだ何時間も何日も続く悪夢のような時間の始まりなのだとはまったく理解も想像もできていなかったのです。
このあと、自分自身が帰宅難民になったのだけど、まだイベントの興奮に近いものがありました。おそらく、パニックにならないように不安を抑えるために危機感を麻痺させていたのだと思います。
これはこれで大事なことだったのかもしれません。だけど、津波に襲われた地域の人たちにも同じような作用があったとしたら、人的被害が大きくなった原因のひとつではないかと思うのです。

津波が襲ってくる。10メートルの津波が襲ってきたとしても、波は堤防にぶつかって砕け散る。そう楽観していた人も多かったのではないでしょうか。

1993年の北海道南西沖地震の奥尻島が津波の被害が大きかったと記憶していました。ただ、この時は地震は夜10時で津波は真っ暗な中を襲ってきました。夜が明けて、破壊された島の様子からはどのような波だったのかは想像もつきませんでした。
2004年のスマトラ島沖地震。この時に「TUNAMI」という言葉が世界中に認知されたのでしょう。被害の大きさは、堤防もなく、護岸もされていない、また日本に比べれば簡単な造りの建物であるからだと、申し訳ないけれど思っていました。
テレビで繰り返される「津波の恐さ」も命綱と救命胴衣をつけたタレントがプールで体験するのは抵抗できない水のちからだけです。
瓦礫、車、ヘドロ、その濁流にのまれるとは思いもしなかった。
東日本大震災の津波は、私が思っていた「波」とはまったく違うものでした。いわば、とめどなく溢れる海。堤防や強固なビルも通り抜けて飲み込む粘体。
津波を表すのにメートルは、もう使わないほうがいいんじゃないかと思います。μSvのように実体のわからない単位とか、もしメートルで表すなら高さでなく、海岸から到達する予想距離とか。

NHKは、YouTubeにある映像をすぐに削除する傾向にあるそうですが、今回のニュース映像はまだアップしたままにしています。

(2011/5/2 WADA)


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