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2011年10月のコラム



「ドラマの寂しさ」

 またドラマの季節がやってきた。脚本家で見るため、朝の連続テレビ小説を録画する羽目になった。渡辺あや『カーネーション』。映画『ジョゼと虎と魚たち』で注目し、NHK『火の魚』『その町のこども』で才能を感じていた。
 『相棒ten』も始まった。複雑な脚本で初回はちょっと言葉足らずだったが、大胆な展開と組織批判が癖になる。そして宮藤官九郎『11人もいる』。破天荒なドラマづくりには劇団大人計画のエッセンスが感じられる。さらに『深夜食堂2』。飯島奈美が料理をつくり、映画監督が撮る佳作。初回は静かに感動的だった。福原希己江『できること』の歌が流れる場面で、その名を知った。
 ドラマで知る歌、音楽は結構ある。先日、フランソワーズ・アルディ『もう、森へなんか行かない』が聞こえてきた。山田太一『沿線地図』の主題歌。だが、ドラマと音楽の関係は微妙だ。リフレインによって刷り込まれる。ドラマとともに残るものも、離れて大ヒットするものもある。
 『できること』は録画して見ていたから名前がわかった。すぐにスマートフォンで検索すると、YouTubeにライブがあった。以前は、気になっても、忘れ、探すのに手間がかかった。それが瞬時に見つかると、うれしいのだが、複雑な気持ちでもある。手軽になればなるほど、大事にしない。思わぬところで思い出すほうが、感動がある。
 映画とドラマの違いは、連続するということ。『深夜食堂』のように一話完結でも、登場人物は重なり、その中で育つ。バルザックの「人間喜劇」のようにといったら言い過ぎか。見る世代、時代によっても異なるところも音楽と似ている。人間の人生のある時期、季節を彩る。そして終わったとき、映画はほっとして、よかったと思うのだが、ドラマは、物語の完結には満足すると同時に、「終わってほしくない」とも思い、一抹の寂しさが漂う。それもドラマの魅力なのだ。

(2011/10/24 志賀信夫)



「左右対称」

 原発、放射能問題はさらに広がりを見せている。海産物からも検出されているが、多くの人は、農産物も海産物も汚染されていると思い、検出されないといわれても、信じない人が多いのではないか。
 反原発デモに右翼一水会、鈴木邦男の姿があることは、以前から報道されていた。右翼のなかでも、反原発、脱原発の動きが少しずつ活発化している。新左翼運動の破綻以降、右翼に関わる若者も少しずつ増えた。80年代からは、小林よしのりなどの保守発言に賛同し右傾化する人も増加し、中国や北朝鮮などとの関係は拍車をかけた。特にネット右翼はサイトの炎上を生んだりするが、そこには一般の人々の心情、本音が反映されていることもある。「村八分」などにつながりかねない危険なものでもあるのだが。
 これらの右傾化から、全体として保守的な考えが蔓延したといえる21世紀だが、3.11で様相が変わった。原発問題が人々の意識を覚醒させた。
「どうせ世の中変わらない」という諦観から、「何もしないと生命が脅かされる」という気持を抱くようになった。その思いは左翼、右翼変わらない。右翼は元々原発推進である。反原発運動を共産党と社会党など左翼が推進したという経緯もあり、自民党時代の原発反対運動、住民運動潰しに加担してきた。しかしそれが今回変わった。
 反原発デモでは、既成右翼は相変わらず潰そうとちょっかいをかけ、その結果、デモ参加者に逮捕者が出ている。サンケイなどの産業・経済系新聞は財界寄りで、相変わらず、原発推進モードである。しかし、一水会ら新右翼からは、原発は国土を損なうという点からも反対すべきという動きが広がりつつある。そして今回、10月22日には脱原発愛国デモが開催されるという。
 ともあれ、東日本大震災は、何が本当の問題なのかを、少し浮かび上がらせた。生命を脅かす存在に対しては、右も左もなく反対していくという決意が必要な時代だ。

(2011/10/10 志賀信夫)


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