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2010年9月のコラム



「フランスに学ぶ」

 かつてドイツの移民排除政策が問題になった。オーストラリアでも移民排除を訴える政治家が話題になった。いずれも沈静化したが、今度はフランスが民族差別政策を打ち出している。

 ジプシー、ロマ族を国外追放。これに対してEU(欧州連合)と国連は抗議の声をあげた。さらにフランスは、ブルカ、イスラム女性のヴェールを禁止する法律を制定した。ブルカは文化のみならず宗教と関わる風習であり、否定することは大きな問題を生む。フランスはアフリカの元植民地から多くの移民を受け入れており、ワールドカップではジダンを始め移民系選手の活躍が話題になったが、アフリカからの移民にはイスラム教徒も多い。一方、法案を推進したサルコジ大統領はユダヤ系だ。

 日本もかつては米国、ブラジルなど南米に数十万人が移住した。現在、その子孫が群馬、静岡、愛知などで働いている。東南アジアや韓国、中国からの労働者も増えている。仕事がある国、賃金の高い国に移住して働くことはその国の発展も助けるし、日本も海外移住によって大恐慌や戦後の貧困をしのいできた。

 再び尖閣諸島問題が紛糾している。日本漁船がロシアに拿捕された時代を思い出したが、領土問題はどこまで遡れば自国の領土といえるのか。漁民たちが漁をしてきた歴史からして、領土の主張とは別に互いに漁業権を認めるなど、第2案を準備する必要もあるのではないか。こういった中国、北朝鮮、韓国に対する報道を見ると、差別意識が過剰だ。万博当初の混乱をことさらに報道し、後継者争いを含めて中傷し、整形の流行を笑う。そういう差別意識をマスコミが煽ることは日本にとってマイナスであってプラスではない。むしろ領土問題は、その判断を国際機関などに委ねてはどうか。

 私たちは、海外の国々の領土争いを見ると愚かだと感じ、フランスの移民排斥、イスラム差別を見ると憤る。その視点を自国や自分たちの意識にも向けてみる必要があるのではないだろうか。


(2010/9/20 志賀信夫)



ということで、8月のコラムに書いたように東北に行ってきました。秋田。私史上最北の地。
突然にできた用事のためで、観光ではなく、さらにぎりぎりの決定だったため、新幹線がとれずに往復とも深夜バス。
東京-秋田は9時間。
夜9時に東京駅前に集合。夜を徹し、秋田に着くと、この夏の猛暑で東京と変わらぬ温度とさらに強い日差しにげんなり。
秋田はもう秋かな?は甘い考えだった。。。

ただ、駅前のバスロータリーはエンジンの熱気で息苦しいけれど、そこを離れれば太陽の熱のみの暑さ。
都心の、悪いものがすべて身にまとわりつくような暑さとは少し違う。
これが、夏休みの暑さだったなぁと思い出す。これなら、自転車に乗ってちょっと遠出してもいいかなぁと。
と言っても、そんな体力も麦わら帽子もないので、高速バスで能代へ。

城下町らしいお堀のある大通りを抜けるとすぐに、国道沿いのよくある風景。大型のチェーン店が点在する。高速に乗ると、あとはただただ田んぼ。稲穂は現れず、天に向かってまだまだ伸びているように見える。一糸乱れずになびくので、わずかでも風が吹いているのがわかる。
真昼の高速道路の容赦ない日差しに、車内のエアコンは負けてしまってるけど、いらいらするような暑さでなく、日に焼けるーと思いながらも眠気を誘われる。
遠くに発電用の風車が見えるあたりは海岸か。八郎潟の湖沼がまぶしく輝く。時折、迷い込んではいけない深い原始の入口のような、神秘的な森も見える。「トトロ、いるでしょう」真夏の昼間だから、呑気に見ていられる風景だけど、夜だったり、冬だったり、少しでも陽射しが弱くなったら、この辺は車で通るのも怖いだろうなと思う。
人の作った緑-田んぼと人が入ってはいけない緑を交互に見て、日本の豊かさを思う。お米と神様がここにいるんだなぁ。

1時間ほどで能代に着く。
地図で見ると、能代は海に近いのだけど、松の木が目立つことを除けば、潮風の気配さえない。佐竹藩のころからお商売をしているような古い糀屋さんやお屋敷などもまだまだ残る、落ち着いた雰囲気の町並み。庭木、並木の濃い緑と茶色が美しい。
いっさいの日陰もない昼下がり。
目的地へ向かうタクシーを待つ間、営業所のささやかな待合室に。
冷房はなく、日陰で暑さをしのぐ。動かなければ、かすかな冷気も感じられる三和土。日がささず、人工的な熱気にもさらされない、こんなところを家の中に探して、本を読み、ネコと場所を取り合って昼寝をしてたと思う夏休み。
なにもせず、何も考えない数分間。駅前、なんだけど、人っ子一人通らず。緑陰で昼寝をしているんだろうな。


(2010/9/13 WADA)



「大義と事実」

 アフガニスタンで拉致監禁されていたジャーナリスト、常岡浩介さんが、釈放されて日本に戻ってきた。拉致の前日までと監禁時も二度ツィッターに書き込んでいる。釈放されて書き込みが再開された。それによると、拉致したのは報道されているタリバンではなく、地域の軍司令官の組織だという。それがタリバンを装って日本政府に身代金の交渉をした。米軍が据えたカルザイ政権の大臣直下の地域軍司令官組織が誘拐を行ったという、驚くべき事実が述べられている。こういう帰国の場合、テレビが出演依頼を争うはずだが、CSの朝日ニュースターだけ。他のツィッターには、報道自粛要請があったとの書き込みもある。

 米国はアフガンもイラクも「解放」したように唱え、日本もそれに沿った報道をしてきた。しかし、どちらも戦争は泥沼化した。ベトナム戦争と同様、米国の戦争はほとんど数年後、米国自身が誤ちを認めることになる歴史がある。フセインもタリバンも政権として問題があったが、米国の介入により状況は悪化した。
 かつて拉致された高遠菜穂子さんは、再びイラクで援助活動を行っている。こういった援助活動やジャーナリストに対して、マスコミは、奇妙な「自己責任」を煽ったことを反省しない。アフガン空爆、イラク侵攻など、いずれも日本はそれを支援してきた。そのため、現在のイラクやアフガンの状況に対して、大きな責任がある。僕たちも異を唱えなければ、加担したままでいることになる。まずは現場を知る常岡さんや高遠さん、少数派が伝える事実に耳を傾けるべきだ。

 これを書くにあたって検索したら、高遠さんへのバッシングは今も続いている。自作自演とか、少年好きだとか、悪意ある中傷がされていることに本当に呆れた。このような愚かなプチナショナリズムは意味がない。アフガンやイラクを破壊している米国の戦争の「大義」を否定し、僕たちも加担しているという「事実」を考えるべきではないか。

(2010/9/6 志賀信夫)


無断転載禁止 掲載:アーク編集室

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