Arts Calendar/column

2009年3月のコラム


●ラスコー

 美術家がニューヨークで地下鉄構内に落書きをして捕まった。個展前の高揚感による 戯れか、落書きのようなたくさんのメモ描きから作品を産む画家だけに、創作メモとも いえる。たぶん村上隆より人気があり、吉本ばななの装丁でも知られるためか、新聞や テレビが話題にした。かつて海外の文化遺産に日本語の落書きがあり問題になったが、 今回は地下鉄で一晩留置される程度の軽犯罪。大々的に話題にするのは、絵画バブルや マンガ、アートに対する反感もあるだろう。テレビではポップアートの画家と強調した が、マンガ的キャラといっても、マンガを既成アートへの対抗としたウォーホールらと は違う。彼の描く少女は現代の女性たちの心象を表現しているから、共感を呼ぶ。
 ニューヨークの地下鉄はかつて落書きだらけで、落書き画家からバスキアやヘリング が出た。日本でも一時はグラフィティともてはやされたが、いま高円寺では若者たちが 落書き消しボランティアをしているという。暴走族の当て字による落書き文字も面白か ったが、いずれも描かれる側にとっては頭が痛い。依頼されたり、許可をもらって描け ば壁画だが、規制されたなかで描くことがハングリー、エネルギーになるのも確かだ。
 塔にこもり戦争画を描く男の小説を読んだ。戦乱の中を飛び回ってきた写真家がカメ ラを捨てて絵筆をとる。そこに以前に撮った男が訪ねてきて、彼を殺すという。戦乱と 絵画の戦争場面の描写が細かいが、読んでいて、フランスの田舎の教会に壁画を描いた 日本人を思いだした。
 今回の落書き事件報道はマスコミの陥りがちな有名人叩きに見える。もてはやして落 とし、話題を作る。教会の日本人壁画家はテレビで有名になった。岡本太郎の旧都庁の 壁画は簡単に壊されたが、メキシコに埋もれた壁画は都が買い上げ、渋谷駅で公開され た。壁画と落書きの違いはわからない。ラスコーのように落書きが人類の文化遺産にな ることもあるのだから。

(2009/3/23 志賀信夫)                


新聞のテレビ欄に(終)という表示が目につくようになった。
この春の番組改編は大変らしい。

 インターネットのニュースサイトでの(情報通)というコメントを読む限りにおいてだけど、不景気でギャラが払えなくなり、ゴールデンタイムに起用されている大物タレントの降板ラッシュだという。
大物タレントというのが、必ずしも視聴者が望んでいるタレントではないと思うのだけど、彼らを番組に据えておくことはテレビ局側としては安心と視聴率の保険なのだろうか。

 視聴者からすれば、カメラ目線で自分の決まりフレーズを連発する大物タレントよりは、スタッフにお金をかけた地道な番組を望んでいると思う。
だからよく、深夜枠の地味な作りの番組に人気が出て、ゴールデンに進出となる。
進出と同時に大物タレントや売れっ子が絡んできて、途端に魅力がなくなり、深夜で長く続いたのが数ヶ月で終わってしまうこともよくある。
しかも、ゴールデンタイムにゆっくりテレビを見られる人は多くない。
働く人の多くは、夜10時くらいになってようやく、さてテレビでも、と思うだろう。
だから、大物タレントの動向はテレビ業界の人が言うほど、大きな事件でもないし、今まで支払われていたというギャラの高額さも不思議でしかない。

 「不景気」を理由に、そんな「それは変じゃないか?」と感じる仕組みのいくつかが解体されているように思う。
人の道に外れるとか、過大評価が過ぎる、または充分に検討されないままにヨシとされたこと。
それが再検討されたり、ミニマム化するのはいいと思うのだけど、製造業への派遣見直しのように、弱者をいいように使って、強者の都合が悪くなるとなかったことにしてしまうという姿勢そのものを解体しなければ行けないのだと思う。

(2009/3/16 WADA)                

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赤福

 横浜のデパートで赤福を食べた。有名な伊勢の餡子餅だ。普通の饅頭と違い餅の上に餡を載せただけ。参拝客の多さから簡易な作り方が伝統になったのか。何度かお土産で食べたが関東では売っていない。デパートの物産展で全国を回る。
 いまは何でもすぐ買える。コンビニで24時間揃い、地方もネット販売や「お取り寄せ」で頑張る。それでも物産展には大勢がつめかける。赤福も物産展だと毎日数時間で千個が売りきれる。通販やネットを信用しない、商品を見て買いたい人も多いが、対面販売も理由の一つではないか。
 1日に数本だが喫煙組だ。呑むときに吸わないので量は少ないが、吸いたいときにないとつらい。タバコカードを登録する気がないので、タバコ屋で買う。これまで自販機の奥の人を意識していなかったが、いまは顔見知りになり挨拶する。

最近こういうことがなくなっていた。コンビニ、スーパーはバイトやパートで人はいつも違う。タバコ屋のおばさんに朝挨拶すると、少し元気がでる。主婦は地元でちょっとした顔見知りなどと挨拶もするだろうが、夫はどうか。タバコ屋のおじいさんは奥から出てきて、驚くほど種類の増えたタバコから希望のものを探してくれる。これまでは機械に補充するだけだった老人が客と会話を交わす姿が、しばしば見られる。
最終バスが早く、地元でタクシーを利用することが多い。何人かの運転手は顔見知りだ。考えてみると、仕事や友人以外で名前も知らず話すのは、タバコ屋とタクシーくらい。たぶん生活というのは、こういうつながりで成立している。嫌なことがあっても、何気なく交わす言葉が気分を変え、ちょっとした雑談などが果たす役割とは意外と大きい。
 タバコカードは気に入らないが、それがコミュニケーションを生むとは思わなかった。赤福がやたらに支店を作らずに直接販売にこだわるのも、小さな福を直接手渡したいということなのかもしれない。
                    

(2009/3/9 志賀信夫)


寒くて乾燥してる冬は、爪が折れやすい。
人間としてあり得ないほど私の爪は薄い。たぶん、ミクロンとかナノという単位で厚みが表されると思う。

小学校の理科で、「物質の硬度」というような授業があった。
工業用ダイヤモンドやルビーや、いろいろな金属など、先生がサンプルを持ってきて、「これは硬いだろう」と思う身近なものと「勝ち抜き硬度相撲」で対決した。
きらきらと美しいダイヤモンドは、ごつごつの岩石や金属にも簡単に傷を付けてしまい、逆に何者にも傷つけられない。

「だから、傷つかない硬い意志を現して結婚指輪に使うのよ」と、その数ヶ月後に結婚するF田先生がうっとりと言っていたのが印象的だった。

たしか、「ルビーとヒトの爪はいい勝負」という場面では、生徒の何人かの爪をルビーで軽く引っ掻く。
すると、爪に傷がつく者、無傷の者がいる。石に比べれば、爪は柔らかいと思われるが「硬度」はほぼ同じ、ということを理解して「おおぉ!」と思うのが授業の狙い。だったんだろう。

さて、私の爪もルビーと対決した。
あっさりと切れて、切り離され、机に落ちる爪。
マイノリティーを実感した瞬間だった。

(2009/3/2 WADA)


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