Arts Calendar/column

アーツカレンダー<コラム>のページ


2009年1月のコラム


ウイルス対策

 風邪をひきかけている。鼻水、くしゃみが出て、次に喉が痛くなり始めた。大人になってかかった喘息もあるので、咳は辛い。ひき始めは、ちょっと辛い食べ物で体を暖めると治る場合もあるが、喉にきそうだと、そうはいかない。そういえば、「つらい」と「からい」は漢字では同じ「辛い」だ。

 インフルエンザ対策薬ではタミフルが有名だ。自殺行動などの危険事例も問題になったが、現在、鳥インフルエンザ、新型インフルエンザに備える唯一の薬だ。もちろん「新型インフルエンザ」はまだ存在しないゆえに、対処できるかは不明なのだが、まずこれをもって当たるしかないとされ、アジアなどに大量に備蓄されている。しかし最近、タミフルの効かないインフルエンザが出現したという。幸いもう一つの治療薬リレンザは効くようだが、ウイルスの変異と対策の研究・開発はイタチごっこだ。

 感染爆発(パンデミック)は、新型インフルエンザが出現し、いったん一つの国に入ると壊滅的な被害を及ぼすと予想されている。日本でも数十万人が死亡し、首都圏が機能しなくなると推測され、地域紛争以上の混乱を招くともいわれている。
 マラリヤなどの既存の病気でも、いったん壊滅したとされると、その後、対策薬の備蓄がなく、海外から持ち込まれると混乱が起きる。そのウイルスも変異・進化するのだから、危険ははかりしれない。結核も日本は欧米の5倍といわれ、年間2000人が死亡し、決して安心できるわけではない。特にホームレスや日雇い労働者の罹患率は高いから、リストラされた派遣労働者に広がる可能性はあるだろう。

 パンデミックが起これば、病院と医師は足らず学校などを接収し、自衛隊も出動する。年間2件の海賊への対策派遣や他国が起こした戦争の尻ぬぐいよりも、まず国内の防災体制とそのためのスキルを強化すべきだ。
では、みなさん、くれぐれも風邪には気をつけて。予防策はやはり手洗いとうがいです。古典的ですね。

(2009/1/26 志賀信夫)


さてコラムを書かなければ、さりとてネタがない。
過去にどんなことを書いたかなぁと、読み返してみると「コレクションはスケジュール帳」と言い放っているものがありました (2007年の2月)。
この時は6冊買ったようですが、どんなものだったのか、今となってはまったく思い出せません。
それ以降も「コレクションはスケジュール帳」は続きました。
スケジュール帳は、新年に並ぶばかりでなく、4月始まりが出現し、9月始まり・10月始まりというのが出現。
正式には4月始まりであっても、2月からのスケジュールが書き込めるようになっていたりして。
つまり、1年中新しいスケジュール帳を買う機会があるわけです。

ところが、今年1月始まりのスケジュール帳を買っていません!
売り場をちらちらと覗くことはあったけど、今年はどれにしようと真剣に検討することもしませんでした。
いま、2009年スケジュール帳のセールもやってますが、買う気はありません。

去年の秋、iPhoneを買いました。
とても便利です。
人によって使い方が違うでしょうから、万人にお勧めはできませんが、私には完璧。
できれば、モバイルスイカになってほしいけど、希望するのはそれくらい。
何にもしなくても家のパソコンとiPhoneが同期してるってのが素晴らしい。
スケジュールだって、入力しやすいパソコンでちゃちゃっと入れておけば、iPhoneにも追加されてます。
メールも同様。音楽も同様。

ということで、スケジュール帳は使わないだろうな(当面は)。

いえ、毎年かわらずに、今年も買っている手帳がありました。
「京都手帳」というもので、スケジュール帳というよりは歳時記代わりに使えるものです。
行事は京都デフォルトだけど、その由来も知ることができて、旧暦も載っていて、なかなか便利。
この「京都手帳」に載っていることは、iPhoneでも知ることができます。
でも、やはりアナログで見たいものなのです。

(2009/1/19 WADA)

「表現と」

 ある舞踏の舞台を見た。障害者たちを混じえた舞台だった。主宰する舞踏家は十年以上、障害者に対するワークショップなどを行ってきた。そして彼らを舞台に載せる。その場合、発表会的になってしまいがち。それをいかに作品として鑑賞に足る舞台にするか、工夫と苦心が見てとれた。

 これまで障害者が出る舞台を見る機会はしばしばあった。大阪の「態変」のような劇団もあるが、施設でワークショップなどから舞台を作ったりするものが多く、舞踏家が指導するものも結構ある。昨年はある福祉作業所で舞踏家が指導する芝居を見た。社会風刺的で内容も面白かったが、障害者として頑張る演技の意欲や熱に感動するものだった。
だが今回の舞台では、障害者3人それぞれをフィーチャーした場面があったが、その1人の動きに惹きつけられた。大きい蝶の切り絵を付けた二本の棒を握って舞わせるような動きをしていた人が、それを離してから、ゆらゆらと1人踊っている。自分の踊りを見つけて素直に体を動かしていると見え、既存の型でない自分の動きだった。それを見ていて、例えば大野一雄が立ちあがれなくなり、なおも手だけ、さらには手の先だけで踊る動きに感動するのはなぜか、わかるような気がした。障害や不自由ゆえの特異な動きでなく、幼児が音楽に合わせて踊るようなものでもない。自分自身の動きを発見して、楽しんで表現する、そういうものとして伝わってきたのだ。

 こういう舞台に出会うと、表現とは何かと考えてしまう。訓練によって技術を磨いたり、振付を考えたり、表現方法や伝わり方、見え方などを意識する表現者たち。しかしそれらを斟酌せずに、人に伝わるものがある。見る側の意識の問題ももちろんあるのだが、それを感じる人間がいれば、そこには何かあるといってもいい。これは障害者の舞台ゆえではない。少なくともこういう稀有な瞬間に立ちあうために、僕は舞台に日々追われているのかもしれない。

(2009/1/12 志賀信夫)

物心つく前からの我が家のお正月、元日は家族で過ごす。子供のころは苦痛だった(今は大好きな)ニューイヤー駅伝を見ながら、お雑煮と一口ずつのおせち料理っぽいおかずで元旦の祝い。
その前に父は近所の銭湯の一番風呂に行く。元旦だけは銭湯が決まり。

お年玉をもらって届いた年賀状を見ながら、出していなかった方への年賀状を慌てて書いたりして、なんとなく家族3人、狭い茶の間で炬燵みかんでテレビを見ながら一日中ゴロゴロする。
2日は早起き。ともに都内にある両親のそれぞれの実家へお年始に行く。私にとってはおばあちゃん家に遊びに行く、というか稼ぎ時。

車で、箱根駅伝往路のラジオ中継を聞きながら、ランナーたちとは反対方向に走って行く。テレビの映像では見られず、第一京浜ではすれ違うこともできない幻の箱根駅伝往路だった。
父の実家では、祖母と結婚前の叔父叔母がいて、あんまり遊び相手になってくれる人はいないが、それ以前に乗り物酔いの酷かった私は、意識朦朧として勧められるおせちもお菓子も目にも入らない状態。

可処分所得の多い大人がたくさんいるので、お年玉だけはしっかりもらってきたが。
乗り物酔いも覚めた頃、母の実家へ向かう。
道筋の神社が父の氏神さまになるので、ここで初詣。

母の実家には、従姉たちがたくさん集まっている。一番上に従兄がいて、その次からは延々と女の子が続くので、従兄はその輪には入らず大人たちと一緒にいたようだ。
お楽しみのお年玉タイムが終わると、2階で女の子だけで大騒ぎになる。漫画とか、ちょっとお姉さんっぽいファッション雑誌とか、洋楽とか、内緒話、いろんなことを教えてもらった。
そのうち、若い叔母さんや従兄も交えて、百人一首大会が始まる。
このおかげで私は小学校入学前から、かなりの歌を覚えていて、小学校の百人一首大会ではスターだったっけ。

夏に皆で行った海水浴のビデオを見たり、お祭の話をしたり、伯父さんたちの江戸下町言葉の気の置けない話は楽しかったし、落語のようなおしゃべりのなかにしきたりや決まり事を学べる機会でもあった。
伯母さんたち、それに従姉たちもよく似てて、母たちが娘の頃のお世話になった近所のかたがお年始に見えると「私は誰の娘でしょうクイズ」なんてこともやって遊んだり。
やがて夜も更けると、そろそろ帰らなければならない。親戚全員東京にいて、会おうと思えば、いつでも会えそうなものだけど、このお正月という雰囲気のなか、晴れ着で会うのは格別なもの。名残惜しく、皆いつまでもぐずぐずとしている。
交通規制や渋滞に巻き込まれたりして、かなりの時間をかけた行きとは違い、帰りはあっという間に家に着いてしまう。

大騒ぎして暑いほどだったおばあちゃんちから、暖房の名残もない我が家の寒さがひときわ身にしみて冷たい。
お年賀として交換したお菓子などをつまんでお茶を飲んで、寝る。
あ、その前にお年玉の搾取。小学校6年生で10万円超だったので、当たり前と言えばそうだけど、なにか腑に落ちず。

3日。昨日の疲れで早起きなどできない。箱根駅伝は、とうに箱根の山を下り、トップの選手だけが延々と映し出される展開。
洋風好みの父のため、3日はもうトーストの朝食(というか朝昼いっしょ)。
食事も済んで、昨日の晴れ着の手入れなどしてると、駅伝の選手が感動のゴールテープを切る。
過程を見ていないレースのゴールなんて、なんにも感動しないし本当につまらない。
やがて、叔父叔母、従姉たちにも人事異動がそれぞれにあり、「おばあちゃんち」というふうにして集まれなくなった。
正月三が日は思いっきり駅伝三昧になったのだけど、なんだかまだ、それを語ることが負け惜しみのような気分がしてならない。

(2009/1/5 WADA )

「謎と初夢」

 突然の不景気宣言に戸惑った人がほとんどだろう。だが、やっぱりと思った人も少なくないのではないか。 近年の好景気は嘘だ。そう思い続けていた。好景気の実感などまったくなかった。不動産バブルと金融バ ブルへの反省がないまま、景気は変わらないのに粉飾していると思っていた。逆に、国内需要が冷え込ん だというのも疑問だ。いまも消費者はネット、テレビショッピングを含めて消費にいそしみ、買い控えというほ どの現象は起こっていない。景気回復をアピールするために、大手自動車メーカーを中心に粉飾していた。 輸出が突然冷え込んだという言葉、だれが信じるのか。

 装われた好況に基づいて増産が続いた自動車業界。だからメーカーはどこも、いつでも切れるように不定 期労働者でまかなってきた。それをきれいごとにしたのが、アウトソーシングという言葉だ。派遣会社の知人 が次々と自分で派遣会社を立ち上げた。なぜか。だれでも利ざやを稼げるからだ。

 「しゅうかつ」、就職活動の略語は業界用語だった。しかしいまは一般化して、「婚活」まで流行りだした。 大学三年から研究も業績も関係なく就職活動に精を出すのが当たり前。就職のために商学部や経済を専 攻する学生を軽蔑した時代は遠い。ゼミや卒論も関係なく就職するなら大学の意味はないという単純な発 想は通用しない。卒論よりも、部活の部長経験や運動部のほうがよほど重視される。なんのための大学なの かわからない。

 石油の値段もわからない。投資によって作られる相場は虚構性が高く、その危険性は資本主義経済の問 題そのものだろう。現在の経済構造について批判的に見て、問題点と改善案を提示してくれる経済学者は いないものか。僕たちの前にあるこの経済の「謎」には、まだだれも向き合っていない。 こう年末、書いた。そして新年、聞こえてくるのは、派遣首切り労働者へのとりあえずの対策の連呼のみだ。 いい初夢を見たいのだが。

(2009/1/5 志賀信夫 )


無断転載禁止 掲載:アーク編集室

TOPpage/Weekly/Performance/Music/Dance&Ballet/Movie/Art/Link