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2008年6月のコラム

【コラム】

●「天皇の船」
 
今年は日本ブラジル移民百周年。皇族や議員がブラジルを訪れたことが報じられ、記念事業が始まっている。
これを機に再刊された麻野涼の『天皇の船』(改題『移民の譜』)を読んだ。国際協力事業団(現、国際協力機構)総裁が新宿でホームレスと死んでいるのが見つかるという衝撃的な冒頭で、惹き込まれた。ブラジルの日系人記者と日本の青年記者が絡み、日系社会の過去の物語を掘り起こす。現在「勝ち組」「負け組」という言葉はよく使われるが、戦後のブラジルでは、日本が戦争に勝ったと信じる「勝ち組」と「負け組」に分かれて、勝ち組がテロを行い、当時の日系新聞も大きく関与した。また「日本に戻る」チケットを売りさばくなどの詐欺が横行した。この小説はその混乱期の犯罪を元に描いている。このことを知る者にとっては、いまの「勝ち組」という表現はドキっとするものがある。

 日本の移住政策は元々出稼ぎと失業者対策だが、特に大戦後は敗戦の復員・失職者対策として、「海外雄飛」のキャッチフレーズで政府が海外に数十万人を送りだしてきた。しかし慣れない土地での農業や病気で苦労し、ドミニカ移民のように、不毛の地に送り込まれて犠牲になった人々もある。

 いま東京都現代美術館では、日系ブラジル人オスカール大岩の展覧会が開かれている。「日系」という枠組みを超えて国際的に認められており、四十代という若さでの個展開催となった。また日本への出稼ぎ日系人も、二十年以上たって定着し、周辺都市に日系ブラジル人コミュニティが生まれている。

 今年は移民百周年ということで、実に多くの日本のアーティストがブラジル公演を行っている。しかし日本に来るものは極めて少ない。これは日本の助成が日本文化の海外紹介を重視しているためだ。だが移民百周年なら、ブラジル移民の文化紹介を積極的に行い、在日日系人を含めて、日本国内で積極的な相互交流をはかるべきではないだろうか。

(2008/6/30 志賀信夫)

【コラム】

雨の季節になると一度やってみたいと思っていることがある。
ある美術館に、庭園というほどの風情でなく、菜園でもなく、鉢植などをただ集めただけの屋上がある。
趣のある室内や庭を見たあとに、期待して屋上に行くとちょっと拍子抜けし、見どころといえば低い町並みが見渡せる眺めのよさくらい。
ここに、枇杷の木がある。
果実めあての手入れされてはいないらしく、食欲をそそる枝振り・実ではないけれど、こっそりもいでかじってみたい。

枇杷というくだものほど、季節を感じるものはない。
夏には西瓜、冬は蜜柑であるが、求めれば紀文でなくとも手に入る昨今。
夕張メロンのご祝儀相場、西瓜の初競りなど、特別なニュースで聞いても、どちらかといえば「もうそんな季節?」と、先取りの季節の流れに、いまひとつピンとこない。

店先に並ぶのだから、栽培農家はあるのだろうし、高級果実店では宝石のように美しく輝く枇杷も見掛ける。
季節はずれな枇杷もあるかもしれないが、それを願うのは、とてつもない野暮なもの。

やはり、枇杷は露地もの。
梅雨のシャワーと初夏の強い日差しを交互に浴びて、元気に育ちましたという葉の濃い緑と実の枇杷色が、梅雨空にも晴天にも映える。
丈夫そうではあるが、じつは傷つきやすく、手に入ったらすぐに食べなければならず、西瓜やメロンよりも、家族揃って皮を剥いてはかぶりついた思い出がある。
剥いたそばから果汁があふれる瑞々しさも初夏の楽しさ。

幼稚園で「枇杷の歌」を習った。
メロディーも歌詞もタイトルも定かではないが、枇杷の葉はロバの耳という部分だけを覚えていて、果物の葉の形をちゃんと見分けられるのは、枇杷だけで、この歌のおかげである。

日本画家の片岡球子が院展に初出品し、初入選したのが「枇杷」という屏風だった。
その後の片岡球子の画風とはまったく異なるのだが、初夏のさわやかさ、雨後のきらめき、
果実の甘い匂いが感じられる大好きな一枚。

(2008/6/23 WADA)

【コラム】

目に持病があり、合計すると1年のうち1ヶ月ほどは眼帯をしているかと思う。
最近は、絆創膏のようにペタッと貼れるものがあって、これはまばたきしてもずれることがなく、無事なほうの視界に紐が見えることもなく、かなり楽だ。
とはいっても、片目が覆われている状態は本当に鬱陶しい。

この状態で、会社に行ったり、人に会ったりすると、皆さん同情の言葉を掛けてくださったり、たいへんに心配してくださったりする。
否応なしに目につく場所で、具合悪いですと強硬に主張して、話題にせざるをえない状況だから、というばかりではないらしい。
多くの人が眼帯装着の経験があり、それぞれが大変な数日を過ごしたのだろう。
「人の身になって」という気持ちが強く感じられる。

よく言われるのは、遠近感がなくなるよねとの言葉。
確かに遠近感・距離感が危なくなる。
電話のピックアップボタンを空振りしたり、メモを書き入れる場所の狙いを外したり。
そういうのもストレスの溜まるものだけど、私がいちばん我慢がならなくなるのは、食事ができなくなること。
カップに手が当たって倒しちゃったというのはありがちだが、狙いを定めて箸やフォークにやっと取ったものを口に入れるのが、意外と苦労するのだ。
パソコンのキーボードや携帯のボタンは、見なくてもなんとかなるものだけど、人間の動作の基本中の基本のはずの「食べる」ことが難しい。
そんなことなので、サンドイッチやおむすびなどの手づかみメニューにしても、なぜかすんなり とは口に入らない。
昼休みに、携帯でメールを打ちながら、サンドイッチは一瞥もしない「食事」など日常茶飯事な のに。
二人羽織で食べさせられているようにもどかしい。

日本料理は、目でも味わうもの なんていう、それとは違う次元で、人間は自分の口に入れるものを常に確認するものなのだろうか。
だから、眼帯してる時はひとり会議室を占拠して、眼帯を外して食事を摂ることにしている。

(2008/6/9 WADA)


無断転載禁止 掲載:アーク編集室

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