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2008年5月のコラム

【コラム】

●自然と天然

 前回水谷豊の話題から萩原健一に触れたら、最近出た自伝を見つけた。テンプターズ時代は、 沢田研二と人気を二分し、『エメラルドの伝説』は傑作だった。その後沢田とスーパーグルー プPYG(ピッグ)を結成、日比谷野外音楽堂のロックフェスで見た。

 役者としては『太陽にほえろ』『傷だらけの天使』『前略おふくろ様』などのドラマ、『青 春の蹉跌』『影武者』など映画の傑作に主演・出演した。  一方、覚醒剤で逮捕され、近頃は恐喝で話題になるなど、結婚・離婚も含めてマスコミを騒 がせてきた。それらを含めて告白した自伝だ。

 グループサウンズ時代からクスリが日常だった生活や、ドラマや映画作り、女性関係のエピ ソードなど、かなり衝撃的な内容だ。ファンのみならず、団塊直下の世代には同時代感がある。 萩原が四国八十八札所参りをしていることもドキュメンタリーで見たが、その話も面白く、さ まざまな反省や懺悔が語られるのだが、本質的に自由で、いまでいう「天然」な感覚は変わっ ていない。

 ただ近年のドラマの演技に関しては、時折セリフが「棒読み」に思えた記憶がある。特にサ ラリーマン役をやると、「言わされている」印象だった。ショーケンの特徴は役に入り込んで 独特の個性を出すことと思っていたので、奇妙だった。自伝を読むとそれらもかなり入り込む 演技をしているようだが、がむしゃらに思うがまま演技していた「自然」児が、「役者」を意 識して努力すると、持ち味が薄れていくのかもしれない。

 「天然」ゆえにもてはやされて、「自然」ゆえにいたぶられる。僕たちの世界でもそうだが、 芸能界はその差が極端で、天国から地獄へ落ちる。沢田研二も映画『太陽を盗んだ男』など、 役者としての魅力がある。彼らのような役者が本当に生きる映画を、いま見たいと思う。

(2008/5/19 志賀信夫)

【コラム】

音楽を聴くのが好きで、コンサート、ライブによく行くし、家でも何かしらCDをかけている。
ジャンルもいろいろ聴くけれど、ボーカルは好き嫌いが激しい。
ヒットチャートにランクインするようなポップスは、まったく耳に入ってない。

日本の民謡も好んで聴くことは皆無だったけど、田植え歌などの労働歌、祭歌を現場で聴いてからは、歌うべき場で聴くならば、アリだと気付いた。
テレビの民謡ショーなんかは、変わらず却下!であるけれど。

先日、好きなボーカルさんが飛び入りした、とあるライブに行った。
飛び入りゲストだから、全編で歌うわけではないが、主役のジャズトリオも大好きなトリオで、かのボーカル(A)が出演しなくても行く予定ではあったから、とても嬉しいライブになる。

ところが、ライブハウスに行ってみると、もう一人飛び入りのボーカルが出るらしい。
こちらのボーカル(B)は、本当に苦手な人。彼女がメインで歌うならば、どんなに好きなトリオとの共演であっても絶対に行かない!と断言するほど、苦手。

歌唱力がないから、などということよりラディカルなところで苦手な気がする、その理由を考えてみる。

ボーカル(A)と(B)が、マイクをバトンのようにして交替したので、対照的なことがよく見えた。

どちらも、歌う前に歌の背景など紹介した。そういうところは、同じなんだけど。

いちばん違うのが、誰に向かって歌うのか、だと思う。

(A)は、選んだ曲を説明して、トリオに支えられながら、歌の世界観や歌い継がれている心をお客に伝えようと歌っている。
伝えることが第一で自分を演出しようとはしない。
上手いなぁとか、きれいな声だなぁという部分は歌の本質ではない。(上手いし声もいいけどっ)歌に目を耳を向かせる手段であるだけ。
伝えたい・歌いたいことがあって歌が生まれるわけだから。

(B)は、自分に目が向き自分が楽しいだけで満足しているように感じる。
ステージパフォーマンスとしては華やかで、おしゃれな雰囲気を楽しみたいなら、お客さんもそれで満足するけど、歌を聴く気持ちには空々しく映る。あなたが楽しいのはよくわかったから、という感じ。

スタイルありきで歌うのは、スタンダードやフォークロアを歌い継いできた人にも曲にとっても哀しいこと。
せっかく、その技量に恵まれて歌うことを選んだのになぁと残念でもある。

プロを名乗るなら、人の耳に届く技量がなければならないのは必然。
どんなにいい歌を心を込めて歌っても、独りよがりな騒音にもなってしまう。

でも、下手であっても気持ちが伝わる歌い手がいい場面もある。
スタジオで、きらびやかな衣装を着て、田植え歌を歌う民謡歌手より、自分の田んぼで歌いながら力を込める音痴のおじいちゃんのほうが、よっぽどいい歌い手だ。

(2008/5/12 WADA)

【コラム】

●「相棒」の秘密

 ドラマ『相棒』が人気だ。2000年に始まったドラマだが、映画化を期にテレビ局が大キャンペーンを張り、主演の水谷豊は歌手としても活動を再開した。
 水谷豊は『太陽の殺人者』でやるせない青年を鮮烈に演じ注目された。中上健次『蛇淫』が原作で「撮れない」長谷川和彦監督の代表作だ。そして『傷だらけの天使』では萩原健一とコンビを組んで弱いダサい男。市川森一などの脚本家と神代辰巳、深作欣二などの映画監督によるテレビドラマの傑作で、岸田森、岸田今日子など名脇役も魅力的だった。ちなみに「探偵事務所」だったビルはまだ代々木に残っている。
 これは『太陽にほえろ』の萩原人気を背景に始まったのだろうが、松田優作が萩原を真似て始まった『探偵物語』や勝新太郎『警視K』につながる映画型探偵ドラマの原型だ。その後水谷は『熱中時代』でブレイクするが、熱血教師や主題歌で歌手として活躍する水谷を見る気はしなかった。
 『相棒』を見たのは昨年娘からの録画依頼で、つい見始めたらこれがはまった。脚本が非常に複雑であり、警察内部の犯行や問題、争いや政治が突っ込んで描かれる点、そして水谷演じる杉下右京が、蘊蓄とともに和製ホームズ的に推理を働かせ解決するところなど、見所が一杯なのだ。脚本家により物語のトーンががらりと変わるのも面白く、はまりだすと過去のものも見たくなる。平日昼に放映される再放送を録画すると夜は毎日のように見ることになる。
 先日の知人の家に行ったら、その妻がはまっていて、ひとしきり話題になった。やはり娘と『相棒』についてよく話すという。そういう家庭はあちこちにあるような気がする。そしておそらく僕たちの世代にとっては、萩原健一の「相棒」で脇役だった軽い水谷が見事に変身し、落ち着いて洞察力のある探偵役を演じるところが、魅力の背景にある。それは僕らがいまとは違う役柄を演じたいと、どこかで思っているからかもしれない。

(2008/5/5 志賀信夫)


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