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2008年1月のコラム

【コラム】

■紙と神

 編集・出版に長く関わると、使用する紙の変遷にも触れることになる。新しいアート的な用紙が次々と生まれた時代から、古紙含有率が重要視されるようになり、20、30%から70%、100%へと推移した。特に官公庁はグリーン基準を設けて、パンフレットなどの古紙含有率を高めた要求を出してきた。当初、リサイクル紙は20%以上割高だったが、普及により差は少なくなってきた。役所によっては、表紙のコーティングも認められなくなっている。
 特に古紙含有率100%の紙が白く普通に使えるものになったが、白くするためには当然薬品を使う。人の肌に直接触れるし、破棄されると逆に環境負荷は大きいのではとも思っていた。ところが技術の進歩よりも偽装だったというのには驚いた。偽装流行りで業界ぐるみなど、企業は利益をあげるためならなりふり構わない。保険会社、薬品会社、建設業なども大企業のほうがより悪質のようだ。
 正月のテレビで環境学者が、温暖化でさほど水位は上昇しない、ゴミのダイオキシンは微量で害にならない、ゴミを分別してもまとめて処理されることが多く無駄だと発言していた。現代は石油中心の発展から自然保護へという流れが主流だが、エコロジー、エコビジネス礼賛にも落とし穴がありそうだ。コピーの裏紙利用は情報漏洩につながるため、方針を変えた役所も多いように、紙のエコもさまざまな理由でニ転三転する。一方、保護や節約よりも、消費が経済活動を活発化するのは残念ながら事実だ。
 環境問題、エコロジー、自然礼賛は一つの思想として機能している。文明と発展という思想に対するアンチ概念として、文明や発展が効率性・功利性のみで進むと、人類が破滅しかねないという危惧に対する抑止力として働いているのだろう。だが人は生きるかぎり欲望により発展へと向う。エコロジーはその意味で、現代の倫理思想のようにも見える。やはり自然こそが「神」なのだろうか。

(2008/1/28 志賀信夫)

【コラム】

事始めから過酷な日常が再開。週末にライブに行っても、週明けにはまた眉間にシワが刻まれる。この週末には美術館に行ってみた。
できるだけ、落ち着いた雰囲気を求め、ブリヂストン美術館に行くことにする。

ブリヂストン美術館は、東京駅八重洲口から歩いてすぐだが、ターミナルのざわつきを避け、銀座を出発点に勝鬨橋・木挽町・八丁堀と江戸の町並を辿って歩いてみる。

真赤なコートを制服にしたドアマンがいる聖路加病院の車寄せは、高級ホテルのようだったり、新築のマンションや大企業の本社ビルがある中に、仕舞屋風というのか、落ち着いた(古色を帯びた)料理屋や宿屋がある。波除神社にはお参りする人の姿がある。
この辺りは「御宿かわせみ」の舞台になった場所。
と、少々の観光気分だけれど、日常の町並の居心地よさが羨ましい。
日常の町並ならば、自宅の回りで散歩すればいいのだけど、この雰囲気はないんだなぁ。

こうして、ふらふらと歩いているだけで、体の中の成分が洗われたように感じる町並には、神仏が寄り添っているように思う。
占いには興味がなく、風水もそれに基づいて何かを、と積極的に取り入れることはない。
が、神仏・社寺・鎮守の森や拠りどころとなる樹木に、信仰という言葉以上の、もしかしたら違う意味の力があることは感じる。

以前すんでいた家のヒバの垣根や南天の木にも、今思えばそういうものを感じて、用もないのに庭でぼんやりしてる子供だった。
古い家で、御守りと思える木に文字通り囲まれて育ったのだなぁと思う。

辿り着いたブリヂストン美術館では、コレクション展。
19世紀・20世紀のヨーロッパ人の印象派は、やっぱりどうしても「わからない」のだけど、同時代の日本人の絵画には「いいな」と思う。
特に藤田嗣治の「猫のいる静物」は大好きな一枚。
猫と小鳥の「決定的瞬間」をとらえているのに「静物」と題するユーモア。
しばらく「猫のいる静物」を眺め、思い立って日本橋まで歩くことにする。

(2008/1/21 WADA)

【コラム】

●二十歳

 2008年は平成20年。平成になって20年目だ。前天皇を送る車が新宿のビルの下を通ったのは、ついこの前のように思う。
 先日、三島由紀夫の『英霊の声』を読み返した。神がかりになった盲目の青年が、ニ・ニ六の将校、特攻隊の若者となって天皇への怨念を語る。「人間天皇」に絶望した人々も当時は多く、三島もその思いが根底にあったのだろう。だが人を神格化して他人を従わせるという思想には、どこか無理がある。唯物思想や実利主義を超えるものを求める気持ちはあるが、「信じる」ことは進んで騙されることともなる。オウム真理教以降、新宗教やカルトへの目は厳しくなった。それでもマスコミでは占い師、風水師やら前世を見る人たちがのさばっている。見れば実はお笑い芸人と同レベルの扱いなのだが、ありがたがる人、信じる人がいる。
 三島は『英霊の声』以前の『邪教』という短編では、神妙に聞いた「お告げ」が南京豆の話で呆れたと書いた。それがいつしか「英霊」と「声」を信じるようになったらしい。それとも自らの「蘇り」を信じていたのだろうか。少なくとも19年前、天皇は亡くなったことで神ではないことが実証された。神の子イエスも死んだ。
 今年初詣に行ったら、ある有名な地蔵尊はすごかった。3階建てのビルのあちこちに水子地蔵や地獄絵などあらゆるものが並び、あげくに四国八十八ヵ所参りが一部屋でできる。40センチほどの幅の寺社が並び、それぞれ賽銭を入れさせる。日本の寺社仏閣が、ここまで金集めに熱心とは知らなかった。これでは有り難味も薄れるというものだ。
 三島が蜂起を呼びかけた自衛隊は、いつの間にか海外に出兵している。他国の戦争に関わってしまっている恐ろしさは誰も考えず、実感できない。「人間天皇」は、この約20年の変化をどう感じているだろうか。

(2008/1/14 志賀信夫)

【コラム】


新潟に行ってきました。
東京に住んでいると、冬の新潟はテレビの天気予報などで、連日雪マークばかりを見て、新潟と名の付くところはすべて雪深いと思ってしまいます。
今回、新潟市に行くにあたり、新潟市出身の人に尋ねると、スキー場以外、雪が積もるようなことは滅多にないとのこと。
もし雪が降っていたら、ものすごく寒かったらと不安はありましたが、東京にいる時と同じような服装で行くことにしました。
上越新幹線が越後湯沢の駅を通過する時には、半信半疑から大失敗になることを確信しました。
駅から見えるゲレンデは、真っ白でスキーで滑り降りる人の姿がみえます。
そのうち、雪は少なくなってきましたが、新潟の手前の燕三条のあたりは、重く低い雲が垂れこめて、今にも雪が降りそうです。

新幹線の車内は24度前後で、冬服では暑いくらいですが、新潟駅に着いたら、どんなに寒いのだろう。

ところが、駅から外に出てみると、大して寒くないのです。
特別に暖い日だったわけではないようです。
薄曇りの空に少し湿気を含む空気。
東京のからっ風の冬よりは、むしろ暖いくらい。
あちこち観光して歩くにも、少しも苦になりません。
雪の気配などまったくなし。
「子供の頃は、膝くらいまで雪が積もるのは珍しいことでもなかった」と新潟市出身の、今回天気について尋ねた人たちも言っていました。
とはいえ、雪に慣れた人と雪が降ったら電車が止まるようなところに住む人間とは、感覚が違うかも知れないと、念のため同じことを何人にも聞いてみたりしたのです。

そして、東京に帰ってきて、からっ風の夜道を歩きながら、札幌出身の友人が「東京って札幌より寒いね」と言ったのも、あながち大袈裟ではないと思いました。

そういえば、底冷えがきつく寒いと、自嘲気味に少し自慢げに京都人が言う京都の冬も東京のほうが寒いと思ったのでした。
気温で比べれば、新潟>京都>東京という寒さでしょう。
それが逆にも感じられるのは「風」のせいなのですね。
日本海や雪を抱く山脈を一望する展望台で、新潟育ちの友人は「でも、やっぱり、雪は降らなくなったし、温暖化が進んでいるんだと思うよ」と言っていました。
楽に過ごせたのはいいけれど、イメージした通りの雪の新潟も、ちょっと見てみたかったかなと思います。


(2008/1/7 WADA)


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