Arts Calendar/column

2007年9月のコラム

【コラム】

モノに執着しない質である。大抵のモノはパッパ、パッパと捨ててしまう。「超整理術」「捨てる!」なんていう書名の本を鼻で笑うような片付けっぷりである。

大体、とっておけばよかったと思うモノ、特に実用品は滅多にない。包装紙や買い物した時の紙袋、取っておいたところで使った試しはない。どんなに綺麗にとっておいても、それは買い物すれば(しなくても)無料で貰えるデパートの紙袋でしかなくて、人様に差し上げるものを中身の関連もなく入れるものではない。「エコ」な観点から、再利用を推奨する考えもあるだろうが、端から貰わなければいいのだ。どんなにセンスよくアレンジして包んだって、再利用というのはバレる。贈り主の信条(心情)はどうあれ、「私は再利用か?」と思ってしまう。
もちろん、手元にいつまでも置いておきたいものはきちんと保管して、時々取りだしてはニヤニヤと愛でることは、ある。とっておけばよかったかもと、ちょっとは反省するモノもある。

小学生の時にお気に入りだったモーウ゛色に帽子の模様のTシャツ。帆布にロープを使ったお稽古バックは、アニヤ・ハインドマーチのエコバッグによく似てた。ガチャガチャから出てきたのに、妙に重い指先ほどのモスグリーンのクラシックカー。神坂雪佳が書きそうな図案化されたバラの模様の初めての大人用ハンカチは、転んで膝を擦りむいた時に包帯代わりにしてそれっきり。埴輪の真似だと思ってた赤い木馬のネックレスはスウェーデンのダーラヘスト。馬グッズを集める人にあげてしまった。大人ぶって買ったべっ甲模様のボールペンも請われて友人にあげてしまった。

結構あるような、これだけ、なような。こうして書き連ねてみても、ディテールを詳細に覚えていて、取りだしてただ眺めるだけのものとさほど変わらず頭の中で楽しめるものだ。負け惜しみのつもりはないけれど、覚えているだけで充分なモノでもあるのだと思う。小学生の時のTシャツは、やっぱりどうしても着て歩くわけにはいかない。ハンカチだって、使わずにずっととっておいてたら、モノの命を全うさせられないし、ぼろぼろなるまで使ったのだとしたら、それなりの供養をしてあげたいと思う。これが好きだったのだ、と人に披露できないけれど、いちばん好きだった時の状態で、何かの折りに思い出すのがモノにとっても気楽で、モノと思い出を共有できるような気がする。とお彼岸に思ったりする。

(2007/9/24 WADA)

【コラム】

●富士を叩く

 皆既月食を富士山で見た。ちゃんと見たのは子どものころ以来、数十年振りだ。昼に車で東京を出発し、二時間ほどで五合目に着くと、和太鼓がいくつも並ぶ。巨大なものから小さいものまで十以上。毎年、ある音楽家が十五夜に太鼓を叩く。コンサートではない。来た人々、素人がその音楽家とともに自由に叩く。というとバラバラになりそうだが、自然と全体のリズムはつくられる。

 叩くのは夜六時から朝六時まで十二時間、夜通し続く。地元の人々が車やバスを連ねて集まってくる。東京や他県から来る人もいる。自分の太鼓や楽器を持ち込む者、七十を超す老人、赤子を背負ったお母さんと子どもなど百名、二百名。文字通り老若男女がバチを握り締め、太鼓を打ち鳴らす。一つの大太鼓に二人から四人がとりつき、自然に音のコミュニケーションが生まれる。バチを貸し合い、休みながら眺めて音を聴き、踊り出す。

 この日はあいにく時折雨降る天候。だが一時間も叩くと、見よ、雲が切れ、欠けた月が姿を現すではないか。太鼓の音と熱気が雲を晴らしたのか。いや山の天気は変わりやすい。おまけに雲の上。自然の中で叩き、音を聴き、月を眺める。欠けた月がまた満ちてくる。なんとも至高の体験だ。体に響く音を感じ、炊き出しの握り飯を頬張り、甘酒に体を潤す。これは一種の村祭り。音楽と踊りが人々をつなぐ原初的な感覚。太鼓のうまいへたも関係なく叩き続け、時に一体となり、時には離れる。
 富士山に登ったことはない。子どものころ車で五合目まできたろうか。この日は雨と雲でその姿は朧ろだった。晴れた日に仕事場の階段からその姿を時々眺める。
 こんな体験のなかでは、下界の政治や社会の迷走が、なんと小さく感じられることか。人為には限りがある。クラブやディスコの人工的世界と、自ら叩き出す音は大きく違う。豆ができ、張れた手。山の寒さに借りたセーターが、とりわけ暖かく感じられる一日だった。

(2007/9/17 志賀信夫)

【コラム】

風立ちぬ。台風が吹き荒れて、熱い空気に満たされながらも風は秋風へと変わっていく。空の雲も薄く高くなっている。庭の雑草も、ムッとするような真夏の匂いはすでになく、なんとなく風情ある秋草という様子になりつつある。早々に日が落ちれば、その叢からは待ちかねたように虫の声が聞こえてくる。レースのカーテンを巻き上げるほど強い南風も、運んでくるのは日向っぽい埃の匂いではない。
と、秋らしさ、涼しさを数え上げ、その風情に浸ってみようと思うが、実際まだ暑い。ショーウィンドーには、秋服を終え、もう毛皮が飾られていたりする。「いいなぁ」と思っても、まだまだ。夏服の最後のセールのほうが嬉しかったりする。扇風機はそろそろ片付けたいし、設えも秋っぽくしたいが、棚に飾っているCDはまだ寒色系のジャケットが外せない。
とはいいつつ、そこから選ぶCDは、真夏につい手にした揚琴やバイブやアコースティックギターではなくて、しっとりしたピアノやチェロや、ちょっと重厚なシンフォニーだったりする。
そして、私が秋を感じる一番のポイントは、飲み物。9月の声を聞く頃から、急にいつものカフェオレ、と暑い日だけ飲んでいたアールグレイのアイスティーが美味しくなくなる。ミルクをたっぷり入れた紅茶や濃いブラックコーヒー(秋の実りたっぷりのお菓子と一緒だと更に)がいい。まだ暑さの残る日であっても、夏の飲み物からは遠ざかる。カップを持ち上げながら、「ああ、秋だなぁ」と思う。

(2007/9/10 WADA)

【コラム】

●レッサーパンダ

 猛暑のなか、レッサーパンダが熱中症で死んだ。近所の動物園のことで、以前に写真を撮った。グーグルで検索したら、『自閉症裁判』という本にぶつかった。浅草で若い女性を殺したレッサーパンダ男の話だった。犯人は養護学校出身で精神に障害があったという。その報道はあったろうかと思い、アマゾンで本を入手した。
 読むと、養護学校時代から放浪を繰り返し、銃刀所持、窃盗や女性への猥褻などの犯歴がある。しかし放置自転車だったり、放浪時護身用でバッグにナタを入れていたなど他愛ない。女性に対する犯罪も、一般にいう成人男性による暴行とは少し異なる。著者は元養護学校教師のジャーナリストで、法廷の記録が裁判の問題点をリアルに語る。しかし彼は障害者の側に立つのみならず、被害者の家族と苦しみを描き込み続ける。
 佐川一政のように、殺人でも精神障害で責任能力なしとされることがある。だが、病院から出て再び犯罪を犯す事件や、障害を利用した宅間守もいた。精神障害者の社会開放は、ともに生きる社会という意味で重要だが、犯罪者は閉じ込めてほしいという素直な思いもある。被害者側の「犯人は地雷のようなもの。処理してほしい」という言葉は重い。
 捕まったのは、僕が働く会社の裏のビルの改装工事現場だった。逮捕を覚えている人がいた。このコラムを始めたころ、箙(えびら)田鶴子の本『神への告発』について書いた。それから身体障害の舞踊家たちにインタビューして記事を書き、精神障害者たちの舞台も見た。しかし、この本を読んでいると、本当に踏み込めたのかという思いがわき上がった。レッサーパンダの死はネットを通じて、日頃、漠然と感じている問題を浮かび上がらせた。犯人は検察側の主張通り、無期懲役の判決を受けた。答えの出せない問題をどう捉えていくのか。そして、次々と報道されていく殺人事件にも、見えない事実があるのを知ったことは、とても僕には大事に思えた。

(2007/9/3 志賀信夫)


無断転載禁止 掲載:アーク編集室

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