Arts Calendar/column

2007年7月のコラム

【コラム】

この暑さ故、喉が渇いたという感覚はないのだけど、水分補給を心掛けています。まず、お水を飲みます。ひとくちめが喉を通る頃、ようやく喉が渇いていたのだと気付くという鈍感さ。そのコップ1杯の水を飲み干しても、まだ水分が欲しい。すると次は何か美味しいものをと思います。今のお水ほど美味しいものはないかもしれないのだけど。家にいれば、何を飲もうかなぁというより、何を煎れようかと考えて選んでいるようです。煎れる行為が好きなのかも知れません。

そして、キッチンでひと息いれるための飲み物(総称として、お茶)を煎れ、カップなりトレイなりを手に自室に行き、読むものと聴くものを選びます。目に付いたのが時代小説だと「読みたいんだけど、今、ミルクティ煎れちゃったからなぁ」と却下。ブラックコーヒーだったら、いいんだけどね。ミルクティだと、大島弓子とか高野文子などのしっかりした少女漫画(コミックではありません)を。カフェオレならば、ちょっとフランス風味のエッセイとか。

お茶の色や香り・味と、本から立ち上ってくる空気がシンクロするとカップ1杯を飲み終えるだけの時間だとしても、旅行や映画にも匹敵するくらいの充足感が味わえます。五感をさまざまに刺激しながらの読書が好きで、珈琲店の前を通りかかり、焙煎の音や香りが感じられると、本が読みたくなったり、その香りのコーヒーを飲みながら読んだ一場面が字面とともに頭に浮かんだりします。イメージに合う本がバッグにあれば、その店に飛び込み、なければ家まで我慢するか、本屋さんに行き、珈琲店に戻ったり。

思い返してみると、本を読んでいると、つい「お茶〜」とふらふらとキッチンに行き、本だけで満足して読書を続けることはないようです。だから本来、読書がはかどるはずの通勤電車の中、図書館、寝床の中でのそれが苦手なのかもしれません。

(2007/7/30 WADA)

【コラム】

●夏の襟

 犬も食わないといわれるが、知人の夫婦はよく喧嘩をしている。どうやら妻が一方的に嫉妬して怒るらしい。女に対してだけではなく、遊びにいくなど、夫の行動に対する嫉妬だという。男性の嫉妬心ももちろん大きいが、嫉妬の文字には共に女辺が付くのだし。専業主婦であれば、自由になる時間は大きいが、仕事をして主婦、母親もこなそうとすれば、時間がない。旦那が自由に見えても、いたしかたない。

 だが二人は、夫婦喧嘩をしても、通常、怪我をするほどには至らない。たまのあざも腕、足くらいで目立つところにはない。目立つところに女性が傷を与えるとすれば、それは相当激しい逆上だ。

 突然名誉と責任ある地位についた人が、大きな絆創膏などで注目された。見ると不精髭も目立つ。不正経理疑惑で暴漢に襲われた、いや自損自傷だなどと推測されたが、有力なのは夫婦喧嘩という説だ。
 不正経理が自分の身にも振りかかった妻が、調べたら他の女性への支出が露見した。
こんな物語が頭に浮かんだ。逆上した妻の暴力に堪え、一晩説得して、ようやく別居を引き止め、不精髭で登場というリアルな推理。

 同じような地位にある人は十数名。日本の総人口を割ると、数千万人に1人の代表と計算される。だからこそ1億数千万人から少しずつの税金を使っているともいえる。
そう考えると、不正経理に対する返還請求権は、僕たちみんなにあるのではないだろうか。

 こういう支出が領収書なしで成立するとのも驚きだった。個人や企業には細かい領収書を要求する政府が、それで得た金を勝手に使っている。政治がやることは自分勝手で、暴君や独裁政権と少しも変わらない。
 よく襟を正すなどというが、夏のクールビズ・ファッションでは、正しようもない。
省エネに名を借りたこのキャンペーンは、巨額な広告費が批判されたが、実は襟を正さないための戦略的武装だったのか。もっとも喧嘩しても、掴むべき襟もない。

(2007/7/23 志賀信夫)

【コラム】

だいぶ前に、鎌倉の美術館に台風接近を押して出かけたことがあった。台風特有の湿度の高さはなく、なんとなく爽やかであるほどのやや強風。美術館は空いていて、気に入った絵の前でぼんやり・じっくりと時間をかけて何回もうろうろすることができた。カフェもガラガラ。池に張り出したテラスで夏の風に当たりながら、ゆっくり食事とお茶を楽しめた。この週末にも、そんな雰囲気を期待して「終わってしまう…」か「混まないうちに」と思う展覧会に行こうかと思ったが、その時よりは明らかに台風が確実だったので、やはり、家に。
お休みにやっておこうという用事は、台風を避けたいものばかりだし、気分に合う本も、急いで読まなければならない本もなくて、ひたすらにゴロゴロ。普段は何をするともなく2時頃まで起きているのに、なぜか早寝。しかもお昼寝つき。用事はないが、土砂降りの中、ちょっとコンビニまで行ってみたい気分だったけど、ニュースを見ていた母が「何の用があって、この台風の中わざわざ外に行って、川に落ちて命を落とすなんて」と憤っている。見回らなければならない田畑があるわけではないので、大人しく部屋に戻る。

そして、ゴロゴロにも飽き、雑誌や切り抜きやパソコンのお気に入りを整理することにした。

よさそうだなぁと思ったお店など、切り抜いたり、検索してURLを貯めておいたりしたのを、ざくざくと捨てる。「まだ行ってないけど、ま、いいか」と捨てる。

チェックしたお店が本当に「お気に入り」になることは滅多にない。旅行でも、都内でも、行ってはみるものの、書いてあることの半分も魅力的でなかったり、どちらかといえば美味しさはマイナスだったりする。タレントが大げさに「美味しい!」と言ったことに「味オンチ!」という感想ばかりだったり。結局は自分でみつけた(偶然、入った)お店がお気に入りになる。そして、そんなお店は一緒に行った人との内緒のお店になり、滅多なことでは人に知らせずにいつまでもこっそりのままにしておきたい。

雑誌やテレビで、その周辺が特集される時など、「どうか今回も取り上げられませんように」と密かに祈る。おそらく、皆そうなんだろうなぁ、と思う。だから、本当に美味しかったり、素敵なお店は黙ってて、惜しくないところを紹介し、残念な結果となるわけ。

(2007/7/16 WADA)

【コラム】

●しょうがない症候群

 愕然とした。フジモリ元大統領に出馬を依頼し、承諾したという。ペルーで日系大統領として活躍し、公邸人質事件を強行解決したため、日本では評価が高いらしい。しかし在任時代の活動で、現在母国から罪人として手配されている。日本の政治家や知識人が匿い、ペルーに帰国すれば投獄されるため、チリに住んでいるが、チリ政府からも退去命令が出ている。フジモリはペルー文化で育ち日本語も話せないが、長期政権だったため政治家たちとの交流も深く、長い間日本に匿われていた。日本ではペルーの政治的対立で排斥されたといわれるが、日系社会での評価も地に墜ちている。賄賂などの金権政治、武力による反対勢力の鎮圧や抑圧が「事実」として刑事訴追されていることを、日本の政治家はどう考えているのだろう。本来二重国籍を認めない日本がフジモリの日本国籍を認めたのも、極めて政治的判断、つまりはカネと権力の問題だ。もし無実で投獄されるような国であれば、その国を支配してきたフジモリは、どういう政治家なのか。
 近年海外からの投票も可能になったが、南米と日本にそれぞれ百万人以上いるという日系人の票も取り込もうというのか。あくまで有名度、話題性とスマイルに頼るのか。どうせなら、再び失墜した羽賀健二にも要請したらどうだろう。恋愛と借金で失墜し、宝飾業で蘇ったが、結局転落した。マスコミは芸能人にはひどいバッシングをするが、政治家には甘すぎる。いずれにせよ、国際手配されている犯罪者を出馬させる日本の選挙は、どこまで墜ちていくのか。
 防衛大臣が原爆投下で米国の主張をなぞり話題になったが、軍備増強という経済方針を反映した発言で、ブッシュ批判のペナルティを回復しようという意図なのだろう。そして選挙のために「しょうがない」と辞任する大臣や暴言知事、汚職して死ぬ政治家を見て、僕たちはつぶやくののだ。「しょうがない」と。

(2007/7/9 志賀信夫)

【コラム】

前回のコラムで、梅雨入りしたらしいが?と書きました。2週間たっても、やはり季節を飛び越えて夏の陽気。夏嫌いには、耐えられない日々です。梅雨には、被害が出ない程度に雨が続いて欲しいものです。真夏日・猛暑日の気温と日射しを思うだけで、夏バテになりそう。ふとした時に聞こえる蝉の声にさえ、無意識に眉間にシワをよせるのです。
夏が大好き・暑くなればなるほど体調がよくなる、と言う人もいます。そんな友人と話すと「夏のどこが嫌いなの?」と言われるのですが、嫌いなところより、好きなところを数え上げてみるほうが早く、そして本当に少ないのです。
夏で好きなものと言えば、打ち上げ花火と…あとがなかなか出てきません。酷暑の中では、好きな打ち上げ花火でさえ、ここ数年はテレビ中継で充分と思っています。
もうひとつ好きなもの、電車から見る海と、その電車から降りて駅のホームで見る海。
町中育ちなので、大自然が苦手です。大きな風景の中に自分が入ることが恐いのです。人の気配のない林や海、湖にボートで出ることさえもあまりの非日常で「自然っていいなぁ」なんて思う余裕すらありません。
私にとってギリギリの、海の風景を見るためにひと夏に一度、湘南に行きます。鎌倉で江の電に乗り換えるのもいいですが、東京駅からひたすらに小田原方面へ向かいます。大船を過ぎてから小田原までの間、駅からすぐに海に出られるところがいくつかあります。ここぞという駅で電車を降り、用もないけど改札を出て「今年もきたぞ!」という気分を味わったら、海岸までは行きません。暑さも日射しも大嫌いですから、またすぐ駅に戻り、ホームで帰りの電車が来るまで大人しく海を眺めているだけ。
いくつかの海が眺められる駅の中のひとつ、波の音が聞こえそうなほど、近くに海岸が広がっているのに、江ノ島辺りに比べると嘘のように人が少ないところがあります。泳ぐには向かない海岸なのかもしれません。海を背にすると目の前には山の風景が広がります。蝉の声も、岩にしみ入るという風情、ここでなら耳に心地よく、ごつく握った梅干しおにぎりと水筒の冷たい麦茶が欲しくなるひと時です。海と山をちょっと遠くから眺めるだけで満足。絵日記に書きたくなるような子供の夏休み気分が味わえる、大好きな小旅行遊びです。

(2007/7/2 WADA)


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