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2007年5月のコラム

【コラム】

会期は残り少なく、そして連休に入る前に!と駆け込むように「東京都写真美術館」へ。「TOKYOマグナムが撮った東京」という写真展。
「マグナム」という写真家集団、その定義(調べれば正解が容易にわかるはずだが)を私なりに説明すると報道写真であり、芸術写真であり、両方を自在に表現できる人たち、と思っている。ロバート・キャパと言えば戦場での写真が思い浮かび、エリオット・アーウィックならば犬の表情が浮かぶ。個人としてはそうだけど、マグナムという括りに入ると何かもうひとつ、違う味が加えられるように思う。深刻な時代、哀しい瞬間を撮ったとしても、そこに「おかしみ」がまぶされた結果、タイムリーなアートになる。写真は、時を閉じ込めるものだと思うけど、それだけでなく周りの空気も閉じ込める。吉田篤弘が書くように「針を落とせば、ライブ録音された場所の空気も一緒に聞こえる」SPレコードのようなもので、見るだけで知らない時代の空気の匂いさえ感じられるようだ。

この写真展は、1950年代から2005年までの東京を、マグナムの写真家たちが撮った150点ほどの写真で構成されている。日本通な人も含め、外国人から見た東京の様々な場面を年代ごとに展示。バックグラウンドの違いで、私たちが何気なく機械的に目にする風景が幻想的な一葉になる。築地に並べられた横たわる冷凍マグロのなんと美しいこと。神社やお祭りの、美しい(興味深い)と彼等が思う場面は私たちと違っている。古き善き日本人の美徳、なんてものは写っていなくて、浅草の、新宿の裏町のちょっと困ったおじさんなんかが主役になっていたり、毒々しく計画性のない都会の一角が切り取られたり。それも愛おしく懐かしい。50年代、60年代の写真でも、その場面は失われたものでなく、まだまだ健在で、どちらかと言えば、「なんとかしたい」と思う風景かもしれない。そして、写真展を眺めていると、これこそが「美しい国」なのではないかと思う。
今回は5月6日で終わってしまったのだけど、もし同様の写真展がどこかであるならば、「サザエさん」を読破してから見ることをお勧めする。半分以上、私の知らない時代の写真なのだけど、小さい時から祖母宅に揃えられていた「サザエさん」に親しんでいたことがこれほど楽しく写真展を見ることに繋がるとは思わなかった。出来事のひとつひとつ、風俗など、サザエさんのひとコマが思い出されて楽しい。アンリ・カルティエ=ブレッソンの歌舞伎役者のお葬式会場を撮ったもの、「ああ、これ!サザエさんにこの人のこと出てきてた!」と江戸前の海が眺められる祖母の家の匂いとともに思い出す。
時間のスピードは郊外に行くほど早くなる。50年代には未開の土地だったようなところが、今は憧れの高級住宅街になっていたりする。昔、最先端の盛り場であり、今では時が止まったような浅草あたりを子供のころから知っていることも「昔の東京」が楽しいひとつだと思う。

(2007.5.21 WADA)

【コラム】

●ある人

 日系ブラジル人のことは時折話題になるが、南米各国、各地に日系人がいる。戦前、戦後の
移民政策によって北海道から沖縄まで、日本全国から大量に送り出された。国策で移民会社が
作られ、海外雄飛という言葉によって農家の次男坊、三男坊から大学卒業組まで、「南米で一
旗揚げる」を夢見た時代があった。僕が子どものころも、「ブラジルに行った叔父さん」の話
は、あちこちの家庭で聞かれた。しかし実際は不況や労働力過多のための移住政策で、未開の
大地の開墾、マラリアによる村の消滅など、苦労を強いられ、ドミニカ移民は訴訟にまでなっ
た。ブラジルに移住したが、マラリアを逃れてパラグアイ、アルゼンチンへなど、南米大陸を
移動した人々もいる。しかし彼らの苦労と努力のおかげで、南米での日本人の評判は高まった。

 その人に出会ったのは、移住に関する雑誌をやっているときだった。活躍する日系アーティ
ストを探していると、パラグアイ出身でダンスをやっているという。コンテンポラリーダンス
という名前が聞かれ始めるころだった。笑顔で踊る楽しさ、喜びを生き生きと語る人。そんな
彼女の取材は、僕がダンスについて書き始めるきっかけの一つだった。記事のタイトルは「八
十歳まで踊りたい」。舞台を見ると、しっかりした骨格と独特の動きに、ラテンの血と強いパ
ワーを感じた。多くの有名なダンスグループで踊り、振付けたり教えたりとその活動は活発で、
映像に出たり海外で踊ることもあった。妊娠中も踊り、産んですぐ踊る、天性の踊り手という
言葉がふさわしい人だった。

 昨日、ちょうど二カ月前に彼女が踊った舞台に僕はいた。舞踏の新人の舞台について話すた
めだった。見違えるほど細くなっていた彼女のことを考えていた。観客にも彼女を知る人は何
人もいて、伝えるとどよめきが起こった。そして黙祷をお願いした。

 野和田恵里花さん。あなたの笑顔とあなたの踊りは目に焼きついています。忘れません。

(2007.5.14 志賀信夫)

【コラム】

私はずーっとこの町に住んでいる。駅へのバス停に行くにも、友達の家に行くにも通らなければならない商店街がある。幼稚園の頃までは、それが世界のすべてとも言える果てしなく長い道だった。
私の家のほうからバス停に行く右手には、まず、パン屋、銭湯、玩具屋、手芸店、プラモデル屋、お米屋、小さなスーパー。玩具屋と手芸店の間にもう1軒お店があったような気がする。
そして、バス停から帰る時の右手には、本屋、雑貨屋、お菓子屋、八百屋さん、豆腐屋、そろばん塾、魚屋、駄菓子屋、という風だったと思う。
残念なことに、当時と同じ商売をしている店は1軒もない。何度かの商売替えをしても店として残っているのは4軒のみ。そのうち、本当に店と言えるのは1軒だけ。パン屋さんがお弁当屋さんになっている。
子供にとって、思い出にあるのは生活必需品ではなくて、憧れを売っていた店。プラモデル屋は、女の子は入りにくい雰囲気で、今はともかく当時は、迷彩の戦車や可愛くない兵士の人形に興味もないから、一度か二度くらいしか入ったことはなかったと思う。それでもガラス越しに垣間見る積み上げられた箱の文字や絵柄は、今この店があのまま残っていたら、さぞ「レア」なものがいっぱいだったのだろうと思う。同級生の男子たちにも神聖な場所であったらしく、「ガキ」の行ける店ではなかったようだ。「あそこならタミヤがどうだ」とか、何度か聞かされた。いつのまにか店を閉め、そのままにしてあったが、何年も経ってから住宅に建て替えられた。
そして、女子の憧れの店がプラモデル屋の並びにある手芸店だった。主な品物は毛糸・フェルト・ボタンなどだが、下世話な商店街に不似合いな木工のショウウィンドウは、毛糸やボタンを飾るのではなく、作家もののセーターや愛らしいティーセット、小タンスなど。今で言う雑貨のセレクトショップだった。
店には、おっとりしつつもさっぱりとした上品な姉妹がいて、他の店のように「おばちゃん」とは呼び掛けられない雰囲気を持っていた。母が洋裁をするので、私は小さいころから、その店は行きつけで、自分の誕生日にはウィンドウの中の何かをリクエストし、友人へのプレゼントにもお小遣いが許す限り、その店で買った。何十円かのフェルトの小裂れやひと束の刺繍糸を買うにも、色合いの相談に乗ってくれた。子供の買い物にも丁寧につきあってくれた。駅前の量販店より、このセレブな店で買う。それがステイタスだったのだ。
私が大きな買い物も自分のお金でできるようになった頃、その店は閉められた。少し後、「あそこの小母さん、なくなったんだって」と耳にしたものの、「ふーん」と返事するのが精いっぱいだった。

(2007.5.7 WADA)

【コラム】

●自由な紙

 フリーペーパーが花盛りだ。駅などで集めるときりがない。以前から地域の店のPR誌はあったが、リクルートが制作する『R25』のヒットが火をつけた。ミニコラム中心から次第に記事も充実、大手の広告も入り、女性版もできた。他にコスメ、エステなど、女性を対象とするものが多いが、中古車、住宅などさまざまなジャンルがある。また、伝統ある『早稲田文学』も『WB』を刊行して書店に置き、さらに『中央公論Adagio』が創刊されたが、こちらは都営地下鉄で入手できる。
 出版社は元々小さい広報誌を出し、『図書』『波』などは定番だが、連載を本にするなど、ミニ文芸誌や総合誌の役割もあった。雑誌業界は流れが速く、驚くほどの数が創刊・休刊・廃刊を繰り返す。膨大なゴミになるのは同じだが、フリーペーパーは読み捨て度が高い。
 『ビッグイシュー』をご存知だろうか。英国から入ってきたホームレス支援の雑誌だ。新宿などの街頭で彼らが1冊200円で売り、110円が収入となり自立や社会復帰のきっかけとなる。表紙を有名人の写真が飾る。一般のマンガ雑誌などを販売するホームレスもいる。網棚や分別される駅の雑誌ゴミ箱で回収した新刊の週刊誌を100円で販売する。青年誌の売れ行きがよく、僕も連載を読んでいるときは、時々利用していた。半額以下の出費ですみ、サラリーマンにはありがたい。まさに捨てる紙あれば拾う紙ありだ。
 古書サイトやアマゾン、新古書店、ホームレス街頭販売などで本のリサイクル度は高まっている。また、ネットでたいがいの情報は得られるし、辞書サイトも便利だ。そのため出版人は本離れを嘆き、「景気が悪い」が定説。実際、専門書や堅い本は本当に売れなくなった。フリーペーパーを見ると、たいがいパンフレット的で、深い情報はない。この人気と隆盛は、いま僕たちが表面的な部分でのみ生活していることの表れかもしれない。

(2007.5.1 志賀信夫)

無断転載禁止 掲載:アーク編集室

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