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2007年11月のコラム

【コラム】

●晴れた日は自転車で

 免許を持たず車の運転をしないので、都内にいても道を知らない。電車で移動して駅から目的地に行く。次の場所も駅経由だが、直接歩くと意外と近かったりする。水曜日は代々木から新宿、曙橋、竹橋への予定で、自転車で行ってみた。新宿駅の北で横断する道は、西に行くと青梅街道、東に行けば靖国通り。東にずっと進めば九段下で竹橋はその先。地図を見て、途中のラーメン屋で食事と目星をつけて、2時間あれば戻れると踏んだ。
 空は快晴、心地よく、ラーメンも美味しかった。しかし竹橋から戻る際に、「おや、こんな坂が」。武道館横の九段坂はコンサートの行き帰り、歩いても結構急だった。これで一挙に疲れが高まり、ちょっとした坂でも辛くなった。東京には意外と坂がある。地図で見たかぎりは出合わないつもりだった。それでも10分押しで帰りつき、尻が痛かった。
 靖国通りは、三島由紀夫の自決した自衛隊の前を通り、あの神社から皇居へと辿りつく。自衛隊前の通りは異様に広く、戦車でも走れそうだ。自衛隊のイラク補給問題は、米国でも批判が高まるイラク戦争への加担行為。軍需産業と役人が甘い汁を吸う構造は、日本も米国も同じなのが、証人喚問でわかってしまった。自衛隊派遣は国際貢献ではなく、企業の経済活動ととらえるべきだ。そのためにイラクの紛争は延々終らず、人々が死んでいく。賛成派はそのことを直視すべきだ。自転車で靖国通りをめぐると、秋晴れの心地よさとは裏腹に、そんなことを思ってしまった。
 代々木に戻ると、新宿サザンテラスのイルミネーションがきらめき出す。都心は新しいビル街が次々建ち、電飾大流行。誘蛾灯のように人々を集める光は、省エネどこ吹く風。自宅の電飾を誇る人も増え始めた。輝く街を散歩すると楽しく、クリスマスへの気分も高まり、ちょっと浮き浮きする。しかし対照的に空は闇、出ていても星は見えない。目を凝らすと、空爆の映像が浮かび上がった。


(2007/11/26 志賀信夫)

【コラム】

夏に観に行った「歌川広重《名所江戸百景》のすべて」という展示のカタログを見返す。

百景といいながら、ここには119の浮世絵が収められている。最初の数点を見ているうちに、ふと思うことがあり、手もとのティシュペーパーを栞代わりに引き裂き、挟みながら見る。
水が描かれていないページに挟んだ裂いたティシュペーパーは、1枚で事足りた。
なんと水の風景の多いことか。119点中「水」が描かれていないのは、25点ほど。水色の「水」ではなく田圃を含めても。
染め物が干された場面には、すぐ横には川か掘り割があるはず。構図から一歩右を向けば川があるはず、もしくは川から陸を眺めた風景など、容易に水の気配を感じることができる。花の名所や富士をみるならここ、という整備された場所でなくても、一時期の江戸と言う狭い土地に100もの名所があるという羨ましさ。

今、「東京国際女子マラソン」をテレビ観戦中なのだけど、このコースをカタログに添えられた《名所江戸百景》が描かれた当時1850年代の古地図に重ねて見ると、いかに江戸からの風景が変えられてきたかが、哀しいほどに見て取れる。
スタートの国立競技場あたりは、郊外というより寂しい原っぱだけの、例えば陰棲するような土地で、折り返し手前の品川は東海道への宿場町であり、いずれも「都心」などではない。

《名所江戸百景》は、景色・構図もさることながら、描かれた人や動物の可愛らしさも楽しい。
人々は、風景に合わせ、引き立たせるような色合いの着物を着て、楽し気にまたは意味ありげな表情を浮かべながら町を行く。
特に犬が多いのだけど、それぞれ表情豊かで可愛らしく、広重は犬好きであったのだろうと伺わせるし、鳥もまた多く群れの中の一羽一羽が描き分けられていて、会話しながら飛んでいるようなのを探すのも楽しい。


(2007/11/19 WADA)

【コラム】

●美と高知

 劇団ポかリン記憶舎が高知県立美術館で公演を行い。、アフタートークのために、初めて高知を訪れた。アブラモビッチ展で香川の丸亀に行って以来、二度目の四国行きだ。土佐高知といえば、まず坂本龍馬。司馬遼太郎『龍馬がゆく』は高校時代に熱中した。いつの間にか空港の名に龍馬の文字。そういえば大河ドラマ、三谷幸喜が脚本を書き、話題だった。
 そして絵金。狩野派に学び、土佐の絵師として屏風に芝居絵を描いたが、血みどろの残酷さが思春期には気になる存在だった。絵金蔵という美術館があるので訪れた。その赤岡町は高知から20キロほどだが、電車の便が少ない。地方はどこも若者が減り、車で移動するから電車も減る。そんななか赤岡は町興しの一つとして、絵金の作品を保存し公開している。お盆に商店や個人が持つ絵金の屏風を表に並べて、霊の鎮魂を行った習慣があり、それに基づく絵金祭りには多くの人が集まる。
 美術館はレプリカを提灯の光で見せるなど工夫した演出で、歌舞伎の残酷場面が間近に迫ってくる。ただ保存のためとはいえ、本物の展示がもっとほしい。次に訪れた弟子の屏風絵がある龍馬歴史館は、蝋人形だらけだが、その見世物的雰囲気にも屏風絵が似合っていた。
 そして県立美術館へ。周囲に水を張り堀に囲まれた城のような美しい建築。中庭の回廊にも水が張られ、そこを美女たちが歩み、たゆたい、幻想的な世界が立ち現れる。今回は物語性を強めやや沈黙劇の様相を呈したが、無言で女性たちが登場して動くこの舞台は、通常の演劇とは違う。振り付けられた動きはダンス的でもあり、舞踏と舞いの中間とも、パフォーマンスともいえる。
 人間の愛憎を屏風に焼き付けた絵金の激しさとは対照的だが、誰もが残酷な美と静的な美への志向を併せ持つ。この美術館のシャガールが美しさに暗さを内包するように、作品の表面に見える以上の何かを見出すことが美を見ることなのだと、改めて感じる旅だった。


(2007/11/12 志賀信夫)

【コラム】

日本中からの観光客が溢れる何とかヒルズであろうが、世界中からの観光客が集まる下町であろうが、都内には路線バスの姿をよく見かける。特に都バスは、都内のあちこちを網羅していて、使い慣れてみるとなかなか便利なもので、未知の場所へ行くには、まず路線図やネットでバスの状況を調べてみるし、地下鉄では不便なところもバスならば目の前に乗り付けることもできる。

一番はじめにバスって楽しいかも、と思ったのはどのくらい前になるか定かでないけれど、東京駅の丸の内口から日本橋三越へ秋の展覧会を見に行こうと思った時。東京駅からならJRで神田に出て銀座線で三越前、か同じくらいの所要時間を歩いていく。大した距離ではない。でも、どちらもほんのちょっとめんどうくさい時間と距離と手間である。そして、以前にそのデパートに行った時、その入り口の前に東京駅行きのバス停を見たのを思い出した。

きっと三越前というバス停があるはず、とろくにチェックもしないで、ちょうどバス停にいた日本橋方面を通るらしいバスにさっさと乗ってしまった。バスは呉服橋を経て日本橋へ。ところが三越へ行くんならこの辺で曲がらないと、と思っている私を乗せて、バスはどんどん真っ直ぐに、三越の名は聞かれることなく進んで行く。

このバスは三越へは行かないんだなと気付くものの、何だか夕暮れに沈みつつある街の風景が楽しくて降車ボタンを押さずにいた。もう少し乗ってから、逆向きのバスに乗れば出発点の東京駅に戻れるから、三越に行くのは明日でもいいし。そう思ってぼんやりと窓の外を眺めていた。

○○証券という看板のビルばかりが目に付く日本橋〜兜町、段々と建物は低くなり、アーケードのある普段着の商店街へ、僅かな時間走っただけで、こんなにも風景は変わって行くものだろうか。秋の日はつるべ落としというけれど、5時過ぎに東京駅を出発して、まだ日は落ちきっていないほどの短い時間。なんかいーなー、落ち着くなー、と同時になんて狭いコミュニティで人間は働いているのだろうと。たとえば、子供の頃の夏の日、庭を歩き回る働きアリの姿に、もっと広い世界があるのをアリンコは知らないのかなー、そして、自分には多分もう少し広い世界が将来開けているのだろうなんて漠然と考えていたのを滑稽に思い出すほど、自分も他の人も狭い中でちょこちょこと動き回るアリンコと変わらない社会の大きさしか持っていないんだと物哀しくも楽しい発見をして、秋のトワイライトタイム、センチメンタルな気分に浸っていた。

オフィス街を歩く人ほど小さく見えて、商店街を歩く人の方が大きく見えるなー、ところでここはどこなんだろう。東京駅から乗った人はほとんど降りてしまったようだ。バスの前方の表示を見ると次のバス亭は「永代橋」。ふうん、永代橋かあ…お江戸だなぁなんて思いながら、まだまだぼんやりと車窓を眺めていた。

そして、かの永代橋が目に入った瞬間、私の頭の中には浮世絵で見る江戸の川に架かる橋と今の永代橋の風景がぴったりとシンクロしてしまった。目で見ている永代橋は、遠近に高層マンション群があり、木造の古い住宅もあり、昔ながらの屋形舟と白いクルーザーがまぜこぜに足元にあるなんともエキセントリックな風景ではある。でもそこには古さにも新しさにも傾かない何だか居心地のいい日常がある。

おそらく浮世絵に描かれた頃の永代橋も今の永代橋も時代のエッジの風景であったのだろうと思う。描かれるテクスチャーが変わっても、どうしても墨と和紙で描くのが一番正直に表現できる日本の風景であることには変わりはないように思えた。

徒然なるままに海へ注ぐ川の流れと時の巡りに思いを馳せ、自分が徒然草を書いたような気分に浸っていたが、目の前にこのあとどうすればいいのかという大問題。
逆向きのバスに乗って、ドキドキしながら出発点の東京駅に戻ったころにはすっかり日は落ちている。
そのスリルとも相俟って、すっかりバス好きになってしまった。目下の懸念はいずれ地下鉄13号線が開通すれば、大好きな渋谷〜新宿伊勢丹〜池袋の路線が廃止になってしまうだろうということ。デパート巡り&青山の買い物にすごく便利なんだけど。


(2007/11/05 WADA)


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