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2007年10月のコラム

【コラム】

●舞踏病とは

 僕がダンスについて書くのは、77年、大野一雄の舞踏を見たことが始まりだ。

舞踏とも暗黒舞踏ともいうが、その言葉から、死の舞踏(ダンス・マカーブル)と舞踏病にも関心を持った。前者は、中世にペストの流行とともに描かれた骸骨の絵で、美術史家小池寿子が詳細に分析している。後者もその関連とみなされることもあるが、現在はハンチントン病という遺伝病をさすことは、専門家以外にはあまり知られていない。先日、アリス・ウェクスラーの著書を読んだ。

 十万人に一人とも数人ともいわれ、日本ではおそらく千人くらいだろうか。根本的な治療法はなく、発症すると、不随意筋の痙攣的な動きのために、踊っているように見えることからこの名がついた。鬱病を発症し、次第に心身ともに衰えて亡くなり、自殺率も高い。遺伝は50%。主に三十代以降に発症するため、既に子どもを作り遺伝の可能性に怯える場合も少なくない。生む生まないの選択も難しい。しかし、優性保護の思想は時にはナチズムに近づき、非人間的になりかねない。

 ウェクスラーは、母が発症し自身も可能性に怯える。父と病気の可能性のある妹が、病気と闘う研究者として診断法を探り組織作りをする。当事者でありつつ医学研究史も含めて書かれた稀なドキュメンタリーであり、何より胸を撃つ。
 この病気は結婚、出産に相当悩み、保険の問題などを含めて、公けに語られることが少ない。この病気の研究によってDNAの分析も進歩し、遺伝子診断が可能になったが、その結果を知っても苦しみは終らない。
 舞踏の創始者の一人土方巽は、身障者の動きに惹かれて真似をしたというが、意図せぬ体そのものの動きが表現の新たな可能性を生み出す。この病気を持つダンサーが来日して、舞踏のワークショップが開かれたというが、僕自身、舞踏が舞踏病に対して何かできるのか、いま考え始めている。
                                   

(2007/10/29 志賀信夫)

【コラム】

●秋を売る

 秋は展覧会が多い。最近、美術館が奇麗になって洒落たレストランが入り、ミュージアムグッズやショップも充実してきた。公立美術館が独立行政法人となり、収益を考え始めたためだろう。相変わらず印象派が主流だが、加えてフェルメールや伊藤若沖をあちこちで展示する。どちらも好きなので見られるのはありがたいが、猫も杓子もというのは奇妙だ。一方、アニメに絡む企画も多い。宮崎駿をはじめ日本アニメの水準は高く芸術性もある。フィギュアを含めて現代美術への影響も大きく、欧米での評価も高い。だが専門でない美術館が何度も開催するのは、人気を当て込んだとも見える。知事が予算を削ったとはいえ、「またか」と呆れてしまう。

 作品が売れる現代美術家は少なく、また、インスタレーション作家には「売る作品」がないのだが、1950年代に始まる日本の現代美術のレベルは高い。日本の前衛美術には、実は海外から熱い視線が注がれ、欧米に研究者も驚くほど多い。それに比べると、国内での注目度は低すぎる。

美術展の多くは招待券を出す。美術学校や美術館、研究者などあちこちに配られ、新聞社主催だと販促にばらまかれ、金券屋やネットで売られている。元がタダだからか二枚で千円以下のこともあり、たまに利用する。販売自体は違法だろうが、死蔵されるものも多いので、流通は必ずしもマイナスではない。しかし、「貰ったからちょっと売る」レベルではなく、フェルメール展十枚アリなどの掲示を見ると、考えてしまう。関係者が小遣い稼ぎしているように見える。独法化しても入場者数は業績であるためだろうか、いまも大量の招待券が発行される。学生や愛好家にとってはありがたいが、大量に転売されるとすれば問題だ。公立美術館は無料の国も多い。高くなった入場料を抑えて、招待券のあり方を見直す時期がきているのではないか。さもなくば、秋には枯葉一枚が入場券ではどうだろう。
                                   

(2007/10/15 志賀信夫)

【コラム】

理不尽な食生活が続くと、ダシのきいた普通の和食が食べたくなる。コンビニ弁当やひとつでお腹いっぱいになりそうなハンバーガーやこれと言って食べたいものがない時の腹ふさぎのトールサイズのカフェラテ。そんな食事というか食餌が続くと、目も舌も胃も「もういいよ。いっそ絶食してくれよ」と言う。

食欲はなくとも、三度三度の時分どきには何かお腹に入れておかないと、すぐに目眩が起きたりする質なので、気が乗らないまま、また簡単な食餌となる。

そんな時には、白いご飯と、豆腐のみそ汁、化学調味料の味のしないお漬け物、そんな食事に憧れる。
番茶とか焙じ茶、麦茶でもいい。茶色の温かいお茶でほんのりと甘味を感じたら、箸をとる。修行中のお坊さんのように押し頂いてみそ汁をひとくち。ご飯をひとくち。ほかほかに熱くても、冷たくても、ぬるくてもいい。きちんと炊き上げたご飯はどんな温度でも幸せな甘味がある。噛みしめた甘味の後、大きな威勢のいい音のするお漬け物。

たまに行く和食のお店で、コースで季節と技と器を存分に愛でた後、「お食事です」と出されるちりめん山椒のご飯と赤出し、ぬか漬けに「これが一番おいしい!」と言ってしまいそうなのを赤出しで飲み込む。料理屋さんで、この3点セットを「お食事」というのだから、やはりこれが日本の食の基本なのだと思う。

私は和食党というわけではない。何日かご飯を食べなくても何ともないし、一日3食パンでもパスタでも別に構わない。嫌いなモノでさえなければ、何が何日続いても平気な質だ。平気だけれど、やはり、ご飯みそ汁漬け物がいちばんいいなぁ。
どんな国のどんな食事でもそうだけど、食べようと思ってから口にするまでは、時間も手間もかからないものでも、私の知らないところで、誰かが長い時間をかけてくれている。今年の実りが来年の実りに繋がるという単位でお米が作られるのは、もちろんのこと。その単位はさらに、稲の実がお茶碗で湯気を立てるまでの行程を、どれだけの人と年月が「こうすれば美味しい!」と試行錯誤して伝えて守ってきたかと思うと、日本に生まれたすべての先人に感謝したい。

ウニを初めて食べたのは、海辺のお調子者だったと思う。その好奇心をエライとも思うが、豆を味噌に、そしてみそ汁に、糠を不用品にしなかった人、野菜と糠のマリアージュを伝えた人達にこそ拍手を贈りたい。


(2007/10/8 WADA)

【コラム】

●秋の公園

 彼岸が過ぎたら、急に涼しくなった。秋の散歩に皇居の堀端を歩く。休みの日の夜は車も人も少なく、心地よい。そういえば、このあたりにはホームレスがいない。上野公園、下町の川沿いや新宿駅前の空中歩道にはまだまだいるが、ここは警官の巡回も頻繁で、すっきりしている。
 学生時代に失踪した友人がいる。修論提出直前にいなくなり、二十年以上たつ。ホームレスがいると、つい、その顔を探してしまう。数年前に家族から連絡があり、「探す会」結成と思われたが、立ち消えになった。

 豊かなはずの日本にこれほど多いホームレスと自殺者。目に見える社会の抑圧はさほど強くなく、学歴至上主義も廃れつつある。だがひきこもり、鬱病、分裂病が増えている。圧迫はおそらく弱く静かに、しかし確実にある。対抗したり闘うほど強いものではない。じわりと、時にはいじめなどの形をとって襲いかかる。いじめる原因の一つも抑圧のはけ口かもしれない。

 あるいは、僕たちにコミュニケーションの力が欠けているからか。それぞれが「個」として相手と向き合えず、群れとなって行動する。白黒をはっきりつけず、曖昧に相手と接する。同じ島国の英国でもいじめが問題になっている。単一民族幻想も他者排撃に寄与している。いずれにせよ、ミャンマーのような直接の抑圧でないだけに、対応が困難である。

 ホームレスの空き缶や漫画集めをテレビのドキュメントでよく見るが、早朝から働いてリサイクルの一端を担っている。膨大に捨てられる期限切れのコンビニ弁当やファストフード。半額セールもされず、ホームレスのエネルギーになる。合成保存料を大量に使いながらも、期限通りに捨てられる。豚の飼料にする話があるが、直接与えられる抗生物質などに加えて、添加物や保存料が蓄積された豚肉を、僕たちは口にすることになる。
 ホームレスにとって厳しい冬への前哨戦の秋が来た。二十年前に失踪した友人は何度冬を越したことだろうか。

ミャンマーで殉死された長井健司さんに、謹んでお悔やみを申し上げます。


(2007/10/1 志賀信夫)


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