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2005年9月のコラム

【コラム】


子供のころ、近所のちょっとした広場に、隣の市から移動図書館が来ていました。小型のバスを改造したような、今で言うならコーヒーやホットドッグを売っているような、献血か検診のような造作の車でした。車体の右側が子供の本、左側が大人の本。積んでいる本は、雨や埃が吹き込んでも「いまさら」と言えるような年季の入ったものがほとんどでした。

隣の市から来てもらうまでもなく、うちの市にだって大きな図書館はあったし、近所にはその分館もあり、小学校の図書館も移動図書館よりはずっとずっと新しく充実した蔵書であったはずです。そして隣の市よりも大規模な書店もいくつかありました。書物が貴重というような環境ではなかったのに。

たしか、月に一度、土曜日の午後にきていたと記憶しています。ちょっと乱暴に扱ったらバラけてしまいそうな本ばかりでしたけど、移動図書館がやってくるのは嬉しくて楽しいものでした。そのころから活字を眺めているだけで幸せな中毒者だったようです。
小学校の図書館にあるよりも、古くさい翻訳の少年少女世界の名作、なんていうのもそこで何冊も借りました。小学校の、買ってもらった本と比べてみて、訳によって本の印象はいろいろに変わっていくのだなぁと思ったりもしました。そう1ドル=350円。図書館から借りるちょっと古い本の中だけの、永遠のレートでした。(お話の舞台は20世紀初頭だろうが戦前だろうが1ドル=350円だったのでした)
「子供のための落語全集」なんていうシリーズを借りたのも移動図書館でした。読破すると司書(たぶん)兼運転手さんが翌月に新しい、ちょっと大人向けのシリーズや関連の本を持ってきてくれたりということもありました。そのころに知った落語は、今になってからあらゆるジャンルのドラマや映画で「この話って。。。」と思い当たるエピソードやストーリーとなって再会しています。その更にモトネタは、仏教の経典・説話で落語家の始祖はお坊さま、とそれらの本で知ったと思います。三つ子の魂百まで。まさに移動図書館から私の今の嗜好が形作られたと実感します。

左側の大人の本と右側の子供の本の中間の本に心惹かれる時期が移動図書館とのお別れでした。

ブラッドベリやダニエル・キイスに出会い、かといって直木賞や芥川賞は「まだ早い」と親や司書さんに止められる、そういう時期です。先輩や友達のお兄さんなどから借りる本によって、世界がどんどん広がっていくのがおもしろくてたまらなくなりました。
バスの左側の大人の本は、子供の本よりは時事性が高いようでしたが、それでも話題のベストセラーを大量購入した名残り、その辺の大人の事情も背表紙からわかるようになったけれど、私の読む本はまだここにはない。そして、ここには読みたい本がもうない。書物は与えられるものではなく、自ら求めていくものと変わってきたのです。小学校・中学校の卒業よりも、移動図書館からの卒業がいちばん自分の成長を誇らしく、そして別れを切なく思ったものだったかもしれません。

数年前、新聞の地方版で「最後の移動図書館お別れ」の記事を見けました。隣の市がずっと続けていた移動図書館の最後の巡回が終わったのです。うちの近所ではそれよりも早い時期にお別れの時を迎えたようでしたが、移動図書館は、他の場所にも本を運んでいのです。うちの近所に来ていた「むらさき号」1台があちこちに行っていたのかと思っていましたが、他にもいろんな色の名前をつけた数台が出かけていたらしい。

「らしい」では、なんなのでちょっとWEB検索。。。なんだかの記憶と事情が違うのが気になります。山間部とか飯場とかって・・・。最近のブックガイドにもちゃんと載ってる駅前の老舗書店まで徒歩で10分で行かれるところなんだけど。やっぱないなぁと「むらさき号」をあきらめて、停車位置の広場から5分の図書館にドリトル先生シリーズを借りにいった覚えもありますが。。。(「むらさき号」のほうが一度に借りられる冊数が多く、期間も長いので、シリーズ読破には「むらさき号」で借りたかったのです)

WADA

【コラム】


エロス+虐殺

 覗き教授が再び捕まった。女子高生への痴漢の現行犯だという。2004年に手鏡でスカートの中を覗き罰金刑を受け、控訴せずに無実を唱えていた。今度は女子高生が騒いだため、周囲の客に取り押さえられたらしいが、当初酩酊状態で覚えていないとし、次に謀略だと主張している。前回も冤罪なら、法廷で争うべきだった。有罪を受け入れながら無実というには矛盾がある。あちこちに応援サイトがあり、いつの間にか、
名古屋の大学に返り咲いていた。少子化で学生が少ないため、有名人を学生集めに利用したのか。スキャンダルも看板なのか。

 しかしもっと大きな冤罪を認めながら、謝罪もせずに通用している世界がある。イラクに大量破壊兵器があるとして戦争を仕掛けフセインを捕まえた国と大統領だ。今年、大量破壊兵器はなかったと認めている。しかし兵士を送り続け、各国をテロ国家と名指ししている。これは国家規模の意図的な冤罪ではないか。「言いがかり」と「でっちあげ」で戦争を起こしながら、いまも人々を殺し続けているという事実に目を向けるべきだ。同調・加担しながら責任をとらずに退任する首相があちこちにいる。

 冤罪による国家的なテロ攻撃によって、人々を殺し国土を荒らしたが、それに同調し復興に協力する国。そのために法を曲げて軍隊を派遣した。それを「世界平和」を唱える宗教団体党すら擁護してきた。9.11からはや5年。米国でもイラク派遣は間違っているという人が増えているという。いまこそ日本とこの戦争の関わりを考えるべきときではないか。さもないと、国家規模の嘘が原因で殺された数十万の人々は浮かば
れない。戦争を知らずに、靖国参拝などで右派勢力に配慮する政治家が首相になろうとしている。これは、明らかに若者のプチナショナリズムを加速するだろう。エロ教授や飲酒運転の話題にこぞって飛びつく前に、僕たちは考えるべきことがあると思うのだが。
志賀信夫)

【コラム】

メルヘンとメンヘル


 メンヘル系という言葉を見て,メルヘンと読み違えた。そのときは、女性の形容詞だったからだ。メルヘン、乙女チックなどではなく、精神安定剤、自閉症などの話だった。メンタルヘルス、精神の健康を略し、男女を問わず、ちょっと「いっちゃっている」「頭やばい」ことをいう。

 現代は、ひきこもり、鬱病などが増えた印象がある。毎日十人以上がどこかで死を選んでいるが、中高年の自殺は圧倒的に男性が多い。一見普通に暮らしていても、突然自殺する。日本にはハラキリ、特攻隊など、自殺を美化する思想があることも一因なのか。女性の精神的な病いは、きっかけが恋愛であることも多いときく。女性にとって恋愛のウエイトは、たぶん男性より高い。恋愛は宗教と同様に、一つの思い込みだという考えがあるが、宗教にはまるのは女性が多いらしい。

 最近、鬱病もタイプが変わってきたときく。生真面目で妥協できないタイプの鬱から、一種のモラトリアム的鬱が増え、前者は鬱であることを認めまいとするのに、後者はすぐに認めるという。鬱病が増えて社会化したことで、鬱という名に逃げ込む状況なのだろうか。
 いや、逃避するほどシビアではない、ぬるい現実だけに、苦しさは強いのかもしれない。葛藤の対象が見えないから、よけいに苦しいのか。組織、社会、変革などの大きな敵やテーマが見えなくなり、アイデンティティ、自分探し、自分と向きあうなど、近年は「個」や「自分」がテーマだ。その風潮が、鬱や精神的な病いを増長してはいないか。自分を見つめることを強いられて、動きがとれなくなっているのか。
 メルヘンとメンヘル、一字入れ替えただけで、まったく逆の世界が広がる。しかしどちらも夢を見ることだ。片方は明るい夢、他方は暗い夢。ロリータファッションの子もよく見ると、ピアスだらけだったりする。文字通り、メルヘンと悪夢はすぐ隣にあるのかもしれない。(志賀信夫)

無断転載禁止 掲載:アーク編集室

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