Arts Calendar/column

アーツカレンダー<コラム>のページ


2005年5月のコラム

【コラム】

ぼんやり外を眺めていて、雲が広がり、それがだんだん黒く厚くなり、雨粒が見える。そんな風景が好きです。濡らしたくない靴や服でなければ、大雨の中、外を歩くのも好きです。どんなにびしょ濡れになってもお風呂にすぐに飛び込めるのなら土砂降りも大歓迎。開け放した窓から霧のような飛沫が巻き上がってくるほどの夕立の風景を、誰かが家路に急ぐ姿とともに眺めるのが一番好きかもしれません。意地悪です。部屋に吹き込んじゃうとわかっていながら、滝のそばのマイナスイオンのようなオーロラを迎え入れたいのです。それほどの夕立は猛暑の中、どんなに待ち焦がれても年に1度か2度しかありません。まして、自分が濡れずに傘のない人を傍観できる立場の時なんて滅多にありません。

浮世絵にありましたねぇ、突風に傘を奪われそうな人とか、蓑がぐっしょりと重そうになっている人。大雨と人間の強さや知恵はたかが数百年の時間では縮まる気配もなくて、まだまだ自然のほうが強大なんですね。きっと私は、人間は自然にはかなわないということを、悪天候の中に人をみて(自分がいて)確認することで感動するんでしょう。どんなに小賢しいことを重ねたって、雨が降ったら人間はびしょびしょになって風邪ひくんです。

今まさにそんな風景を眺めながら、書いています。東京のあらゆるものを見下ろす30階のオフィスで。さすがに30階ともなると窓は開けられませんが、まだ(5月の)4時というのに雪が降りそうな冬の日のように暗くなり、ガラスに雨粒がぶつかっています。レインボーブリッジを抱えた東京湾もグレーが濃くなり、空の色と区別がつかなくなっています。それでも観覧車は明るいライトを点けて緩やかに回っています。
周りの高層ビルの屋上の赤いライトはキャンドルの炎のようだし、圧倒的な無彩色の中、小さな四角い窓の隊列から見える蛍光灯は、孤独な寂寥とした白さです。

勤務時間中にどれだけ長いこと、そんな風景を眺めているのか、という問題もありますが(こういう天候の時って、誰もがハイになって窓の外を電線のスズメのように並んで眺めてサボりませんか?!)、それよりも5時になったら帰らなきゃならないののに、現在16:37。雷鳴が聞こえています。稲妻も走っています。傘は持っているけれど、オフィスから駅までの3分でびしょ濡れでしょう。この雨の中、外が見えない地下鉄で帰るのももったいない。オフィスの1階にあるスタバで、虹が現れるのを期待しながら雨宿りをして帰ることにします。

と、さらにぼんやりした時間を過ごせるかと思っていたのに、自分の晴女っぷりにビックリ。5時になった瞬間にさぁっと強い陽がさしてきました。虹を探すにはスタバは方角違いだし、この晴れ間のうちにそれっとばかりに駅に向かったのでした。雨は好きだけど、濡れた傘を持って歩くのが大嫌いなので。(2006/5/29 WADA)

【コラム】

スーツとIT


 シュウカツといわれて、戸惑った。恩師はむやみな略語を嫌い、修論、院生というと文句をいった。自分がその年齢になって思うと、時代とのズレへのジレンマだったのかもしれない。いま、ダークスーツの若い女性が氾濫している。新入社員と就活だ。就職活動はだいぶ変った。僕らのころは大学4年の十月解禁で、それ以前は青田狩り、青田買いと責められた。いまは3年の秋に始動し、4年になる前に内定をもらう人も多く、1年早まった。数十社に書類を出し、面接を毎日いくつもこなす。


 就活にはインターネットが欠かせない。企業がエントリーシートを作り、ネットで登録するとメールで連絡がくる。学生も多くの会社にエントリーして選択する。説明会の内容、先輩の体験もサイトに掲載され、驚くほど情報が詰まっている。登録して初めてそのページが見られ、ネットでやりとりを繰り返し、試験や面接にこぎつける。年長者は就職までヴァーチャルかというだろう。だが個人や学校の「つて」するよりも、同じ土俵で多くの情報が公開されるのはいい。大学や学部による足切りがある現実は変わっていないのだが。


 最近、シニアのボランティアガイドを書いた。40から60代が途上国で活動するための本だ。団塊の世代が大量退職する2007年問題やリストラがある。企業や社会の一端を担ってきた人が、新たな生きがいを求めている。ホームレスや中高年の自殺者の多さは、高度成長、進歩主義のゆがみかもしれない。


 ITも科学技術という進歩主義の波にある。だが、途上国でもIT格差が拡大するといわれる一方、教育やフェアトレードなどで有効といわれる。ネット就活も、地方からでも機会があり、メリットは似ている。ケータイ、デジカメ、パソコンとITをまとった僕たち。パートの主婦が上場企業の社長になれる時代だが、実力主義の名で企業が人を使い捨てるようになってほしくはない。(2006/5/22 志賀信夫)

【コラム】

雑記

桜、もう濃い緑の葉がぎっしりとしていることに気付き、満開の姿をもう一回見たかったなぁと毎年思う。毎年のことだけど、きょうは緑の濃さと陽の長さに殊更に驚いて花が遠い昔のようで、ちょっと落ち気味。4月がなかったという感じ。何故いつの間にこんなに時間が経ったのだろう、ということで日々雑記。

WBCをやってる頃は、会社ものんびりモードだった。まったりした気分のなか美術館からは今年度の展覧会の予定が届く。「絶対みたい!」展覧会が多くて、スケジュール帳片手に「ハシゴしないと見きれないかも〜」。5月12日現在、行きたかった展覧会の半分は、行かれないままに終わってしまった。勝ち進んだ王ジャパンのせいもちょっとある。休日・祝日の昼間にゲームがあるんだもんなぁ。外出せずにTV観戦。

WBCは日本の勝利に終わるものの、開幕したプロ野球がつまらない。テレビ各局も「あれ?」と目論み違いの模様。何がおもしろくないって解説と実況が。精神論だの身体論だの不要。かと言って解説・実況なしでは間が持たないユルさ。楽しみは広島のミッキー君とロッテのエルフちゃんのベースボールドッグたち。
夜中に近所でお花見。これがなかったら今年の私の春は最悪だった。ゆっくり美術館に行きたいなぁ、映画も見たいなぁ、美味しいご飯食べに行きたいなぁ、ライブも少ないぞ。どれも全く行かれなかったわけではないけど、いい展覧会に行けば次はこれを見たいと思う、それが満たされず不機嫌。

不機嫌と同時進行で会社が忙しくなる。残業はしない社風が恨めしい。集中力がピークなのに、体を緩めるって難しい。退社時間にはまだ外は明るいけど、寄り道するにはチグハグな気分。

GWは家にいるのが毎年のお約束。なのに今年は京都旅行を思い立ってしまった。そうか、忙しいと旅行の計画を立てたくなるんだ。無理だと思ったのにホテルも新幹線も取れてしまった。でも、慣れないことはするもんじゃない。友人と休暇が合わずに断念=キャンセル。一人でも行っちゃおうかと思ったけど、GWの人混みに一人旅って哀しすぎる。思い返してみると5連休なんて何カ月ぶり?お正月三が日しか休んでなかったし。

会社は最後の大ヤマを今週迎える。それが終われば、もとのまったりな会社に戻るはず。青嵐、清風なんていう感覚をギリギリ味わえるだろう。近場で鎌倉かなぁ、そろそろ海が恋しい季節にもなるし(泳ぎません、見るだけ)。(2006/5/15 WADA)

【コラム】

人体改造


 暖くなると寒い。反語的表現ではなく、現実だ。それは電車の中。ちょっと暖くなると、冷房が入る。それがとても寒い。混んでもいない電車、地下鉄や私鉄の冷房がやけに強い。たぶん都営が一番ひどい。おそらく制服を着込んで運転したり、仕事をする乗務員の感覚で、寒がる乗客のことを考えていないのだろう。夏風邪をひきかけたときなど最悪だが、通勤だと乗らないわけにいかない。都内ではほとんどの人が、冷房対策で上着やカーディガンを持ち歩く。これはおかしいことだ。病院では冷房があまり感じられないように、うまくコントロールされている。電車でも、いまの技術なら簡単に改善が可能だろうが、それ以前に乗務員の感覚の改善が必要だ。

 暖房の場合、着ているものを脱げば、よほどひどくないかぎり対応できるが、冷房はそうはいかない。もはや寒すぎて窓を開ける人がいるほどだ。冷暖房は乗客サービスのはず。それが乗客にマイナスな場合は、早急な改善が必要ではないか。

 人がいないのに送風が行われ、乗務員に訊ねたら、車内にゴミが溜まるのを防ぐために送風するのだという。清掃にかかる手間とコストは確かに高い。しかしそのために暑くもないのに人を風に当てていいのか。以前の地下鉄は暑かった。丸の内線など冷房がなく、窓を開けてしのいだ。しかしいまの状況は過剰だ。電車もホームもエアコンがかかる。建物や電車では、外では脱いでいた上着を着込む。この異常さがわからないのか。

 耳にオーディオプレイヤーのイヤホンを仕込み、目は携帯の小さい画面を追う。男はゲーム、女はメール。サプリメントを口に入れ、強い冷房にさらされる。芥川賞でスプリットタンという、舌を二つにしたり、体中のピアス、傷や刺青が話題になったが、わざわざそんなことをしなくても、少しずつ僕らは人体改造されている気がしてならないのだ。(2006/5/8志賀信夫)


無断転載禁止 掲載:アーク編集室

TOPpage/Weekly/Performance/Music/Dance&Ballet/Movie/Art/Link