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2005年10月のコラム

【コラム】

妻と母


 『14歳の母』というドラマを見ている。好きな脚本家の作品だからだ。怖い女教師の学園物で認められた少女が主演、タイトル通り中学生が妊娠し母になる物語だが、少女や周囲の感情などを実に丁寧に描いている。そういえば30年ほど前には、いま大女優になっている関根(高橋)恵子が、高校生の幼な妻を演じて話題になった。

 妊娠・出産というテーマは不変だが、科学はずいぶん進歩した。当時はSFだったクローン動物が誕生し、試験管ベビーも女優とスポーツ選手が実践した。文字通りの借り腹で、祖母が孫を出産した話もある。もっとも昔は嫁の代りに母が生むこともあったと聞く。少子化の時代だから推奨するというのは、功利的に過ぎるか。

 テレビで「ラブドール」のレンタル事業を紹介していた。精巧なダッチワイフで、好みの顔形に衣装をつけて、マンションの一室で数時間可愛がるという商売で、客が結構いるらしい。空気式「南極2号」ではない特殊樹脂製で、精巧さは人肌ともいわれる。そしてアニメ顔のものまである。それに話しかけ、愛する感覚は僕にはないのだが。人間でないので売春ではない。正確には自慰の延長だが、不思議な世界だ。オタクと括ってしまうのは簡単だが、秋葉原文化が花開くとともに、人間の女性から逃避する人は増え続けている。

 借り腹もラブドールも「代理」という点は共通している。自分の欲望を満たすために、代理を活用する。ラブドールで子どもは生まれず、代理母は他者が出産するので、生産性では対極だが、ラブドールが精子を採取し単為生殖で子どもを作れるかもしれない。代理出産は産めない人々にとっては朗報で、禁止すべきものではないだろうが、どこかおかしいという認識も必要だ。仮に妻や母の概念は変わっても、生と死、性と出産という存在の基本、根源的なことは、ヴァーチャルや代理ではない体を尊重しないと、その歪みが果てしなく広がるような気がする。 (2006/10/30 志賀信夫)

【コラム】

今年の初め、携帯電話を買い替え、すぐに元の機種に戻したことをこのコラムに書きました。2年使った電話はバッテリーの寿命が尽き、ぜひ欲しい機種が発売されるのを待っている余裕はなく、結局、また買い替えることにしたのです。
ショップで、短期間に機種変更を繰り返した記録をみて「何か不都合なことが?」と訊ねられました。「この電話ちょっと変だと思うんですけど」と機種変更を申し出た時「不都合な点・ちょっと変」は取りあってもらえず、私の我がままでの機種変更となったのでした。
今回、話を聞くと「その機種、故障とまでは言えないものの不具合が多くて返品が多かったんです」ほらみろ〜。そして「このケースは当社に非がありますので、ポイントなどはお返ししないといけないんですが、今となっては」もぉ。。。

さて、今回 買い変えた携帯電話。また変です。買った時「実は当初発表された発売日より、1カ月も遅れて発売になったのは不具合が見つかったから」と聞かされました。だから、不安な点はなくなっての発売だと信じていたのですが、また変なのに当たっちゃったのが、なんとも。。。
今回は、まずメーカーのサービスセンターに訊ねてみました。立て板に水の返事があったところから察するに同じ症状を申告した人が多くある様子。ただ、その返事では解決できなかったので、ショップへ行ってみました。症状を伝えると、何の検証もせず「修理です。代替機を出します」。ちょっとは「お客さま、こんな風に使われませんでしたか?」とか「それについてはメーカーから通達がありまして」とか期待したんですけど。店員さんが書いている修理カルテには、申告したことがいくつか抜けていて、それで修理先へ運ばれても、どこがどう変なのか見つからないと思う。「メモリが消去されても責任は負えませんが」。。。負え。せめて完璧に書類を書いたうえで言え。
渡された代替機は人前にちょっと出せないほどボコボコです。今現在ボコボコになっている証拠写真を撮っておいて欲しいくらい。そして、修理に出したのとは全く違うメーカーの、仕様ももちろん違うもので、説明書もなしで使えと。あらゆる点で、その電話会社に不信・不安が一気に募り「修理やめます!他の電話会社に替えます!」

ユーザー・ショップ・メーカー、少なくとも3者が関わっていて、すべてが一方通行であるって、なんか変でしょう?ユーザーは、いろんな条件をしようがなく飲み込んで携帯電話を使っているものと思います。ショップは「変なこと言ってくる客ばっかり」で鬱屈しているかもしれない。メーカーはもっと便利な電話が作れるのに規制だの競合だのに縛られて仕事が荒くなってるかもしれない。
掌にのる小さな、でもとっても便利な機械なのに誰もがそれを見るたび、使うたびに「もっと何とか」と思っているような気がします。
ホントは電話会社は替えないと思います。MNPと言っても実際には電話番号よりメールアドレスが変わるほうが面倒です。電話番号同士でメールができる同キャリアの人には、まず相手のメールアドレスを教えてもらわないとならないし。MNPより「電話番号=メールアドレス」をすべての携帯電話で可能にしてもらうのを望んでる人は多いと思うけどなぁ。そして、安全に、それはできるはずですよね〜。

                                      2006/10/23 WADA

【コラム】

 たちまち

 金曜日、東京は大雨だった。季節はずれの強い風に傘が壊れた。だが大劇場のそばでフレンチと洒落込み、酔いとともに外に出ると、激しかった雨風はあがっていた。

 翌日、東京の北のはずれの小劇場に赴くと、正面にぽっかりと月が浮かびあがった。満月と見まごうまんまるの月。そういえば前日、友人が十五夜で団子を作るといった。見るとわずかに右が欠けている。なるほどこれが十六夜、いざよいかと思い、いざ酔った。

 さらに翌日、同じ道を歩くと少し低く月が輝く。同道した先輩から、立待の月というと聞いた。日没後、立って待つうちにすぐに、たちまち出てくる月。明けた祭日は欠けが目立ってきた。これは居待月というらしい。座って待つ月。次は寝待月。欠けるとともに月の出が遅くなる。そして十六夜からを有明の月と呼ぶ。遅くに出て朝まで浮かぶ月だ。

 土、日、月の三連休、東京の空は真っ青だった。雲のかけらもない秋の夕空の下、通った道は康申塚通り。街道からの入口に塚があり、奥には古寺がある。庚申塚は庚申様をまつり、厄よけで六十日に一度の庚申の日に徹夜したという。有明の月とは相性がよさそうだ。

 三日通った劇場は、通りから入る辺鄙な場所だが、元ダンスホールで、地元マダムの色恋沙汰の場所だったときく。狭い道にバスが通るが、人通りは少なく、帰り道のほとんどは劇場の客で、車もタクシーがわずかに通るのみ。夜は食堂が数軒と、さびれている。打ち上げは台湾女性の中華屋。女性1人では入れないほどオンボロだが、独特の家庭料理で旨い。十人の店に二十人以上集い、猫を連れて毎日通う老夫婦、将棋を指す男たちなど常連が場所を譲ってくれて、立ち呑みと相成った。暁を見るには至らなかったが。

 月を眺める日々は過ぎた。殺人や核報道に目をやらなかったのは、あの強風でテレビアンテナが壊れたためだったことに気づく。そして時間に追われる日常が、たちまちやってきた。(志賀信夫)

【コラム】

秋になりました。ホントに嬉しい。子供のころから夏が大嫌いで、生まれながらのインドアな性格だと思っていたら、体質が眩しい夏を受け付けないということだったのでした。正確な病名はアレですが「光過敏」とのこと。
7月、8月のよく晴れた日、一歩外に出るだけで、眩しくて目も開けてられないほど。みんな眩しくても我慢してるんだと思ってました。が、そこまで眩しいのは私(と同じ体質の人)だけだと今年、知りました。そして「暑い日って息苦しいんですけど」と言ったら、「それも重症、いい加減、気付きなさい」と。
その眩しさや暑さの蓄積(ストレス)は目に現われました。瞼に腫瘍。薬で散らしたり、ダメなら外科的処置。ひと夏に2回も3回もメスを使われちゃあ、いいわけありません、瞼にも眼球にも。それを繰り返していると「ストレス+腫瘍は…」ん〜やっぱぁガンガンっていうの?なんて言ってる場合でもないのですが。ドクターは帽子・日傘・サングラス必須といいますが、フル装備で出かけるなら大人しく家に閉じこもっているほうがマシ。
ン十年、夏をひたすら我慢していたわけですが、そんなこんなで様々な問診や検査を受けてみたら、標準より痛みに敏感、なんだそうです。皆が平気なくらいのちょっとしたことで「痛い」と感じるのは甘えではなく、体からの限界を知らせる信号なのだから我慢するな、と言われました。同じ病気でも進行具合や体質で自力で治せるラインは違うのだから、だそうです。でも、同じようで全く逆のことを忠告されたという友人がいました。「あなたは痛みに鈍感だから気をつけなさい」つまり、友人が痛いと感じる時には、もうオオゴトになっているんだから。だそうです。
そんなふうで、今年の夏は半分くらいを眼帯をして過ごしました。実物が出来たのに、まだドクターの言うことに素直に深刻になれません。告知を受け入れられずにセカンドオピニオンを繰り返す、というのでもなくて。。。
現在の病状について、それと共存してきた貧血の症状について、ネットで検索すると「猫の病気」がヒットします。それがどうも深刻になれない理由。私は猫か。。。

                                   WADA

【コラム】


 
街を壊すもの

  下北沢で開発計画がもちあがっている。電車が交錯し踏み切りがあり、道が曲がっているから迷路のようだ。大きな道路がないため車の乗り入れも困難だ。そして闇市風の一角が残っている。狭い通路に呑み屋、八百屋などがぽつぽつ並ぶ。

  かつて全国各地に「銀座通」や「何々銀座」という商店街ができた。品川の戸越銀座が最初で、関東大震災で銀座の崩れた煉瓦を譲り受けたことに由来するらしい。下北沢はそんな立派な商店街ではなく、戦後の焼跡に居座ったバラックに始まり、そこを中心に狭い商店街が蜘蛛の巣のように広がる。

  この夏、新潟の越後妻有トリエンナーレという美術フェスティバルに行き、単線の駅に降り立った。すると目の前にはローソンと居酒屋「笑笑」が並ぶ。冬は雪深い村でも、都心と同じ店で同じ物。便利だが寂しい。途上国でコーラとマクドナルドに出会うのに似ている。

  吉祥寺のハモニカ横町は、若者が次々と新しい店を開き栄えているが、老舗居酒屋峠の閉店で開発話が再浮上している。荻窪では闇市がビルに入ったが、貝専門店や魚屋などが頑張っている。西荻窪南口では、古い建物に居抜きで開店した若者のエスニック店に人気が高まっている。吉祥寺の焼鳥いせやは改築前に多くのファンが駆け込んだ。新宿ゴールデン街も再び栄えている。こういった街に、再開発の名のもとで画一化した街をつくることは、発展より衰退を招くのではないか。国鉄跡地に建つ大規模ビルは人気が次々と新しい店に移る。土地や街の持つ記憶や風土を生かすことも、文化を育てることだ。表参道ヒルズは同潤会アパートの雰囲気を残し、古いテナントを入れて繁盛している。

  銀座でも再開発計画があり、地域の人たちは「銀座の魅力」をさぐり始めたという。
 下北沢、吉祥寺など独特の文化がある街に集まる人たちは、人と街が育んだ目に見えぬ何かを求めている。だからもう一度、身近な街とその魅力を見つめてみたい。

                              志賀信夫

無断転載禁止 掲載:アーク編集室

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