Arts Calendar/column

アーツカレンダー<コラム>のページ


2006年1月

【コラム】

不滅の鉱物


 粟野仁雄著『アスベスト禍』を読んだ。80年代にアスベストが問題になったが、大量に吸い込む作業者の問題と映った。昨年それがクローズアップされた。従業員の夫の服を洗った妻や工場付近の住民など多くの人々が、自然発症率百万人に1人という中皮腫を発生している。超極細のアスベスト繊維は、水に溶け胃腸に入れば問題ないが、大気から肺に入ると癌、中皮腫、塵肺などの致命的な病気を引き起こす。中皮腫は抗生物質も効かず5年生存率が4%を切る。潜伏期間が20年以上で30年後の発症例が多いため、合併などで別企業となっている会社もあり、労災定されても当時の賃金によればわずかの金額だ。

 アルコールランプの実験に使った金網の白い石綿がアスベスト。天然の鉱物で不燃、防火、耐性が高いため、建築物からブレーキ,戦車の内部、原子力発電の絶縁部分にも使われ、大型建築の大半がアスベスト使用と推定される。解体時には飛散するから、人ごとではない。実は1950年代から危険性が指摘され、米国では保障金が莫大になっている。危険と知りつつ製造しつづけた企業と、業界保護で規制を怠った行政の責任は極めて大きい。80年代に全面禁止に踏みきれば状況は変わっていた。2010年までに15000人以上が死亡すると予想され、水俣病以上の公害病になるともいわれる。

 アスベストといえば、舞踏家土方巽の稽古場兼劇場を思い出す。土方は目黒の津田信敏舞踊研究所を、その妻元藤あき子とともにアスベスト館とした。元藤の父がアスベストを商っていたためらしい。60〜70年代には三島由紀夫、澁澤龍彦などそうそうたる人々が集まった。だが土方死後次第に立ちいかず、存続運動も空しく建物を手放し、元藤も亡くなった。だがこの舞踏の拠点は、ギリシャ語で「不滅」という、その名のとおりであってほしい。舞踏に惹かれる若い人々を見るにつけ、その可能性はまだまだあると思う。
                                  

2006/1/30  志賀信夫

【コラム】

落とし物


気に入っているピアスの片方を落としてしまいました。今さっき、ほんのちょっと前のことです。帰宅して外したときに手を滑らせてしまいました。確かに「音」は聞いたので部屋の中にあるはずです。もしかしたら、開いていた引き出しに落ちたかも知れません。そういう可能性がありながら、みつからないのです。コラムなんて書いてる場合じゃありません。キーボードを叩きながらも、足もとをキョロキョロしてみたり、猫ベッドを足でどかしてみたり。そんなことをしているうちに、椅子のキャスターで轢いたりしていないかと気が気でなく。フローリングの板と板の間(目地っていうんですか?)に挟まっているかもしれません。思い付いたので今、部屋の目地の一本一本をじっくり見てきました。ありません!

落とした時の音は、自分のすぐ足もとに落ちた音でした。だから、部屋の反対側のほうにまで飛んでいったわけはないし、ポケットや髪に引っ掛かっていたりはないはずです。

自分で言うのも何ですが、片付け魔なので部屋の中はいつもきれいにしています。床の上にはオイルヒーターと猫ベッド・猫お食事セット、いま腰掛けてる椅子だけ。あとは、動かせない大物です。たとえば、バッグが転がっていたり、本が積んであったりは、ないのです。動かせるものは、ぜんぶ動かして見てみたし、動かせないものの隙間は、懐中電灯で覗いてみました。猫が挟まらないように隙間らしい隙間はないけれど、小さなピアスくらいだったら飛び込んでしまったかもしれない。

でも、懐中電灯で覗いてみた隙間は、毎日掃除をしている割には、埃が目に付きます。今すぐにでも掃除したいけれど、もう掃除機を持ち出す時間ではありません。明日です。掃除機にストッキングをかぶせて(こうすれば、万が一、ピアスを吸ったとしても救出可)ゴーゴー吸わせてみなければ!

最後の可能性は、窓サッシのレールのあいだ。もちろん、懐中電灯で照らしてみました。さて、ここは厄介です。見えているところになければ、窓ガラスと敷き居の間に嵌ってしまったということですが、窓を動かせば引きずられ、見つかったとしても台無しになってしまうかもしれません。

高価なものではないけれど、片方、っていうのが何かイヤです。部屋の中にあるはず、というのも落ち着きません。いつか、ひょっこり出てくるかもしれませんが。。。「ここ掘れニャンニャン」なんて、猫が見つけれくれないかなぁ。

2006/1/23  WADA

【コラム】

ミステリー

 正月に人気ドラマ古畑任三郎を久しぶりに見た。そして、この感覚は改めてすごいと思った。これは刑事コロンボをいい男が演じたらどうなるかという発想による話。最初に犯罪があり、容疑者がわかっていて追いつめる倒叙物という形式も同じ。脚本家は意図的にやっているのだが、トリックもどこかで見たもの。テーマ曲は、『サウンドオブミュージック』で有名な『マイフェイバリット・シングズ』の最初の小節を利用し、タイトルバックと音楽のアレンジは007風。パロディとして見れば楽しめるのだが、ちょっとひっかかる。

 年末年始はミステリーを読むのが楽しみという人も多いだろう。他の小説もそうだが、特にミステリーは、日常生活のなかで断片的に読むより、引き込まれて最後まで読んでしまう快楽が捨てがたい。電車で読んでいると、ついつい乗り過ごし、ベンチで続きに耽る。家に帰って読んでいると、表が白みはじめる。となれば、時間があり家にこもる冬休みが最適といえる。

 テレビドラマを見ていると、ミステリーとそうでない話の違いがよくわかる。ミステリーは伏線、ヒントが必要。それを探しながら、次はこうなると推理する。それに対して普通のドラマに伏線は必要ない。突然、元の恋人を出現させても問題はない。もちろん小説でもドラマでも、読者、視聴者は無意識に次を予測する。予想通りであったり、裏切られるからこそ驚き、感動する。ただ突然の登場人物も、理由が明かされたり、きちんと話に絡まないと不自然になる。そういう意味では、目に見えない伏線があるともいえる。

 人生にもそんな伏線はあるのかもしれない。ただ見えないし、これだと言いあてることもできない。ただ名づけるならば、それは運命だろうか。ドラマやミステリーは結末、解答が一つしかない。しかし現実にはいくつもの可能性がある。そういう意味では、現実のほうがミステリアスだ。そしてそれは誰も真似ることができない。
                                     

2006/1/16  志賀信夫

【コラム】

お正月に見たもの

カレンダーの関係と会社の都合で、今年のお正月休みは3が日のみ。いつもの3連休と同じじゃないか!と憤りながらの3日間でした。お正月は出掛けず、家で過ごすのが恒例なので、休みに当たってまず揃えるものは年末年始特集のテレビ雑誌です。

とはいえ、この時期のテレビは年々つまらなくなっています。中でもNHKがどこの局よりいち早く特別編成になってしまうことが腹立たしい。まだまだいつもの時間に出勤している人だって多い12月29日から、朝のニュースは時間短縮で、のどかに再放送なんてやってるし、夜だって再放送や再編集の番組ばかり。NHK大好きな私でも、受信料の支払い拒否したくなります。

31日夜の楽しみは、「今なに見てる?」と友達とメールでチャット状態になりながら、各局の「見どころ」を逃さないようにテレビを見ること。その中でもカウントダウンの瞬間、どの番組を見るかも毎年 思案のしどころな訳ですが(私だけ?)、ここ数年は「ジルベスターコンサート」を見ています。派手な盛り上がるクラシックの1曲をフルオーケストラが演奏し、指揮者が腕を振り切って、刹那、空気をまとめたところで、新年になる!というものです。日付が変わる数分前から、テレビの画面にはストップウォッチが舞い、どきどきを煽動します。演奏に対する拍手と「おめでとう!」の拍手で始まる新年の気分もいいものです。ぴったりに合わせるため、ちょっと無理矢理なこともあったりするんですが、ご愛嬌ということで。
年が明けてからは、3日連続で駅伝を楽しみます。今年は生まれて初めて、すべてのスタートの瞬間を見られました。ただ、スタートは確かに見たのですが、気が付くと何十キロかレースは進んでいて。。。次の目標は、全行程を見る。です。

3日深夜(4日午前)3時から4時、北東の空にしぶんぎ座流星群というのが出現。明ければ出勤にもかかわらず、3時に起きてパジャマの上に重装備で外に出ました。明るすぎる街灯に邪魔されながらも、かなり大きな流星がいくつか見えました。空気はとても冷たいけど、清々しく、初日の出は拝めませんでしたが、新年に流星もなかなか。即物的に「かねかねかねっ!」とお願いしたのですが、友人からは「健康を祈りなさい」と忠告。そんなわけで、今38度の熱が出ています。

2006/1/9  WADA


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