Arts Calendar/column

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2005年9月

【コラム】

ベストセラー


「さおだけ屋はなぜ潰れないのか?」という本、今年のベストセラーでしょうか。未読なんですが、すっかり読んだ気になっていたりします。毎年、新書では1冊の「超」ベストセラーが誕生しているように思いますが、そのどれもが未読。新聞・雑誌の書評、ベストセラー解析、読んでみようかと逡巡しながらの立ち読み、読んで共鳴した身近な人の行動などから、内容からオチまでなんとなくわかっちゃったりしてます。そういう新書とは別に「○○する人、しない人」という系統の本も相変わらず売れているようで、合わせてみれば、読書傾向は「ベストセラーを買う人、買わない人」の二極なのかなぁと思います。


私は断然「買わない派」です。最近、地元の図書館のサービスが充実してきたせいもあり、積極的に図書館を利用しています。私が納めている税額以上、何倍もの金額の本をリクエストして買ってもらい、せっせと読んでいますが、「借りて正解」な本が多いのです。つまり、自腹で買ったら損ってことです。ちょっと興味がある程度だったら、まず借りることにしています。読んでみて、どうしても手もとに置きたい、というものだけ買っているので、私の本棚はこの頃すっきりしています。


毎日、膨大な新刊が書店に並びます。新聞の新刊案内や出版社からのご案内をひろげ、何を読もうか、これはおもしろそうだ、と考えるのは楽しいものです。「これは」と思った本(の情報)は携帯カメラでメモしておきます。まず立ち読みして借りるか買うか、決めます。発売から1週間も過ぎてしまうと、決して新しい本とは言えなくなり、その1週間の売れ行きによって書店での並べられかたに「差別化」が起きてきます。ちょっとマイナーな本は、発売直後に書店に行かなければ見つからない。どこの書店でも手に入りやすいのが「自腹で買ったら損」な中〜大ベストセラーになるような、話題の本です。たぶん、広告の出しかた・話題に登らせる手段の自信と流通数が合っているんでしょうね。マーケティングが万全ってことでしょう。図書館でもそういったベストセラーをいちどきに何十冊も購入してます。ブームが過ぎると「ご自由にお持ち下さい」コーナーに山積みになっていたりします。もったいない!


ベストセラーを、きちんと買って読む友人がいます。買って読まなければ糧にならないというポリシーだからなんですが、それらベストセラーを1、2年たってから引っ張りだすと悔しい、と言います。どんなにブームになっても根付いてはいなくて、画期的な整理法も技術論も健康法も「ああ、そんなのも流行ったねぇ。でも、なんでこれを良しと思ったんだろう」と悔やみ、ブックリサイクル店でも古書店でもタダ同然でしか引きとってもらえないことに落ち込みつつ、読んだ自分の部屋・身の周りを見回しては、「これでいいのか?出版界!」と憤るんだそうです。「流行ったら、すぐ買って読んで、すぐ売りに行けば被害は少ないよ」とは言っても、「あなたのお金が出版界を支えている」とは言えないんですが。


                          05/9/26 WADA

【コラム】

明るい未来


 春に友人がこの世を去った。それを知ったのは夏になってからだった。梯子酒の途中に、駅で泥酔してホームに眠る人を見かけた。そして次の店で友の死を知った。酔って倒れて、家に戻って夜中に息をひきとったという。ついさっき見かけた男の姿が重なった。


 友人は大学から大胆に遊び回り、卒業すると歯医者をいくつも経営して羽振りがよかった。作詞したり歯の本を出すなど多才だった。しかしあるとき、道からすべり落ちた。そのきっかけは選挙だった。地方の歯科医師会をバックに出馬したが落選し、大きな借金を背負った。「選挙屋」と呼ばれる男に、いいようにされた。金権政治といわれる県だったが、やはり実弾を用意したりと大変だったようだ。そして失踪。以降、まったく連絡がなかった。何年もして、ようやく復帰し始めたところで、家が全焼し妻が焼死、自分も大火傷で生死をさまよう。しかし奇跡的に回復し、最新技術の皮膚移植で徐々に体も戻り始める。雇いの医師として仕事を再開し、体験から移植に関する学会を立ち上げかけていたという。


 投票日、応援がてら様子を見にいった。他の事務所とは対照的に静かだった。素人が選挙屋に頼るだけでは無理、赤子の手を捻るように、すべて巻き上げられたらしい。今回の選挙でも、ここかしこで同じことが繰り返されていたに違いない。5年や10年で選挙のやり方は変わらない。メディアはレースかお祭りのように報道する。おそらく選挙は祭りであり、レース、バクチなのだ。それが一つに重なった魅力がある。南米のサッカーチームの応援を思い出した。ブラジルで車に旗を立て箱乗りで騒ぐ姿は、選挙もサッカーも区別がつかなかった。


 今回の選挙結果は、郵便貯金の海外流出、増税、軍備増強という明るい未来図らしいが、選挙を支えてきたのは、祭りと賭けへの熱狂、選挙屋、そしてそこから転落した人々のこんな物語なのだろうか。


                          05/9/19 志賀信夫

【コラム】

「化粧と戦争」


 『少女の髪どめ』というイラン映画を見た。建設現場で働く青年が、アフガン難民労働者の少年につらく当たるが、それが働くために男の振りをした少女であることを知り、恋焦がれるという話だ。少女の父が怪我をして働けず、彼は身分証明書まで売って金を工面するが、米国によるアフガン攻撃のため、その金で一家はアフガニスタンに帰ってしまう。その少女が振りかえったショットが印象的だったが、フェルメールの『真珠の耳飾りの少女』を思い出した。

 この絵は昨年も映画が話題を呼んだが、原作を手に入れたのは、4年前の9月の英国のフェルメール展だった。8月に米国の美術館を訪れたら、フェルメール作品が貸し出し中で、英国に行った。そしてタクシーで運転手が、「ラジオを聴くか」という。なんでだと思ったら、米国でハイジャックがあり、飛行機がビルに突っ込んだということだった。そして帰ってくると、1カ月前に撮影したビル群が消えていた。

 そして報復攻撃後、パキスタンにアフガン難民の取材に行った。日本は何をしてくれるのか、と詰め寄ってきた青年、微笑む少年たち、物乞いする母たちの姿が目に残る。

 それからフェルメールは何度も日本に来た。だがアフガニスタンでは周辺に難民が溢れ、イラクでも人々が苦しんでいる。今回の米国のハリケーン災害後の略奪には、バクダッド陥落直後の映像が重なった。

 そしてふと思った。これはいったいいつのことなのか。何も変わっていない。報道されたことはおろか、自分の目で見たことすらリアリティを失っている。武田泰淳ではないが、何か不思議な散歩を続けているような気持ちだ。平和なはずの少女の絵にも紛争、不幸が重なってくる。高価な化粧品を求める女性たちの国がいいとも、決して思えないのだが。                                

                                  05/9/5  志賀信夫


無断転載禁止 掲載:アーク編集室

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