Arts Calendar/column

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2005年5月

【コラム】

修学旅行


新学期のごたごたが落ち着いて梅雨に入るまでの今頃は、ちょうど修学旅行シーズンです。私の高校の修学旅行も5月の後半でした。暑い九州に行くというので6月の衣替えを待たずに夏の制服着用で行きました。そんなに温度差があるのかなと今は思いますが、鹿児島辺りではそれでも暑かった記憶があります。その他のことはなにも覚えていない。名所にバスで連れていかれて見学(というか一周り歩く)のみの修学旅行だったのです。


それよりも以前の中学の京都・奈良への修学旅行は克明に覚えています。紅葉にはまだ早い秋でした。まず、三十三間堂でクラス毎に集合写真を撮り、昼食後解散。1日目「好きなモン同士」のグループ自由行動。京都の町中にいくつかあるポイントのひとつで先生にチェックを受けたら、あとはどうでも好きなように動いていい。夕食後は新京極でお買い物。2日目はクラス単位で「観光」。3日目は学年全体で早朝からバスで奈良へ。午前中は法隆寺・唐招提寺・薬師寺。午後は奈良公園で京都駅に向かうバスの集合時間まで自由行動。


今の私の京都・奈良好きはこの時に培われたといっていいと思うし、今と中学と行動パターンはほとんど一緒です。「好きなモン同士」のグループは美術好き・音楽好きばかりで、しかも可愛気のないのメンバーばかりが揃ったため、中学生にしては渋いトコばかり行きました。六波羅蜜寺で空也上人像を見る。智積院で長谷川等伯を見る(受付のおばさんがグループの子のお母さんにそっくりで記念撮影)。知恩院で左甚五郎の「七不思議」を探す。青蓮院で庭を見学(抹茶で一服)。唯一、中学生の修学旅行らしい清水寺はチェックポイントだったため。なにも見ずに境内を駆け降りて、南禅寺の煉瓦の疎水アーチを見る。岡崎の西洋建築群を写真に収める。お小遣いの上限なんて守る気もなく、当時は禁じ手のタクシーで回りました。金閣寺も銀閣寺も馬鹿にして行かないようなひねくれ者たちでした。


修学旅行での京都・奈良はなにも見なかった・わからなかった、これからやり直しでもう一度行きたいとよく聞きます。私はこの頃やっと中学生から変わらなかった見方が変わって、「俗」な部分がおもしろくなってきました。今は清水寺周辺で2日間は遊べます。
                          

05/05/30    WADA

【コラム】

いもぼう


 京都に曽我蕭白展を見に行った。夜行バス往復で1万円。かつて千葉市美術館で『柳下鬼女図』とともに踊った大野一雄の姿が印象的だったが、京都には若い舞踏家が何組か東京から見に来ていた。そしてその一人から「いもぼう」を教わり食べに行った。


 四条は八坂神社境内左手のひっそりとした一角に料理屋が静かに並ぶ。そこに平野屋本家はあった。「いもぼう」とは芋と棒鱈を炊いた、つまりは煮物である。シンプルな料理だが、芋は角が立ちながら、口に含むととろけていく。鱈も歯応えは残しつつ、ハラハラほどけ、骨ごと食べられる。それに豆腐の葛餡、薯蕷芋の磯辺など、いずれも出汁が薄く上品かつしっかりとして、店も茶店の風情を残しのどかだ。訊けばカチカチの棒鱈を10時間かけて戻し、芋と30時間炊くのだという。元は北海道のコマイみたいなもの。鰊蕎麦同様、魚の乾物を巧みに使っているが、鱈の味が上品に染み込んだ芋に魅力がある。冬場は海老芋でいまは里芋だが、十分美味しかった。


 店を出て右手奥にもう一つ平野屋本店がある。そう、ここは本家、本店と並び競う観光地的な店なのだ。同じ始祖を掲げ300年の歴史を誇るが、両軒食べた人も、どっちがいいといえず、むしろ2軒の存在自体が名物といえるかもしれない。しかも京の高級料理ではなく、素朴な乾物と芋の煮付けというところが微笑ましい。


 ほろ酔いで裏通りを東から西に歩くと有名な祇園、そして狭い先斗町へと続き、錦市場に出た。祇園の店の何軒かが黒塀の風情のまま原宿風ショップになっていたり、鴨川にカップルのみならず弾き語り少年が出没して、ちょっとイマっぽいが、それでも鴨川沿いに張り出す店の灯火などは、当地ならではの風情がある。と歩き回っていたら、朝6時からうろついていたために、足が棒になっていた。少しお湯ででも戻して柔らかくしないと、いけないなあ。
                          

05/05/23    志賀信夫

【コラム】

うすはり



「うすはり」というグラスで初めて飲みました。お酒でなくソフトドリンクではありましたけど。なんにも装飾がなく、「素っ気ないグラスだなぁ」と思い、持ってみると「!薄っ!恐っ!」。


ヒビが入っているなんていう前提がない限り、「ガラスのコップ」はとても硬くて丈夫で、持つ時に気をつけようなんて思わないものです。だから、グラスに触れる〜掴む〜持ち上げる〜くちにつけるという動作を考えずに一気にやってしまいます。ところがこの「うすはり」は、触れる〜掴むの時点のあやふやな触り心地にまず吃驚。でも、一連の動作を止めるにはかなりチカラがいります。ブレーキのエネルギーで握り潰してしまいそうに薄いのです。「わーっ!」と言いながら、口につける寸前でストップ。


私が持ったのは直径7センチほどのタンブラー。指先から手の平までダイレクトに水の動き、氷の動きが伝わります。実際にはガラスが柔らかいはずはないと思うのですが、その厚みを感じないほどに薄く、中に入れた水の揺らぎを硝子を通して手が感じとるのだと思います。鶏卵のカラの厚みほどでしょうか。それよりも大きいし、何よりも透明だから、卵のそれよりももっと繊細な感じ。氷とグラスが触れあうように揺らしてみたりすると、本当に楽しい感触。グラスを持って「ぷるるん」とした感じを楽しめるなんて。ガラスは固体ではなく、分子構造上、液体と固体の中間のもの、と習いました。とすれば、柔らかいと感じるのも錯覚ではないかもしれません。


昔言葉でガラスを玻璃とはよく言ったものだと思います。ガラスが宝物であった時代には、こんなに薄いものはなかったでしょうが、その語感、字面ともに「うすはり」にぴったり。などなどと大感激してしまったグラスを買ってみようかと思っています。お店では絶対にできないこと=握り潰せるか?をちょっとやってみたくて。割れた後、「うすはり」のカケラは一瞬で溶けて水になってしまいそうにも思えます。

                                    05/05/16 WADA

【コラム】

泣きたい気分



 アンナ・ガヴァルダというフランス女流作家の短編集を読んだ。現代のサガンとも称される新星だ。このなかに、帰宅を急ぐ亭主が高速の出口を行きすぎバックして戻り、それが大事故、大惨事を引き起こしたことを知るという話がある。夫は出頭しようと葛藤するが、妻は、あなたが刑務所に入ったら私たちはどうなるのという。


 私たちが出勤途中にこういう惨事に出くわしたら、どうするだろうか。まず予定通りに着きたいという気持ちが優先するだろう。列車が事故で遅れると聞くと、どうやって早く着くかを考え、数分間隔の山手線すら遅れるとイライラする。北海道に通っていたときは、「接続する」のが3時間後だったりしたが、時間感覚は都会ではシビアになる。時間通りの運行は乗客と社会が求めているようだ。


 先の鉄道事故について、乗り合わせた運転士の現場放棄と非番社員のボウリングが問題になっているが、これを期に事故の際の体制や情報の伝達システムが整うことを願いたい。だが、会社や社員の体質などを声高に追求するワイドショー司会者たちは、事故に遭遇したら番組を捨てても救助するのか。そうは思えない。テレビ局社員はどうか。


 この糾弾は、同時に私たちが遭遇したらどうなのかを考えさせる。現場の状況を把握して救出に協力するだろうか。通勤を急いでしまうのではないだろうか。ボウリングと飲み会も同様だ。私たちは時間や仕事に支配されすぎている。鉄道の正確な運行も、私たちの暗黙の要求であり、仕事に対する姿勢によるのだろう。だから、ちょっと考える必要がある。このような仕事、時間モードでいいのかどうか。


 高速ランプを行きすぎることも、逆行する車を見かけることもある。思わぬことで事故を起こしたり、加担してしまうこともあるかもしれない。被害者とその家族ももちろんだが、糾弾されている社員と家族は、いまどんな気持ちだろう。そして自分だったらどうするのか。それを考えてみたい。
                               

                                    05/05/09 志賀信夫

【コラム】

方向音痴


 私は方向音痴じゃない。と信じていたのだが、最近その自信が崩れてきた。私が迷わず歩くところと言えば地元の町、会社のある丸の内や銀座、旅行と言えばここしか行くところがない京都。これらに共通するのは、「碁盤の目の町」ということ。たとえ曲がる角を一つ間違えたとしても方向が合っていれば、いずれ目的地に着くことはまず間違いない。


「碁盤の目」じゃないところを歩くとしたら、駅の近くのランドマーク、ちょっと距離があるならタクシー、誰かに連れてってもらったり。だから無事に着いていた。


でも、初めて行く町の、分かりにくいところへ歩いていこうとした場合、一人でも誰かと一緒でもよく道に迷っていたなぁ。


私が道に迷う原因としては、生まれ育ったのが東西にきっちり敷かれた線路とその上に北口南口が真北・真南に向いた駅を中心にした町であるためだと思う。他の町でも道は必ず東西か南北にしか伸びていないと思っているのだ。だから、碁盤の目じゃない=斜めの道の存在に体がついていかないのか?と思う。頭の中には常に碁盤があるのだ。


最近、ある町に行くことが何度かあり、ギャラリーやライブハウスのそれぞれのホームページから地図をダウンロードした。駅から徒歩5分くらいの範囲内なのに、基準になる道が異なっているからか、同じ町と思えないくらい共通点のない地図が4枚。何人かに見せて、どれが正しいと思う?と意見を求めつつ、やはり道に迷ったのだった。その町には駅から延びるメインストリートがまずなくて、広い道も細い道も絡むのは90度でなく、更に十字路が少なく三叉路とか五叉路があったりする。碁盤の目の町には十字路しかないのだけど。角を曲がるというのは私にとっては直角に曲がるということだ。


「駅を出て最初の角を右に曲がって次を左、3番目の曲り角をもう一度右に曲がって」なんて言いながら歩いていると碁盤の目ならば、駅からどんどん離れていくはずなのに、実際は歩いた割には、駅から大して離れていなかったりする。それで、近道があるはず!と、示された道順ではなくて、頭の中の碁盤の上にだけある、存在しない道を探してしまう。結果、地図を読めることは読めるが、それを信じないことが迷う原因らしい。


TVの方向音痴検証によると、「正しくない地図」が「私は方向音痴」と思わせる大きな原因の一つだという。そうか今まで道に迷ったのは、正しくない地図のせいだったんだ。と安心。それが何度か重なると地図を信じなくなって勝手な道を作り出してしまうからだ。地図は絶対だと思うよね〜。あとは正しい地図かそうでないのか、見極める方法を教えて欲しい。

                               05/05/02 WADA


無断転載禁止 掲載:アーク編集室

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