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2005年3月

【コラム】

「花粉症」撲滅大作戦

 いま東京ではマスク姿がやたら多い。老若男女、古典的なマスクや古いブラジャーかウルトラマンのよ
うな立体マスクをしている。暖くなったため風邪は少数で、花粉症らしい。しかしなんだってこんなに花
粉症が増えたのか。杉山付近の人が皆マスクをしているとは聞かない。都会人の体質が変わり、体内のア
レルギーの素、アレルゲンを増やしているのか。アトピーなどのアレルギーが話題になり始めたのは30年
ほど前。いや40年前も鯖、卵、牛乳のジンマシンがあった。しかしそれは一部で、小児喘息のように成長
すれば大半が直った。

 友人が花粉症になるのを目の当たりにしたことがある。数人の旅で梅園を散策していると、突然1人が花粉で鼻水・涙ボロボロ状態になり、その後、杉にも反応し始めた。かくいう僕も昨年はかなり鼻がムズムズして目が痒かった。

 ただ、アレルギーは心理的要素が加速することがよく知られている。青魚を見るだけでジンマシンが出
る人がいた。花粉の飛散するニュース映像を見るとクシャミが出るともいう。知らずに冷麺を食べ寝込ん
だ蕎麦アレルギーの友人もいるから、そう単純ではないが、防御意識や過剰反応がアレルゲンを増やし、
症状を悪化させてはいないだろうか。

 ということで、「花粉症撲滅」を合言葉に、鼻がムズムズしても、「単なる鼻炎です」といい、目が痒
くても、「パソコンでドライアイ」ということにしている。とかく群れ、人と同じものを求めるという日
本人だが、「一億総花粉症」で「玉砕」したくはない。「花粉症」という言葉に依存せず、マスクをして
も「花粉症ではない」と宣言し、心理作戦で撲滅しようではないか。症状があっても言葉をなくすことで、少しでも抑えることができるかもしれない。

 と書くうちに、鼻がムズムズ、目がショボショボしてきた。こう書き話題にすることも、心理的に依存
することになるのかなあ。

                                   05/03/28 志賀 信夫

【コラム】

L vs F

毎日「新しい展開です」とニュースでは言ってるので、コラムが配信される頃には、どんなことになっているやら、わかりませんが。

ライブドアvsフジサンケイ。おもしろいです。150年ほど昔にも同じようなことがあったなあと。外国が自分に何かする、乗っ取られるとか、そんなことが起こるなんて思っても見なかった徳川幕府の慌て振りとよく似てるような気がします。港が開いていれば外国からだろうと船が入ってくるのは当たり前。市場に株を上場してるなら、買われて当たり前。去年の大河ドラマでなら、どうにも動けなくなった将軍は何もかも放っぽって隠居しちゃったんでしたよね。そんなことになったら、もっとおもしろいなあ。株がどうの、経営権がどうの、その辺は私にはよくわかりませんが、堀江氏を応援してます。だって、堀江氏の敬語ってすごいです。声が柔らかくて印象が薄いのが残念な点であるかもしれませんが、へりくだる・敬う、その辺の使い分けは見事。すらすらと出てくる敬語で、フジサンケイ側を言う時と報道陣と対話する時と、メディアを
見ている人達と、言葉を向ける対象や話される対象が言葉使いだけでわかりますもの。それだけの言葉使いができるということは、視野が広く現状の把握も将来も、よく見えているということだと思います。コメントを求められて、堀江氏・ライブドアの「悪口」か自分たちは可哀想な被害者としか言えないフジサンケイ側と堀江氏、どちらが株主の利益になるかと言ったら、そりゃあ。。。

フジサンケイグループの現場の人、は懸命に仕事してるんだと思います。その人達は本当にフジサンケイグループに残りたいと思っているのでしょうか?トップの言葉を聞くたびに「この人達の下で働いていて大丈夫なのか」と疑問が大きくなっているのではないしょうか。自信を持って広くて明るい道を示す事もできず、いろんなことが後手後手・泥縄で、危機管理がまったくできてなかったことを被害者面して対抗するのが精いっぱいという印象。今はライブドアを退けることができたとしても、守りの弱さが露呈してしまったうえは、この先の不安は募るばかりでしょう。仕事をする幸福感は、大企業の傘下にいることとは別次元のことだと思います。

                             05/03/21 WADA

【コラム】

ミステリー

 『ダ・ビンチ・コード』を読んだ。設定、舞台、展開ともにそそる要素がたっぷり。だが、おそらくミステリーファンにも美術ファンにも物足りないだろう。数字、文字の暗号、騎士の墓や球体といった「決め手」の謎はすぐ解けてしまう。絵画の説明など一見詳細だが、秘密結社とからめて展開すると、論理立てがどんどん荒くなっていく。人物設定もステレオタイプだ。しかし『007』のように読み進ませる勢いがあるのは確かだ。
 『「モナ・リザ」ミステリー』はモナ・リザの謎に迫ろうと求めて歩く紀行的な作品だ。西洋美術史のみならず日本美術、心理学などへと導く流れが面白い。著者は箱のオブジェや版画で有名な北川健次。独自の視点が貫かれ、併載のダリ、フェルメールの地への旅の文章も含めて、各地を旅する美術家の感性が心地よく伝わってくる。
 『虚無への供物』を再読した。ある一族の密室連続殺人の謎解きを骨格に、同性愛、五不動、洞爺丸事件とアイヌの呪いなどが絡みあい、アンチミステリーの傑作として知られる。その謎解きが次々と覆えされ、読者は翻弄される。最近その「アドニス版」が公開され、一部ミステリーファンの話題になった。かつて同性愛の同好誌『アドニス』に掲載された最初の版で、性描写が魅力的だ。その系列誌には三島由紀夫も匿名で『憂国』の原型を発表している。中井英夫の『虚無への供物』は埴谷雄高『死霊』とも比較され、「反小説」の傑作ともいわれる。その原型の公開は文学史的な事件といえるだろう。
 『ダ・ビンチ・コード』はダ・ビンチの同性愛を男女の愛の合体に導いている。『「モナ・リザ」ミステリー』は性同一性障害を呈示する。優れた芸術作品やその作者に同性愛を見出すことは多い。それはなぜなのか。これはルネッサンスはおろかギリシア時代から解けない謎、一番のミステリーなのかもしれない。

                          05/03/14 志賀信夫

【コラム】

ケガしました

京都に行ってきたのだけど、その初日、新幹線に乗るよりも前に足首を捻挫。運動神経と体力はないのが自慢なので、ケガをするようなことには近付かないようにしてるのに。

ケガをして、健康の大切さを痛感するのは月並みだけど、やはりそうなのだ。何より段差が恐い。力を入れてもおそらく痛みで、その力をセーブしてしまうであろう状態の足首で、新幹線からホームへ降りるわずかな段差がまず最初の難関。エスカレーターを見つけても最初の一歩が恐い。ほんの一瞬、片足を浮かせること(ケガをした足だけで立つ瞬間)がこんなに恐いなんて。

駅の階段、お寺の山を登る階段、バスの乗り降り。手すりがあればすがらずにはいられない。腕の力だけで何とかしようとする。包帯ぐるぐる巻にしてたり、杖を持っていれば、周りの人も待ってくれるだろうけど、旅の軽装の、ごく普通に元気な様子ではさっさと動けるものと思われて、結構プレッシャーを感じた。「お年寄りの大変さが身に染みる!」
京都に行けば、やはりお寺巡りなわけだけど、日本建築、和室、そういった空間はケガしてる身には何かとつらいもの。ホテルの中ではバスルームのドアを踏み越えるのだけが痛かった。新しいイタリアンレストランや雑貨屋さんには何の不便も痛みも感じなかった。なのに、お寺はつらかった。玄関の靴の脱ぎ履きが恐い。あらゆる部屋・廊下、と場面が変わるたびに敷き居がある。もちろん踏めない。畳の縁も踏んじゃいけない。座るとき・立ち上がるとき、どっちの足から、と決まりがあって、こんなときばかり実践してしまう茶道の動作が恨めしい。
私はまだ痛みがあるからよかったかもしれない。痛いから自分の可動域を自覚できるし、手すりがあるところを通ることができる。でも、痛みがなく、ただ力が衰えて、その自覚がないとしたら、ただ一歩踏み出すことが大ケガにつながるかもしれない。イメージとしてはお年寄仕様の和の空間は、弱った足腰には危ないんだなぁ。

旅の目的の東寺の五重塔に行く。たまに公開されるだけだからか、人の出入りには不便な高い段差の石段があるだけ。上りはそんなに痛くないから大丈夫と、一段目に足を置いた後、立ち往生。手をついたとしても、この足で次の段まで体を引き上げるのは絶対に無理。ガイドの学生がふたり駆け付けて手を貸してくれる。ありがたかったけど、ごめん、人の手より手すりかスロープのほうがいい。この高さを上がるのに、私がどのくらい力が使えるのかわからない人に手を貸してもらうのはとても恐い。だって、ケガ人に見えないんだもん、私。ぐいっと腕を引っ張られて痛む足に(重い)体重をかけざるを得ない状態で、結局、いったん手をつきながら、やっと上った。石段を下りるとき、覚えていたのか、躊躇する様子にまた手を貸してくれそうだったけど、「ありがと、大丈夫」とひとりで頑張った。自分が痛くないように人の手を借りるとしたら、ものすごい力でその手にしがみつくことになるだろう。長い爪は相手にも危険だし。

自分が大変だったから、困った様子の人がいたら、手伝ってあげたいと思う。だけど、経験から学んだのは、手を貸すとしたら、その人の全体重を引き受ける覚悟(と体力)がなければ、逆に痛い思いをさせるかもしれない、ということ。やっと芽生えた私の親切心だが、躊躇してただ見守るということになってしまいそうだ。

                          05/03/07 WADA


無断転載禁止 掲載:アーク編集室

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