Arts Calendar/column

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2005年1月

【コラム】

雨・雪・風

うまくいけば、今日1月10日、私は京都にいるはずです。寒いでしょうか?雪、降ってるでしょうか?関ヶ原でどのくらい新幹線が遅れるでしょうか?
脅威的な晴れ女のため、旅行で雨に降られて困ったことは一度だけ(と言っても10分程の雨宿りですみましたけど)。傘を開くまでもない雨ばかりなので、旅行の持ち物に必携の「折り畳み傘」を鞄にいれることはなくなりました。国内の町中ならば、傘は間違いなくどこでも手にいれられる便利さに頼っています。登山・秘境だったら、雨が降ったからと言って折り畳み傘を開いてる場合じゃないでしょうが。
京都での雨というと、晩秋の高台寺の傘亭・時雨亭を見ている時の時雨。やはり晩秋に清水寺で龍神を待っている時の時雨。初夏、向井去来の落柿舎での通り雨、前の田んぼのカエルが大合唱。真冬、夜中に雪化粧した金閣寺を晴れた朝に見れたこと。もちろん傘など必要ない一瞬の雨。すべて「風情ある」雨・雪の風景となって何十回も行った京都旅行の中でも印象深いものです。
時雨、驟雨、微風、雪化粧、風花、小春日和。。。人に心地よく、その季節ならではの天気の言葉はどれも美しいけど、悪天候の言葉はどうでしょう。大風、大雨、烈風、猛暑。名前のつけかたがすでに投げやりで乱暴。
今年の雨や雪、風など、すべて季語にして俳句に詠み込めるくらいであればいいなぁと願っています。去年はたくさん降り過ぎ。吹き過ぎ。お米が実るのにちょうどいい雨、りんごは枝でたっぷり日を浴びて、畑でレタスはプリプリになって収穫されるのを待つ。クジラやイルカが迷い子にならないように。クマがたっぷり木の実を食べられるように。穏やかな毎日が続きますように。

                          05/01/10 WADA

【コラム】

98歳のサンタクロース

 40年以上サンタが訪れている幼稚園がある。横浜の上星川幼稚園だ。サンタは98歳になったが、2004年も5回クリスマスパーティに登場した。キリスト教系の幼稚園でチャペルがあり、そこで聖史劇が行われる。サンタを呼ぶ歌が高まると、それにこたえて登場する。先生のピアノに合わせて園児たちが手を上げて大歓迎。車椅子で登場するサンタクロースの名は大野一雄。土方巽とともに舞踏を創始した舞踏家だ。それがサンタの衣装に白い髭とブーツで、あっという間に子どもたちに囲まれる。その後も、教室に行き園児や親たちと握手をして、お菓子を配る。親子ともどもうれしそうに、顔をほころばせていた。
 大野一雄は洗礼を受け、キリスト教系の学校で長く教えていた。そして大野家の地主が経営する幼稚園から頼まれて、毎年サンタクロースを演じ続けている。数年前に倒れるまでは、もちろん歩いて登場し、聖史劇ではキリストを演じてもいた。始めのころは、薔薇をくわえて踊ったこともあるという。親たちのなかにも、子どものころこの幼稚園で、大野のサンタから祝福された者がいる。「私の祖母が学校で大野さんに習いました」と声をかける人。大野の孫、ひ孫もここに通った。
 今回は米国から大野のもとで学ぶ男女が、ヨセフとマリアとなって一緒に登場したので、さらにリアルだった。これらの扮装も以前から使っているが、ヨセフがつくどっしりとした杖は、大野がかつて自作したものだ。そして、教会に入るときは、一同隠れて、そうっと忍び足になる。見つからないように。サンタを信じる子どもの夢を壊さないためだ。かつて孫、ひ孫は衣装から見えるサンタの手に見覚えがあるためか、その手を不思議そうに眺めていたという。
 今度のクリスマスには、すべての子どもたちに、サンタが訪れますように……。

                          05/01/17 志賀信夫

【コラム】

暦通りに

京都に行く、なんて言っていたのに「成人の日」の3連休は高熱で寝込んでいました。原因は、と言ってもシロウト考えだけど(病院に行く元気なんてなかったので)、お正月休みがロクになかったことではないかと思います。30日まで会社・31日は大雪で大掃除の仕上げもできなくて、三が日はお餅と駅伝、4日からはみっちり会社。4連休ではあるんだけど、すっきりせず、ぐうたらもほとんどできませんでした。いくら寒くてもお正月前には窓全開にして掃除をしたいんですよね。そして新年の挨拶を済ませたら、昼夜逆転するくらい自堕落・ぐうたらしないと。

私に限らず、いちど風邪をひくと長引くとか、アッと言う間に過ぎて何もない1年だった、と言うのは、季節の行事をきちんとしないことにあるんじゃないかと熱に茹だりながら思いました。お節句の行事を家族揃ってちゃんとするという家は今それほどないと思います。小さい子がいると幼稚園の行事で作った飾りものを持ち帰ったりして、気分はあるでしょうか。

事始めから大晦日までは1年の仕上げ、バタバタ働く(希望としてはクリスマスで御用納め、あとは大掃除週間)。元旦には無理してちゃんと早起きして若水を汲んで神仏に手を合わせ(宗教的な意味じゃなくても姿勢を正して呼吸を整えるということで)、その後はしばらくぐうたらする。いい加減からだがなまったところで、季節の地の野菜をたっぷり食べて(七草粥ね)、社会復帰。

祝日や節句には月日の巡りを感じて、人間の体に取り込むことが季節に対応できる「健やかなる身体」を作るんじゃないかな?有機野菜を遠くから取り寄せたり、ビオなんとかオーガニックなカフェでごはん、なんて言ってるより、暦をみて簡単なことを実行するほうがいいんじゃないかな。日本で作ってないような有機野菜は大気汚染の尾を引きながら届くんです。

                          05/01/24 WADA

【コラム】

カラオケ療法

正月早々カラオケで歌いながら3回朝を迎えた。カラオケボックスだ。昼だと30分数十円の店もあり、飲み物付で数百円と安い。
 毎年年始に鬱の友人と飲む。家が少し遠いため年1回、コーヒーに始まり、6時間以上話す。なぜか周囲に鬱の友が多い。
 母親が老人会の合唱の伴奏をしている。ボケた人も昔の歌に口を動かす。それを見て、歌うことは鬱にもいいのではと思った。

 歌の好みはさまざまで、同世代でも好きな曲は違う。聴くのはいいが歌うのはという人もいる。カラオケを嫌悪する人も多い。嫌いな曲、他人の歌を聴かされる苦痛、雰囲気、下手で歌わないなどさまざまだ。以前の長屋では向いの夫婦が毎日曜カラオケマシンで歌い、ブォーンと低音の演歌が響くのが苦痛で、カラオケスナックの雰囲気も馴染めなかった。しかしカラオケボックスができて、親しい友人と行ってみたら、はまった。知らない人の前だと意識して得意な歌を探すが、ここだと好きな曲になんでも挑戦できる。英語のハードロックを中学時代叫んでいたのを思い出し、下手でも大胆になる。無理やりハモったり、踊ってもはずかしくない。
 その鬱の友人も音楽好き。学生バンドをやっていたというが、歌を聴いたことはない。歌は個人的のようだが社会的でもある。ひとり口ずさめば内的な世界だが、合唱や、友人と聴いたり、人前で歌ったりすれば、外の世界とつながる。ひどい鬱だと起きあがれず食事もできない。だが会える状態なら、聴くことはできるし、歌いたくなるかもしれない。

 祖母は目や耳が不自由になるとどんどんボケていった。外の刺激を感じられないと、1人の世界に入っていく。だが大きい音のテレビで昔の曲が流れると、歌おうとした。聴くだけでも刺激を受けるだろうが、歌うことや歌おうとするのはもっといいんじゃないか、と勝手なことを考えながら、今年の抱負は、その友人とカラオケボックスに行くことと決めた。

                          05/01/31 志賀信夫


無断転載禁止 掲載:アーク編集室

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