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2004年9月

【コラム】

三羽ガラスとエロス


 幻想文学、エロティシズム文学、異端文学といわれるものも、もはや異端ではなくなった。荒俣宏、京極夏彦などによって着実に一般化している。60年代の終りころから海外や日本のこういった文学を紹介し、大いに影響を与えた文学者たちがいる。澁澤龍彦、種村季弘、由良君美の3人だ。

 澁澤は誰でも知るサドの翻訳者、シュルレアリスムの文学・美術の紹介者、仏文学者で後年は作家として活躍し、『高丘親王航海記』などすばらしい作品を残している。種村季弘はマニエリスム、錬金術、吸血鬼などドイツ文学の紹介者で、散歩のエッセイでも有名だ。由良君美は2人ほど知られていないが、阿片文学のトマス・ド・クインシーや幻想怪奇小説、G・スタイナーの文学理論などを早くから紹介し、英米文学を講じた。青土社から刊行した傑作『泰西文学浪漫派談義』や、『みみずく偏書記』などの著書がある。そんな由良の著作が、翻訳書以外はほとんど文庫化されていないのはさみしい。

 このように仏文、独文、英文それぞれに面白い文学や芸術を求めた人たちがいて、多くの刺激を与えてくれた。澁澤は87年、由良は90年、そしてついに種村も8月29日に亡くなった。バタイユなどを訳し、94年に亡くなった生田耕作も忘れられない。そして先月末の種村の死によって、一つの時代が終ったという感慨を抱く。

 しかしいま、幻想怪奇文学もエロティシズムもSM文学も異端ではなくなり、澁澤のサド裁判や「芸術か猥褻か」論争なども、現在では時代錯誤となってしまうのではないか。少女が舌にピアスを入れる小説が賞をとり、臍や下着を見せた女性たちが街を闊歩する時代だ。サイトではそのものズバリの画像が氾濫している。こうなると、隠れるようにサドなどを読んでいた時代、英語版プレイボーイの墨をバターで消していた時代が懐かしくなるのは、ノスタルジーか、時代への反発か。
 と書きながらも、電車の女性の大胆さに目を奪われてしまう、ひどく暑い夏だった。

                          04/09/13 志賀信夫

【コラム】

規制なかりせば

 箙(えびら)田鶴子という人の本を読んだ。『神への告発』と『いのちの手紙』。以前に筑摩文庫で出ており、いまは品切だ。

 読んで驚いた。『神への告発』は自伝小説なのだが、脳性小児マヒとなって、母や姉から動物のように扱われ、施設でもどこでも医師や支援者などの差別や性的な接触にあい、それが赤裸々に描かれる。守る立場の人からおもちゃにされたり、ひどい仕打ちを受けながら生き、恋愛し、足でタイプを打ち、書きつづった凄まじい人生だ。『いのちの手紙』は、乳癌で乳を失ったジャーナリストとの公開書簡だが、本音で語りながら、2人の心の奥の差別意識や現実が浮かび上がる。どちらも読みながら苦しかった。しかし、目をそらせない現実を突きつけてくる。夏風邪で寝こみながらも、読むのが止まらなかった。

 横浜美術館で高嶺格のビデオ作品『木村さん』が館側の自主規制で公開されず、あるメーリングリストで関連して『神への告発』が紹介されており、古書店で入手した。これを読んで、自分が浅はかだったことを思い知らされた。差別の実態や障害者の性を知らないだけではない。文庫本が2冊刊行されていながら、気がつかなかった。いや確か一度手にとった朧な記憶がある。内容の重さに躊躇した。雑誌で障害者の特集を企画し、カンボジアの地雷被害者に話を聞いたころのことだった。重いとして避けた自分は、本当に物事について考えようとしていたのかと疑問を抱いた。

 『いのちの手紙』のあとがきで、箙さんは、カフカの『変身』を読むと、朝起きたら障害を持っていて、周囲から虫として扱われる自分を感じると書く。その現実感は私たちにわからない。

 前に見た高嶺さんの別のビデオ作品は優れたものだった。『木村さん』の議論は続いている。今月、友人が障害者たちと作った舞台がある。12月には木村さんの所属劇団態変の作品が東京で上演される。箙さんの本を読んだ気持ちを抱えながら舞台を見る。自主規制問題が僕にくれたのはこれだった。

                          04/09/20 志賀信夫

【コラム】

銃声の秋

 毎朝銃声で目が醒める。戦地ではない。近隣は梨畑で、鳥脅しの音が早朝と夕方、鳴り響く。そばで鳴ると実に心臓に悪い。梨畑というと優雅そうだが、虫除けのストロボライトや薬剤散布など、環境はいまいちだ。果樹園は薬剤の散布が多いのだ。10年くらい前は洗濯物がよく駄目になったらしいが、いまは朝4時ころ散布する。それでも昼に薬剤を浴びたことがある。梨園のおばあさんは、みな腰が曲がっている。低い梨棚で長年作業しているためだ。この時期は、街道沿いの店舗で梨の出荷・販売や梨狩りを、一家総出で行っている。数種類をずらし栽培して、数カ月で1年分売り上げる。儲かるらしく、総瓦の城のような邸宅が奥にそびえてうらやましいが、老婆の姿はその労働を物語る。
 また、夏の終りは蝉の死ぬ夜だ。隣の林の油蝉がマンションの明かりに飛んでくるため、毎晩10匹近い新たな死骸が迎えてくれる。死んでいると思うと突然飛びかかってきて、防戦一方。夏から秋にかけては、朝晩襲撃されている気分だ。
 イラクの人質事件は続いているが、チェチェンの学校襲撃はもう話題にならない。300人殺害はショックだったが、ここ10年でチェチェンの人口の25%がソ連軍と秘密機関に殺され、子どもが4万人亡くなったという話は報道されない。NHKの解説で、学者がチェチェン人は好戦的で知られると語ったのには驚いた。
 今夏は台風の被害が話題になった。都市化で自然災害の脅威は高まっている。そんな被害に遭って初めて私たちは、チェチェンやイラクを少しリアルに感じられるのかもしれない。いや、自衛隊派遣や米軍基地からの中東出撃で、関わってしまっているのに、知らないふりをしているだけなのだ。ひょっとすると朝の銃声も、鳥脅しではないのかもしれない。

                          04/09/27 志賀信夫


無断転載禁止 掲載:アーク編集室

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