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2004年7月

【コラム】

高松塚古墳

高松塚古墳とキトラ古墳、カビが発生したとか色が落ちてるとか。どのくらい前だったか、明日香村に行きました。現役のお寺・仏像に興味はあっても「よその人のお墓だし、高松塚はレプリカじゃん」と思っていた私は、石舞台も高松塚古墳も見学の優先順位は下位。ところが明日香村2回目の友人は、「あんた絶対に泣くよ」と明日香村到着の第一ポイントに石舞台、2日目のメインに高松塚古墳を計画。泣くって、暴かれたお墓の哀れさに?としか思い浮かばなかったのです。だったら、わざわざ見せなくてもと思いつつ、まぁしょうがない、つきあってやるか、くらいの気持ちでまず石舞台へ。思い掛けない大きさと古代人の人智には感動。でもまだ泣くって程ではなかった(民宿でいただいた明日香鍋のほうが感動的でした)。
2日目。友人の予言は当たったわけです。でも、未だに何に泣いたのか、わからないのです。哀れさ、でないことだけは確かです。「古代のロマン」なんかじゃない。明日香村に一緒に行った友人は、その時は高松塚古墳には入りませんでした。私もまた明日香村に行くことはあっても、そこには入らないと思います。
たとえレプリカであっても一度その情景に触れると、高松塚古墳がキトラ古墳がある、というだけで何だかわからないけれど、穏やかに満たされるものを感じます。それが「あった」になってしまったら、どうなるんだろう。

                                 04/7/5 WADA

【コラム】

アンチ・・・

スポーツは何が好きか、というと決してプロ野球ではないのですが、チャキチャキの江戸っ子としては、ああいう傲慢な(オーナーの)チームって許せないのよね、という「アンチ巨人」です。ファンの人には別の意見があるのは承知で、私はあのチームで野球することは名誉じゃなくて恥だと思う。

合併しか道がないにしても、今まで通った曲り角すべてに「この先行き止まり」とか「危険!」と先回りして標識を立ててきた人物の導く通りにきてしまったのだと思います。本当に危険だったのか確かめる前に誰が標識を立てたかだけを見て、その道を選ばなかったことが悔やまれます。

プロ野球は、合併→1リーグ制をとらなければ未来のないものだと言うならば、それが球界全体を思って、と言うならば、まず、自分の球団を手放せばいい。そして、その史上最強の選手・スタッフをウェーバー制を採用して残りの球団に分配すればいい(安くね)。「障壁」がなくなれば新規参入したい企業はあるはずだから、いまの12球団以上で、2リーグ以上が可能だと思うんですけど。

                                 04/7/12 WADA

【コラム】

選挙

選挙が終わって1週間。大敗だの、これでも勝ちは勝ちと当事者達が言っていたのは1日か2日だけ。やっぱりね〜。獲得した票数だけで勝ち負け決めてんじゃねーよ、と思ってます。私たちは「○○党の勝ちに1票」入れてんじゃなくて、これからどうなって欲しいかに1票いれてんのに。
テレビ・ラジオの開票速報番組も喧しい。NHK-FMで深夜まで開票番組って何?各番組の終了間際、苦虫を噛み潰したような某党幹部の顔を映して「政権交代か?」と盛り上げておいて、一夜明ければ「そんなでもなかったんじゃん」となってる。だったら、もうちょっと落ち着いた日曜の夜にしようよ、大掛かりな選挙特番やるなら、投票する前に「各党暴言大会」とか放送したほうが投票率あがると思う。
どこかの番組では(確か)開票7秒後に最初の当確が出たとか。結果は本当に高得票で当選してたから当たってるのでしょうが、「誰に投票したか」って人に言っていいんでしたっけ?というのが大きな疑問です。第一、投票所から出たところで「出口調査です」と言われて本当のこと言うかなというのも疑問。私だったら、絶対ウケねらう。ローカルな我が街では、出口調査に出会ったこともなく、されたという人にも会ったことないから本当にやってるのかも疑問ではありましたが、学生時代にバイトで出口調査をしたことがあるという人はいました。やはり、その人も子供の頃から投票を済ませた親に聞いても「家族でも親子でも、聞いても言ってもいけないこと」と教えられていたので、「犯罪なんじゃないか?捕まるんじゃないか?」と不安を抱きつつのバイトだったそうです。意外にも誰もがすんなり答えてくれることにびっくりしたそうです。

                                 04/7/19 WADA

【コラム】

大河ドラマ2

なんだかんだ言ってましたが、最近、大河ドラマの「新選組!」おもしろく見てます。結構、日曜日が楽しみだったりして。相変わらず、重鎮というような俳優は少なくて(今は石坂浩二くらい?)、大河という重みは感じられなくて、普通のドラマとして、おもしろいです。絶対の主役ひとりが君臨するのではなくて、その時その場にいる複数の人間に少しずつ、だけどはっきりとスポットが当たる。見てるほうも演じるほうも、「群像劇」というのがすんなり飲み込めてきたというところでしょうか。長期間のドラマだから、実感があるのかもしれません。
主役だ、脇役だ、じゃなくて「群像劇」なんだと役者が理解して、それが経験の浅い俳優やタレントにも浸透してきたって感じです。「新選組!」では自分の台詞、映る場面以外でも自分の演じる人間は存在している、その見えていない時間も俳優は役を膨らませているように思います。そういう役として、役者としての成長が曲線で見えると群像劇っておもしろくなります。台本の何ページの何行目が自分の台詞だから、そこだけ演じればいいというのが視聴者に見えてしまってはおもしろくないわけです。
そうは言っても中にはその場その場しか演じてなくて、役の成長が段差の大きな階段状の人もいますが。「新選組!」に限らず、そういう人はやっぱり役名ではなく、俳優の名前で話してしまいます。例えば戦国武将の名前を聞いて、だれもが特定の俳優の顔を思い浮かべるのが大河ドラマの成功の証でしょうか。史実の再現ドラマに出てくる秀吉役に「(竹中直人に)似てない!」なんて思ったり。

                          04/7/26 WADA


無断転載禁止 掲載:アーク編集室

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