Arts Calendar/column

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2004年5月

【コラム】

キャットフード

うちには猫がいまして、これがご長寿で。この春20歳になりました。子猫の時に親猫から何にも教わらないままに来たので、猫らしくない天然ボケはあるものの、とても20歳には見えない若々しさ。人間でいえば100歳近くという風格もまったくありません。子猫の時にお世話になった獣医さんにも行く必要がなくて、猫の名前宛の年賀状も来なくなって久しい。
健康ならいいじゃないか、というものの、困ったこともあります。キャットフードなど製品寿命のほうがうちの猫より短いのです。
飼ったことのあるかたなら経験あるでしょうが、出された食事は何でもありがたくいただくという猫はあまりいません。のら猫でも安売りの猫缶にそっぽを向くのがいるくらい。気にいって食べていたカリカリ(ドライフード)を買いにいつもの店に行くと、ない。店員さんに尋ねると「リニューアルしたんですよ」。パッケージが変わっただけならいいけれど、違うものが入ったり、減ったものがあったりというリニューアル品をビクビクしながら買って帰ります。「食べてくれるだろうか?」と思わず下手に出て、ご様子をうかがいつつ、お皿にいれます。食べてくれればほっとして、だめだったら、次のお気に入りが見つかるまで、様々なものを買い続けなければならないのです。その間、猫はハンストを続けます。絶食させるわけにも行かず、鶏のささ身(高級地鶏に限る)をボイルして細かく細かくして、お出ししたりすると食べていただけるのですが、これがお気に入りになってしまうと私の財布が続かないし、ささ身だけを買いくる変な客になるのも嫌です。ギリギリのところで、ようやく次のお気に入りが見つかります。ささ身は「栄養が偏る」と理由を付けて打ち切り。こんなことを何回繰り返したでしょう。
ひとくち分だけ出して、後は手付かずというカリカリはご近所の猫に回されて行きます。うちにも「味見して」とカリカリが回ってくることもあり、ご近所のペットネットワークも健在です。

                               04.05.03 WADA

【コラム】

民族衣装

子供の時に読んだ伝記に載っていたヘレン・ケラーとか、来日時のダイアナ(元)妃とか、外国の人が着物を着ている図というのは、着てくれてありがとう!という気持ちにはなるものの、似合ってるとは言い難くビミョーなものです。日本人でも本当にかっこよく着物を着こなしているのは、粋筋の人とか、芸事を長く続けているような人に多くて、洋服で過ごすことが多い人の付け焼き刃では何だかね、と思います。自分でも着物を着るのは好きで、着る機会を何かと作ってはいるのですが、「何だかね」に自分も入ることは充分に自覚してます。いいなーっと思う反物を見つけても「これは素人が着られる柄(含む値段)じゃない」と自制もしつつ。
着物に限らず民族衣装が好きで(現在の着物が民族衣装かというとちょっと疑問)、チマ・チョゴリとかアオザイとか欲しいな〜と思っています。アジアに留まらず、中東〜アフリカのも好きです。買おうと思えば手に入るものですが、「日本人が着ちゃいけないんじゃないか?」という思いがどうしてもあるのです。
自分が行くべき学区の中学がとても遠く、同じくらい離れた距離にチマ・チョゴリが制服の学校がありました。同じ遠さを通うなら越境になっても、チマ・チョゴリが着られるほうに行きたいと真剣に思っていたのですが、私はその学校には絶対に通ってはいけないとのこと。そんなの差別だ!と思うようなバカな小学生なりに何故いけないのか?をちょっと勉強し、それ以来、アジアの民族衣装は憧憬です。
民族衣装はその土地に合った素材、色、デザイン・機能になっています。見て、着ることで、その文化を体験できる、すごく便利な広報のツールでもあると思います。民族衣装を着て、その国の料理をその作法に則って食べてみれば、考え方の一端が感じられる。と無理矢理に理由付けしなくても着てみたいチマ・チョゴリ。
(着物は苦しくて動けない、というのは着付けが下手なんであって、着物のせいじゃないです)

                               04.05.10 WADA

【コラム】

お皿

なぜ、四角いお皿はないんだろう?最近では折り紙で作ったような四角いお皿はよく見るけど、多分、一時的な流行のような気がするし、織部や魯山人の角皿もアバンギャルドなものだったわけだし。古今東西、皿といえば円形と決まってる。
土から形を作る時、円形より四角のほうが形が取りやすいと思う。円の、しかも真円を作るのはかなり難しい。なのに、四角ではなく円形がスタンダードなのはなぜだろう。
まず、円でなければならないと断言できる食器を考える。椀・碗。直に口に触れるこれらは絶対に丸くないといけない。(四角いコーヒーカップでコーヒーを飲むと唇の端からコーヒーが洩れる!)
と言うことは、まず、碗・椀という食器が誕生して、その後から皿が作られたということだ。木の葉や大きな貝殻を皿として使っていて、そのうち碗を平べったく潰して焼きものの皿が作られたってことなんだろう。
でも、その段階で「四角いほうが作るの簡単」と思った人はいるはずだ。四角では不都合な点があったから、主流にならなかったということ?焼く時に何か秘密があるのか?均等に熱を伝えるには円形のほうがいい?そこで「焼くもの」として四角と円形のモデルを考える。パン。食パンも丸パンもスライスしてトーストしてみて、絶対に丸パンの焼き加減が格別ということはない。もちろん、自分でお皿を窯で焼いたことなどないから、オーブンと窯を一緒に考えているレベルだけど、この仮説(?)が成立するとトーストするためと言える食パンの存在は意味ないことになってしまう。でも、ちょっと待って。ピザも丸いし、餃子の皮も丸い。美味しいもの・美味しそうに見える=円形を全世界満場一致で選んできたということに落ち着きそうだけど。お皿の上を通るように手をのばした時、角が邪魔でそで口が引っ掛かるから、のような気もする。(もしかしたら、食パンの誕生はトースターの誕生と関連するんだろうか?)

                               04.05.17 WADA

【コラム】

雨の日

雨の降る日に森の中にある大きなガラス窓のカフェでお茶を飲みました。見えるのはたっぷりの緑だけ。そこに紗がかかって、パステルグリーンのようにも見えます。圧倒的な緑にしばらく見とれていました。すると時折、白いものが木の中から浮き上がります。
けっこうな降りにもかかわらず、雨の糸をくぐるように虫が飛んでいます。白くて、モンシロチョウのようにも見えたけど、おそらく別の羽虫でしょう。茂みに隠れて見えない枝のあいだから、花びらをまいているように、沸き上がるように木から飛び立った後、雨粒の重さに耐え兼ねた花びらが散るようにすーっと地面に落ちて行きます。
茂みにいれば雨宿りできるだろうに、雨の中を飛ばなくても、と思いつつ、はらはらと見ていると、勢いよく飛び立ったり、また下に落ちて行ったりを繰り返す。遊んでいるのか、水溜まりで水を飲んでいるのか。水溜まりからすっと舞い上がる様子は静かな噴水のようでした。BGMもないカフェで、ガラス越しにかすかに雨の音だけが聴こえるような気がします。

                               04.05.24 WADA

【コラム】

スポーツ中継

バレーボールの五輪最終予選で盛り上がっている中、試合が行なわれる日に千駄ヶ谷駅前に行きました。試合開始の数時間前というのに体育館前はお祭り騒ぎ。そんなことになっているとはつゆ知らず体育館前で待ち合わせをしていたので、急遽、その場所を変更。
変更の話がまとまるまで、体育館前の人々を眺め、これからバレーボールを観戦しようとしている人たちがあまりにもスポーツっぽくないのに驚きました。見事に若者ばかりで、しかも、J系コンサート?「下妻物語」のイベント?フリマ?という出で立ちで、かつての原宿ホコ天みたい。(まあ、J系目当ての一団は確かにいたでしょう)。TV中継でも、そういう人達が多いのは見てたけど、ほんとにそうなんだ〜と。その中には部活のみんなで来ました、というようなジャージの、短髪の、(バレーなら長身も?)と一目で体育会系の人たちはまったく目につかず。最近みんなおしゃれだしね。ともあれ、体育館前に集っていた人達に溌剌とした若者の明るさってのを久しぶりに見た気がしました。脱力系なんて言われてても、みんな結構元気じゃん。
でも、テレビでは滅多に中継されないような「盛り上がってない」種目でも、見てみれば面白いものがたくさんあると思うんだけど。シドニー五輪の時だって、誰も見てないような時間に放送してた馬術とか岩場でのボートとか、初めて見て思わず夢中になってしまったという人もいたけど、その後は中継も見る機会がなくて(ボートなんて現場に行くことが無理だし)、アテネが楽しみだそうです。
ニュースで「今日のスポーツは以上です」とスポーツコーナーを締めくくるアナウンサーに「プロ野球しかやってないじゃん!」と毎日つっこんでます。

                               04.05.31 WADA


無断転載禁止 掲載:アーク編集室

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