Arts Calendar/column

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2004年12月

【コラム】

星空のトランペット

勤務地銀座は、クリスマス・ツリーと通りごとの並木にもイルミネーションやら飾られて明るい夜空です。ショーウインドウやネオンの看板も一段と目映く感じられます。
冬の夜空というと思い出すメロディーがあります。ニニ・ロッソの「星空のトランペット」。このメロディーを覚えてしまったのは物心つく前だったのだと思います。だけれど、曲名や有名な曲、作曲・演奏者であることを知ったのはいい加減おとなになってからでした。
聴いていたのは、家の北側の洗面所やお風呂場の付近。寝る前に歯を磨く、そんな時間だったから、夜9時だったのだと思います。小さな窓から星や月を眺めながら、歯を磨いていたり、お湯につかっていたり。そうすると、かすかにトランペットの音が聴こえてくるのです。いつも同じメロディーだと気付き、それも冬の寒い時しか聴こえてこない。何年も繰り返すと子供心にも「ああ、これは冬の合図だ」と思います。
当時、比較的近所に「機動隊」「自衛隊」の施設がありました。そのどちらかの消灯時間に流れるのが「星空のトランペット」だったのです。365日流れていたのでしょうが、冬の冴え冴えとした空気の夜しか聴こえてこない曲。
すっかり勝手に「うちの近所の自衛隊の消灯音楽」と決めつけて、なんだか「隊」っぽくない曲だなあと思っていました。さすが「航空音楽隊」の演奏だなあ、などと。
ある時、テレビから聞き覚えのある「うちの近所の自衛隊の消灯音楽」が流れてきました。「え〜?なんで〜?」。ニニ・ロッソが亡くなったことを報じるニュースでした。

                          04/12/05  WADA

【コラム】

●北と南

 テレビをつけると、必ずといっていいほど北朝鮮の話題が始まる。新しい事件がないとワイドショーはそればかり。この国がどんなに変か、脱北者や拉致被害者をこと細かに取りあげる。拉致問題は解決する気配もなく、貧困にあえぐ人々がいて、独裁、核開発など問題が多いのは確かだ。偽の遺骨を返すなど言語道断。だが韓国は融和や関係改善に向けて動いている。それに対して日本の対応は、政府もマスコミも揃って北朝鮮を敵国としている。政府は米国追従を国策とし、自衛隊による仮想敵国なので、悪い意味で一環性がある。しかしマスコミが反感を煽るのはどうしてか。「喜び組」や全体主義的な行動を揶揄するが、その姿は竹槍を持ち、敗戦で皇居前に伏した日本人と変わらない。
 一方、韓流ブームとして韓国俳優がさかんに取り上げられる。金髪、ピアス、床に座り込む若者に比べて、失われた日本青年へのノスタルジーだ。マンバと化した渋谷少女より韓国女優を美しいと思うのも当然なのだが。ただ日本よりはるかに整形が日常的で、ヨン様の整形前写真もネットに出まわっている。
 ブームといわれるほど韓国に好感が高まっているのに、北朝鮮には反感を持つ。これは相も変わらぬ差別意識の表れだろう。拉致問題の解決のために、米国の力を借りたいからイラクに派遣し、イラク、イスラムへのテロの正当化に貢献した。いまのマスコミはその理不尽に目をつぶり、関係を悪化させようとしている。ワールドカップ予選で最初の相手が北朝鮮と決まったが、このような報道に乗って、中国での日本戦のような騒ぎが起こらないようにと切に願う。
 北朝鮮を笑い韓国ドラマに惹かれる私たち。電車の中で西洋人が外国語を話すのに卑小な気持ちを抱き、自分と同じ顔が異国語を話すのに違和感を感じる。この意識を変えるにはどうしたらいいのか、僕にはわからない。ただ報道の名を借り、他国の国民と視聴者を馬鹿にして、受けを狙った番組で、近隣諸国との関係を危機に落としいれることには、反対したい。

                          04/12/13  志賀 信夫

【コラム】

相対性理論?

1年が経つのが年々早く早く感じられます。逆に年の瀬感は年々薄らいでいます。12月っていつ?という感じです。私の感覚では今年はまだ6カ月くらいあるはずなんです。昔の1年は長かったと思いながら、もっと大きなスパンでの「昔」も古ければ古いほどゆったりしていたように思います。
中学・高校と習った日本史・世界史。古代・中世はやたら長く勉強しました。実際の年数も何百年というものだから、かける時間も比例して長くなるのは当たり前ですが、それに比べて、近世以降は本当に駆け足。新しい時間ほど早く行き過ぎていきます。
高校時代、私のクラスでは受験科目に世界史を選んだ人がいなかったため、世界史の授業はまさに息抜きの時間でした。1年間の世界史の授業でキリストが生まれなかったのはなかなかのものでしょう。かと言って古代文明などを重点的にやったわけではなく、覚えているのは川と文明の組み合わせ程度。チグリス・ユーフラテス川がイラクにあったなんて、去年はじめて知りましたというていたらく。
親の生まれ年を忘れても「645年大化の改新」は忘れない、というように、日本史も歴史書と神話が渾然一体の紀記の頃は、見てきたように詳しくやったのに、つい最近の幕末から明治は3学期も終わり近く、慌ただしい時期にやっと手を付け始め、挙げ句に第二次世界大戦は開戦しないまま「教科書よんどいて!」という始末。平安時代は事件(ってありましたっけ?)よりも、文化のことばかりだったし。事件・戦と文化が頭の別々のところに入っていて、なかなか繋がりません。
でも、完璧だったはずの縄文・弥生、奈良・飛鳥あたりもつぎつぎと新発見があり、いままでの「常識」が覆され、この時代は得意!まかせて!という時代がなくなってしまいそうです。昨日の夕食のメニューの記憶も危ないし。。。

                          04/12/20  WADA

【コラム】

アメン棒

 千葉県市川は永井荷風が終焉を迎えた地として知られている。亡くなったのは京成八幡駅の近く。しげく通った和菓子屋、最後の食事のカツ丼屋がある。少し離れた真間川との間の床屋にもよく足を運んでいた。緑の板張壁と木の窓枠が昭和初期を感じさせ、気になる店だ。
 久しぶりに通りかかると、軒先に立ってくるり、くるりと回っている若い男がいる。その姿に妙に惹きつけられた。回りながら時折上を見上げる。そこには床屋のシンボル、赤と青の斜線が回転する装置、通称アメン棒があった。赤と青は人の動脈と静脈を示し、外科医が床屋も兼ねていた名残りだ。アメン棒は身体を表現しているのだから、それに合わせて回転するのは正しいかもしれない。その動きを見ていて、思いあたった。この古い街道ではバス停からややはずれて、ぽつんと、あるいは親と立つ子どもや青年がいる。障害者の作業所へ向かう送迎バスを待っているのだ。回転する彼もその1人なのだろう。
 人の回転は非日常行為だ。飛んだり回転するには理由が必要だろう。子どもが飛びまわるのは気にしないが、大人が回転や跳躍を始めると不思議に思う。走ることもそうだ。トレーニングウェアならともかく、スーツのまま走っているとかなり怪しい。新宿駅で一斉に大人たちがこちらに向かって疾走するのを見て、ぎょっとしたことがある。電車が遅れ乗り換えに急ぐ人たちだった。
 ダンスやバレエでは回転、跳躍、そして疾走は通常の運動だ。これを封じるように動かない動き、緩やかな動きや日常の動きを追求したのが舞踏だ。技術がなく意図せぬ動き、無心の動き、ただ歩くことも舞踏になる。パウル・クレーは自分の子どもの絵に魅せられて、それを自分の作品に取り入れたという。子どもは親やまわりの人、動物などを無心に模倣する。だからだろうか、床屋の軒先で回転する男の行為は、何とも美しかった。

                          04/12/27 志賀 信夫


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