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2004年11月

【コラム】

灰とダイヤモンド

 たまに朝のワイドショーをつけていると、奇妙なものが目に入る。そのとき「思い出をどう残すか」という街頭インタビューを前フリに、「形見」として紹介されたのが、黄色いダイヤモンド。色の薄いべっこう飴のかけらにも似ているが、透明感と輝きは確かにダイヤ。遺灰を固めて作ったものだという。もちろん焼いた骨は炭素だから圧縮すれば人工ダイヤができるはずだが、それを商売にした人がいる。死んだ人の骨片を口の中に入れる小説はあった。形見というよりも、相手を永遠に自分のものにするとか、傍に置き続けたいということだろうが、錬金術やオカルトっぽい匂いもする。骨のままなら気味悪いが、高価できれいな物なら大事にできる。だからこのダイヤは、人間の欲望と死を象徴しているのだろう。人により窒素含有量が違い色あいが異なるらしいが、生前の行いで色が変わると面白い。
 テレビではペットのダイヤなら作りたいという意見もあったが、指輪にしたとしても、見せられたら、ペットでもちょっとおぞましい。独身女性が増えペットブームが過熱しているが、「骨まで愛」されると、ペットはいい迷惑だろう。ネコなど決して従順ではないが、人間の一方的な愛と所有の関係であることに変わりはない。子どもや恋人の代償だろうし、そのブームは、一方的な愛と愛しあえない人の増加を示しているのかもしれない。
 アンジェイ・ワイダの映画で、ポーランドのジェームス・ディーンといわれたチブルスキは、日本でも多くのファンを獲得した。列車の横を逃げ、倒れて死ぬ姿が鮮烈だったサングラスの青年は、67年に列車事故で死んだ。死んでも、熱心なファンが掘り起こしてダイヤにするとか、盗んでダイヤにして売る闇商売もできるかもしれない。ファン心理、一方的な愛の究極だが、そうなれば、映画のタイトルそのままだ。そういえば、チブルスキを追悼した映画のタイトルは、『すべて売り物』だった。

                          04/11/01  志賀信夫

【コラム】

銀座

勤務地が銀座に移転して半年。猛暑の最中はモグラのような昼休みを過ごしていましたが、ようやく銀座を楽しめるようになりました。1時間のお昼休みでもけっこうあちこち歩き回れます。いわゆる銀座というのは1丁目から8丁目。JR東京駅と有楽町の間くらいから新橋駅のちょっと手前までだから、山手線でちょうどひと駅。そして、その山手線(新幹線)ガード下から、歌舞伎座を越えて築地あたりまでが一方の軸と言えるでしょうか。山脈のような高速道路に囲まれた、ちょっと特別な土地のようにも思えます。やっぱり「四丁目の交差点」がどの方向からも中心になります。
目的地までとにかく行く。という速度で歩けば、昼ご飯を食べたあとに銀座の端から端まで楽々動けます。「四丁目の交差点」を起点にすると、端まで徒歩5分。私の基準では、この徒歩5分圏内が銀座ということになりました。移転当初は「一日一筋」。通りを一本くまなく見て歩くことが目標でしたが、とてもとても。。。あちらこちらショーウィンドウを眺めながら歩けば、何倍にも何十倍にも増えていく所要時間です。
そのショーウィンドウ。シャネルだエルメスだと毎日みていると不思議と物欲がなくなります。やっぱり「いいな、きれいだな」と思います。だけど、欲しいとは思わなくなってくる。もともとブランド品というのが「欲しいモノ」ではなかったせいもあるけど、持つべき人が持ってこそ、としみじみ感じる毎日なのです。あんなに「いいお店」がいっぱいあって、買い物してる人も大勢いるのに、そこの品物を持った「すっごくカッコいい人」が滅多に歩いていないのが不思議でもあります。

                          04/11/08  WADA

【コラム】

ペットボトル

 コンビニに入って驚いた。見覚えのある鶏たちの姿が目に入る。まさかと思い近づくと、それはまぎれもない『群鶏図』、伊藤若冲ではないか。20年前に本物を見たときは、しばらく動けなかった。数年前、京都で大展覧会が開かれた。そして最近の森美術館のオープニングでは、若冲が目玉の一つになっていた。

 千葉市美術館で曽我蕭白展が開かれ、大野一雄がその『柳下鬼女図』を踊ったことがある。その簫白とともに、1960年代に澁澤龍彦が紹介したのが始まりだが、なぜかここ数年急速に若冲人気が高まった。奇想の画家ともいわれるが、特に変わった題材を描くわけではない。細密に描写される動植物の徹底したリアリズム、その偏執と構図が奇妙な世界に引きずり込む。マニエリスムやアルチンボルドさえ連想させるマニアックな画家なのに、それが140円でコンビニ飲料の棚に収まっていた。これを見て、再びしばらく動けなかった。

 有名なボルドーワイン、ムートン・ロートシルトの画家シリーズにはダリもウォーホールもある。だが、安っぽいお茶のボトルとなってコーラや缶コーヒーと並んでいるのは、悲しいが愉快でもある。金刀比羅宮では若冲の『花丸図』が125年振りに公開されている。仰々しい寺社仏閣にこのボトルを手に入っていくならば、それは楽しい光景ではないか。

 いま使用済みペットボトルの争奪戦が起こっている。急速に発展する中国では、プラスチック原料として需要が増し、日本のゴミ捨場では、分別されたペットボトルを中国の業者が買い付けに走るという。近世の日本画は中国絵画の影響を大きく受け、多くの画家たちが模写で技術を磨いたが、若冲による虎の絵の模写も京都では展示されていた。その彼の群鶏図のボトルが、日本で消費され捨てられると中国に流れていく。これは美術と経済が絡み合う、奇妙なリサイクルなのかもしれない。

                          04/11/15  志賀 信夫

【コラム】

オレオレ

 そんな手口の詐欺があるのかと知ってから、まだ1年たってないように思うのですが、「オレオレ詐欺」まだまだ猛威を振るっているようです。
うちでは外から家に電話する場合、母と私は「あたし〜」と名乗ります。その口調は母の実家ゆずりのもので、「オレオレ詐欺」かどうか聞き分ける手立てになっているかもしれません。ただ、声がものすごく似ているので、家に父が一人でいる時に「あたし〜」の電話を受けるとどっちからだかわからないらしいです。父としてのプライド(?)にかけて「誰?どっち?」とは聞けないようです。逆に父が家に電話した場合、「・・・って、お母さんに伝えて?」と一言つきます。母か私か、どっちが電話を受けたか、わかってない証拠なのですが、母が受けた時も「お母さんに」の一言があるそうなので、その場合、私になりすましたまま電話を切ります。帰ってきてから、「さっきの電話どっちが出たのかわかった?」と毎回のようにつっこまれてます。
母の実家ゆずりの「あたし〜」ですが、母の姉妹3人がそっくりな声で「あたし〜」と我が家に電話をしてきます。そして、おばたちの娘もまた「あたし〜」と電話してきます。さらにそれぞれ「××です。」と受けた電話に名乗らない。電話の受け答えの躾がちゃんとできてないこと甚だしい一族ですが、架けた方・受けた方、それぞれ「誰だかはっきりしないけど、親戚の誰か」というのだけは確かで、近況報告を交わしつつ、「○ちゃんちの叔母さんだ」と探っていきます。たまに「母に代わります」と言いそびれたまま話が核心に進んでしまうこともあります。また、しばらく話したあと、「あらやだ、○○にかけたつもりだったのに」ということもあります。「○○のあと、そっちにかけるつもりだったから、まあいいわね」と。

                          04/11/22  WADA

【コラム】

失われた体

 生き人形を知っているだろうか。江戸から明治にかけて見世物小屋などで使われた等身大の人形で、その興行は1日数千人を動員した。芝居の名場面などを人形と背景、いまでいうジオラマで再現し、弁士が語る。見世物人形だから頭と手足は精巧だが、着物を着せられる胴体は骨組だけが普通だった。だが映画の普及とともに廃れていく。京人形の技法を応用し、木を削り胡紛を塗って磨き人肌を作るが、実物の美しさは言葉にできない。
 当時海外から依頼がきて、博物学や人類学的な東洋紹介に利用された。スミソニアン博物館の松本喜三郎による男性人形の腕は本物そのもの。この技術は日本のマネキン制作に生かされ、人間国宝となった人形作家の平田郷陽は生き人形師の出身だ。だが張子の部分など脆く、完全な形で残るものは僅かしかない。
 夏から秋にかけて展覧会が開かれた。仏像として寺に奉納された人形、欧米の博物館収蔵品まで集めた大規模なものだった。文化史的な見世物の復権や人形ブームもあるが、熊本で現代美術館、大阪では歴史博物館が展示したのは、その位置づけが定まらないためだろう。
 「人体の不思議」展に若い女性が集まると聞く。95年の解剖学会百周年の展覧会が見世物となり巡業している。死体の尊厳も問題になっているようだが、プラスチックで固め輪切りにした姿に、当時とても惹きつけられた。喜三郎が東大医学部の依頼で人体解剖見本を作ったように、科学と見世物と美術の境界は曖昧だ。
 生き人形の魅力は、身体のリアリティなのだろう。エスカレーターを使い、サプリメントに頼る私たちは、テレビアイドルの小顔、スリムといった同じような理想的ボディを追い求め、自分の体の現実感を失いつつある。それに対して死体や生き人形、百年以上前の超リアリズムが、本当の体を見せつける。失われた生き人形は、私たちの失われた体なのかもしれない。

                          04/11/29  志賀 信夫


無断転載禁止 掲載:アーク編集室

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