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ヤマさんの公表雑文帖

高知の映画状況、雑感
機関紙「ぱん・ふぉーかす」第108号('98. 5.15.)掲載[発行:高知映画鑑賞会]

 前回の例会作品が『素晴らしき日』に決まったときは、高知映画鑑賞会の例会作品として、かなりの違和感を覚えた記憶がある。“バレンタイン・デイに贈る…ロマンティック・ラブ・ストーリー”などというのは、いくらなんでも安直にすぎるんじゃないかっていう気がしないでもなかった。またその一方で、鑑賞会も例会作品で20世紀FOXなんてメジャー配給の作品をやれるようになったのかと、ある種の感
慨も湧いた。
 しかし考えてみれば、高知映画鑑賞会の上映作品選定の基本方針は、高知で観られない優れた映画ということである。それならば、いま高知で最もスクリーンで観る機会を失っているのは、こういったメジャー配給のなかのマイナー作品ではないだろうか。メジャー配給の娯楽大作は、もちろん映画館がやってくれている。独立配給の個性的な作品やアート系の作品も、いまや年間100本を越えるという、かつての状況からは考えられないくらいに頻繁におこなわれるようになったオフ・シアター(劇場外上映)によって、観るべき作品のほとんどがカヴァーされるようになっている。高知の映画状況は、今までにないほどの豊かさを誇るようになったと言っても過言ではない。
 それら100本を越えるオフ・シアターのほとんど全てが個性的な映画やアート系の作品あるいは企画上映で、そのラインナップにいわゆるメジャー配給の作品が乗っかってくることは、あまりない。わずかに市民映画会や芸術祭特選映画に、そういった期待が寄せられるだけである。

 今回『素晴らしき日』を上映してみて思ったのは、特に抜きん出た作品ではないのだけれども、こういうテイストの映画をスクリーンを通して味わったのは、本当に久しぶりだなということだった。強烈な刺激や際立った個性、目を奪われるような斬新な映像感覚や強い問題意識といったオフ・シアターとして敢えて上映される作品とは全く違った味わいがある。それはまた、娯楽大作に見られるような、贅沢な製作投資と過剰なまでの刺激にあふれ、おおげさに言えば何も考えずにひたすら楽しむだけの映画とも違った味わいだ。メジャー・マイナー問わず、今の映画は刺激が強いのが当たり前というなかで、強烈なものは何もなく、穏やかな娯楽性が楽天的な世界観のもとに微笑ましく綴られる。こういう毒にも薬にもならないけれど気持ちのいい映画、楽しい映画というものに、以前はごく当たり前のようにして出会うことができていたような気がする。これがメジャー配給のなかのマイナー作品ならではの味わいだと思うのだが、それに出会う機会が本当に少なくなっているのだと思う。

 そういう点では、キネ旬3月下旬号の読者の映画評欄に高知市の会社員、坂本珠理さんが『素晴らしき日』の評を寄せて掲載となっているのを見つけたときには、上映した側として何とも嬉しい思いをした。ビデオ発売はまだだったはずだから、おそらく我々の上映会に足を運んでくれたのだろう。観るだけでなく、評を綴り、投稿する気になってもらえる作品を上映できたということなのだ。
 奇しくも今回の上映作品(『マイケル・コリンズ』)もワーナー・ブラザースというメジャー配給の映画である。『素晴らしき日』とは、また違った面でのメジャー配給の地味な作品の味わいというものを見つけていただけたらと思っている。


無断転載禁止 掲載:アーク編集室

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