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ヤマさんの公表雑文帖

高知の自主上映あれこれ
 高知新聞学芸欄「月曜随想」('98. 3.16.)掲載[発行:高知新聞社]

 最近は、毎週のように自主上映会が開催されるようになってきた。こういった活動に携わっている私でも全ての上映会に参加することがなかなか困難になっている。ちなみに、この一年間に私がホール上映という形で出会った映画の数は、高知県立美術館の映画会や市民映画会も含めると百本以上になる。いわゆる自主上映グループが上映した作品だけでも五十本以上だ。これは大変な数で、全国でも例のないことだと思う。そのほぼ全てが、活動歴の長い順に挙げると、高知映画鑑賞会・高知シネマクラブ・シネマサンライズ(B級遊民あらため)・シネマLTG・ムービージャンキー・飲茶電影倶楽部の六グループによる上映会である。そして、これらの自主上映グループを主宰したり運営している人のほとんどが、かつて高知映画鑑賞会の運営委員をしていたか、現在の高知映画鑑賞会の運営を支えている人たちだ。
 おかげで、十年前には都会に足を運んで観るしかなかった類の新作映画の大半が、高知に居ながらにして観ることができるようになった。その年に公開されるアート系の観るべき作品で、高知で上映されない作品というのは、ほとんどないというところまで来ている。しかし、これだけの数のホール上映が曲がりなりにも継続していることには、主宰者たちの熱意もさることながら、次の二つの要素が大きく貢献している。すなわち、十年以上前には考えられなかったような協力がマスコミや興行の業界から得られるようになったことと市民映画会や美術館の上映会などを含めた劇場外上映が総体となって、ホールにおける映画の上映が決して特別なものではないと感じさせる状況を築いてきたということだ。それらが浸透してきたからこそ、これだけの数の上映会が成立するのである。実際、映画をスクリーンで観ようとする高知の人口は、確実に十年前よりも増加している。

 このような状況のなかで、年六回程度しか上映会をおこなっていない高知映画鑑賞会が、主宰者も持たず、専任スタッフもほとんどいない形で活動を継続していくことについての困難さというものに直面した。それを契機に昨年末、高知映画鑑賞会の活動の意義と必要性を再確認することも含めて、解散問題を議題に緊急総会を開催した。早い話が、高知映画鑑賞会の役割はもはや終わったのではないかということだ。しかし、出席者からは「高知の自主上映のシンボル的な団体であり、つぶしたくない」「例会の数だけでその存在価値が決まるのではない」「上映団体としてよりも、その活動形態・活動の在り方に意味がある」「上映会は多いに越したことない。選択の幅が広がるのはよいこと」「鑑賞会が果たしてきた役割は大きく、今後も存続させるべきだ」といった存続を求める意見ばかりが目立った。私が個人的に感銘を受けたのは「誰か一人が個人的に背負う形で続けて会の名前だけが残っても、それはもはや鑑賞会ではない」という意見だった。事務所を維持していることや機関紙“ぱん・ふぉーかす”を定期的に発行していることを別にして、高知映画鑑賞会に他の自主上映グループにはない独自の個性と意義があるとしたら、まさにこの点だとかねがね思っていたからである。一口に自主上映と言ってもいろんな在り様があるし、もちろんそれでいいのだが、他に自ら主宰したり運営に携わったりしながらも、高知映画鑑賞会を存続させることを望み、そのための新たなるエネルギーを提供しようという人たちが現れたのは、まさしくそういうことだったのではないだろうか。でなけば、上映作品の選定一つとっても内部協議に手間がかかり、主宰者の個性で即決できないだけでなく、責任の所在も不明瞭な活動形態に意義などあるわけがない。

 年が明けて、毎週木曜夜の定例運営委員会には、それまでの倍の人数の映画好きが集うこととなった。運営委員になってもらえなくてもいい、事務所に人が集まり、活気があるというのは何ともいいものだと運営委員の一人として改めて思った。幾多の経済的危機を乗り越え、今回初めて差し迫った形での人的危機を迎えたが、またしても鑑賞会はしぶとく生き残った。だてに二十年も継続してきたのではないのだなと高知映画鑑賞会の底力のようなものを教えられた気がしている。


無断転載禁止 掲載:アーク編集室

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