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ヤマさんの公表雑文帖

「高知アジア映画祭」への招待
高知新聞学芸欄('95. 9.22.)掲載[発行:高知新聞社]

 今年で七回目を数える高知アジア映画祭が、九月二十八日から十月一日までの四日間、高知県立美術館ホールで開催される。この映画祭は、十月六日の国際協力の日にちなんで、高知県と高知映画鑑賞会が連携して始めたものである。そして、こうち国際交流フェアの中核事業として毎年の開催を続けてくる中で、(財)高知県国際交流協会、高知県立美術館と共同主催者の輪を広げてきている。

 特に今年は、新たに(財)高知県文化財団が共同主催に加わることにより、この映画祭としては、初めてゲストを迎えることが可能になった。十月一日の日曜日には、国際交流基金アジアセンター(旧アセアン文化センター)のフィルム・コーディネーターである石坂健治氏が、「リノ・ブロッカという多面体」をテーマに講演を行う。フィリピンを代表する映画監督である、故リノ・ブロッカ作品は、今回のプログラムでも特集的に取り上げられているが、娯楽映画をヒットさせつつ、芸術作品に取り組み、政治的社会的問題提起をも行うといった彼の映画作家としての多面的なありようについて、フィリピンの映画状況を交えながら解りやすく興味深い話をしてくれることになっている。さらに、前日の九月三十日の土曜日には、フィリピンの映像作家ロックス・リー氏と石坂氏との対談が用意されている。

 また、上映プログラムもこれまでの高知アジア映画祭とは一味違っていて、芸術的薫り高い作品から娯楽性豊かな劇映画作品に加えて、実験映画やドキュメンタリー映画までもがフィリピン特集の名の下に集まっている。さまざまな好みの観客の方々に何らかの形で応え得る幅の広さを獲得できたと言えるのではなかろうか。特に今回は、日本人側からの眼差しという意味で、二人の日本人監督の作品が上映されるところが目新しい。『妻はフィリピーナ』(寺田靖範監督)と『忘れられた子供たち スカベンジャー』(四ノ宮浩監督)である。前者は、日本映画監督協会新人賞に輝いた作品で、寺田監督がフィリピン女性と結婚し、日本で一家を構えた自らの体験を記録した私小説風のドキュメンタリー映画である。後者は、アジア最大のスラムと言われるスモーキーマウンテンでごみを拾って生活をする子供たちを中心に六年がかりで撮り続けた作品。これ以上の悲惨はないと思える生活に生きる子供たちの命の輝きを捉え、不思議な美しさに満ちた映画となっている。

 リノ・ブロッカ監督作品は、特集的に四本上映されるが、中でも注目は『マニラ・光る爪』。主人公の生活と挫折を通して、マニラに象徴される現代社会の歪みと矛盾を強烈な批判精神をもって描いたこの作品は、リノ・ブロッカの名を世界に知らしめたし、彼の代表作として高い評価も得ている。

 『悪夢の香り』は、昨年『虹のアルバム』の上映とともに来高し、美術館ホールで風変わりなパフォーマンスを披露したキドラック・タヒミック監督の七七年の作品。
かのフランシス・コッポラが注目し、アメリカでの配給権を獲得したし、この映画によってタヒミックは、アジアのゴダールと評されたりもした。
 ゲストとして今回来高するロックス・リーの八作品は、すべて短編映画であるが、社会の現実を象徴化することによって、より効果的な映像表現を創り出す彼の映画は、シンプルにして風変わりだが、とても魅力的だと評されている。
 そのほか、リノ・ブロッカ以前の巨匠とされるヘラルド・デ・レオン監督の手により、フィリピンの国民的文学を映画化した『ノリ・メ・タン・ヘレ』やアセアン・ヤングシネマ・フェスティバルでグランプリを受賞した『樵(きこり)』(ノエル・F・リム監督)など、この機会を逃すとなかなか観ることのできない興味深い作品群である。
 しかも、これまでの高知アジア映画祭は、一挙に何本も上映しながら、一作品については一回の上映しかしていなかったけれども、今回は、どの作品も二回上映が基本になっている。従って、全作品を観ようとすると、連日朝から晩まで観続けるしかなかったものが、うまく時間調整するともう少し余裕をもった良いコンディションで楽しめるようになっている。料金的には、これまでの無料が有料化されたが、一プログラム当たり百円という破格の低料金で、従前にはなかった中身の濃い企画と鑑賞条件が得られるようになったのだから、有料化のメリットだと考えてもらえると、大変ありがたいところである。


無断転載禁止 掲載:アーク編集室

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