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ヤマさんの公表雑文帖

高知新聞「第178回市民映画会 見どころ解説」
'16. 1. 6.
次代に何を与え得るか
『アリスのままで』(Still Alice) 監督 リチャード・グラツァー&ワッシュ・ウェストモアランド
『陽だまりハウスでマラソンを』(Sein Letztes Rennen) 監督 キリアン・リートホーフ
掲載[発行:高知新聞社]

 今回は、妻が若年性アルツハイマーに見舞われた夫婦の物語と、高齢と病による要介護から施設暮らしを余儀なくされた夫婦の物語が並んだが、個人的には、どちらとも夫婦以上にその娘の人物造形が印象深い作品だったように思う。

 のほほんとした印象を与える邦題とは異なる原題「彼のラストラン」にふさわしい、ある種の厳しさと達成感をもたらしてくれる映画だった『陽だまりハウスでマラソンを』は、あちこちに映画的虚構が強く窺える作品だ。そもそも半世紀以上も前のメルボルン五輪金メダリストとの設定のパウル・アヴァホフ(ディーター・ハラーフォルデン)が高齢者施設に入所しながら、本作に描かれたような形でベルリンマラソンに出走できるのか、また、垣間見えるドイツの施設介護の事情が、どこまで実際に即しているのか、いささか心許ない気がした。しかし、近年はやり始めた“終活”なるものを考えるうえでは、やはり次代に何を与え得るかが要点になるということを明確に打ち出していて、子ども世代の作り手からのエールの感じられる作品になっていた。

 また、五十歳で若年性アルツハイマーに見舞われる国際的な言語学者で大学教授のアリスを演じて、ジュリアン・ムーアがアカデミー賞の主演女優賞を受賞した『アリスのままで』も、ある意味、終活を描いた作品だと言える。知性によって自己規定してきた自分の根幹を破壊される恐怖に見舞われながら、病魔と闘う意思をユーモアも交えて表現している姿が感動的だったが、それ以上に、はみ出し娘の次女リディア(クリステン・スチュワート)との関係を描いた母娘ものとして、心打たれる映画だ。

 戦後ドイツを勇気づけた国民的英雄たるアスリートの娘として育った『陽だまりハウスでマラソンを』のビルギット(ハイケ・マカッシュ)と、医学部に進んだ兄や法学部に行ってキャリア形成をした姉と違って、母親の忠告に逆らって演劇を志していた『アリスのままで』のリディア。二人とも心ならずも生きにくい人生を歩んでいるように見受けられたのだが、いささか屈託を抱えて対していたと思しき親の懸命の終活プロセスを目の当たりにするなかで、新たなる生の踏み出しを得ているように感じられた。

 人が終活として最後に果たすべきことは、まさにそういうことであって、資産整理や葬儀費用の工面などが眼目ではない宿題への取り組みなのだろう。終活は、それを片付け得るチャンスでもあることへの気づきを与えてくれる作品だ。


無断転載禁止 掲載:アーク編集室

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