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ヤマさんの公表雑文帖

高知新聞「第172回市民映画会“心打つ家族の物語”」
'14. 1.24.
<『インポッシブル』(The Impossible)監督 J・A・バヨナ&『ヒッチコック』(Hitchcock)監督 サーシャ・ガヴァシ>掲載[発行:高知新聞社]

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 実話に基づく2作品が並んだ。『インポッシブル』では2004年のスマトラ沖大地震そのものほどには知られていない被災家族のベロン一家、『ヒッチコック』ではサスペンス映画の巨匠ほどには世間に知られていない彼の妻アルマ(ヘレン・ミレン)を中心に描いていて、どちらの作品も、名もなき人々の生き様にこそ人の心を打つものがあることを伝えてくれる。
 前者では、育児休業中の女医マリア(ナオミ・ワッツ)が津波の濁流に押し流される場面が圧巻で、イーストウッド監督の『ヒアアフター』['10]での津波シーンよりも激烈に描き出されていた。しかし、その痛々しい姿が被災の惨状を伝える以上に、人には「人を助け、人の役に立ちたい」という意思があることへの信頼感を呼び起こしてくれ、感動的だ。現にモデルとなった一家が現地の人たちに救われたからこそ、このような映画が撮られているわけだ。保険会社があれだけ手厚く素早い保障対応をしたのか疑念も湧いたが、本当なら驚くほかない。
 映画のなかに、大人が次世代の者に伝えなければならないものが折り込まれている点が好もしく、単に五人家族の絆(夫:ユアン・マクレガー)を謳いあげる作品にはなっていないのが素敵だった。
 後者では、かの最高傑作と名高い『サイコ』['60]が、妻の助言を受けて編集し直すことで蘇ったものだった点が、映画好きとしては印象深い。ヒッチコック(アンソニー・ホプキンス)自身が「駄作だ」と零していたものを「映画は編集よ、そして、あなたは誰よりも編集の達人でしょ」と鼓舞し、一緒に編集作業をやり直していた。あの時代に、あらゆる場面でヒッチコックと五分に渡り合っていたアルマに快哉を挙げる女性はきっと多いはず。また、ブロンド・マニアの夫に苛立ち、夫の不摂生な美食趣味から健康を気遣う姿に共感を覚える細君も。
 もっと毒気の強いドラマにもなったはずの夫婦の物語を、ヒッチコックが没年一年前にアメリカ映画協会功労賞を受賞したときに妻に贈った素晴らしい賛辞と感謝に寄り添って仕立てあげている。そこに作り手のヒッチコック夫妻へのリスペクトが窺える作品だ。長く連れ添った夫婦はかくありたいものながら、その賛辞に至るまでに波風は尽きないということだろう。
 何かによらず妻の目を盗もうとしていたらしいヒッチコックにとっての最大のサスペンスは、実は目敏く目利きのアルマとの生活だったのかもしれない。


無断転載禁止 掲載:アーク編集室

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