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ヤマさんの公表雑文帖

高知新聞「第170回市民映画会 “貧しくも逞しい人々”」
'13. 6.14.
<『屋根裏部屋のマリアたち』(Les femmes du 6eme etage) 監督 フィリップ・ル・ゲイ>掲載[発行:高知新聞社]

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 さしたる不足を何も感じることなく、安定した日々を過ごしていた資産家ジャン=ルイ・ジュベール(ファブリス・ルキーニ)に訪れた人生の転機を描いた作品だ。男と女あってこその人生という、いかにもフレンチな映画なのだが、危うくも刺激的で且つ微笑ましいという味わいがなかなかユニークで、軽妙さのなかに思いのほか深みがある。
 原題の『6階の女たち』を『屋根裏部屋のマリアたち』と訳した邦題が上手い。マリアといえば“聖母”なのだが、ジャン=ルイが所有し暮らすアパルトメントの6階に住むメイドのスペイン女性たちに誰もがそれを感じられるものではなかろう。けれども、彼にとっては紛れもなく、彼女たちは己が人生に歓びと活力を与えてくれた聖母たちなのだ。そのなかでも格別の存在で、実際の名もマリアだった女性(ナタリア・ベルベケ)が未婚の母なのは、お約束とも言うべきことかもしれない。
 舞台となった1962年当時、スペインはフランコ独裁政権下にあって内戦の傷痕も生々しく、高度成長期の夜明け前の時点でまだまだ貧しくて、フランスには多くの人が出稼ぎに来ていたのだろう。だが、経済的に貧しく政治的に不自由な彼らのほうが、資産家のジュベール夫妻たちフランス人ブルジョワジーよりも明るく逞しく生き生きとしている。その姿にジャン=ルイが感化されていく様子に納得感があった。人生において、最も大切なものが何なのか、今を生きる我々にとっても見過ごせないテーマだ。
 フランス人もラテン系で解放的としたものだが、スペイン人と比べれば、その陽気さとタフさで、とうてい及ばないところが何とも可笑しい。ジャン=ルイの妻シュザンヌ(サンドリーヌ・キベルラン)は、下界ならぬ下の階から、天上ならぬ6階へと“居場所”を求めて移り住んだ夫の姿から、自分たちが見失っていたものへの気付きを得るくらいには聡明な女性だ。それゆえ彼の選択を支持できる人と支持できない人に分かれるだろうが、マリアの肝っ玉叔母さんコンセプシオン(カルメン・マウラ)の夫が「うちの女房には、愛というものが分っちゃいない」とジャン=ルイに囁く台詞がなかなかいい。昨今、男のほうにそういう台詞を言わせる作品には、とんとお目にかかったことがないような気がして、何だか痛快だった。


無断転載禁止 掲載:アーク編集室

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