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ヤマさんの公表雑文帖

人間くさい文豪と悪妻
 『終着駅 トルストイ最後の旅』(The Last Station) 監督 マイケル・ホフマン
高知新聞「第164回市民映画会 見どころ解説」('11. 6.20.)掲載[発行:高知新聞社]

   トルストイの没年となった1910年の彼の家出を堂々たる画と演技で描いた、実に風格と奥行きのある秀作だ。82歳の高齢での家出に追いやり、結果的に死なせるに至ったのだから、彼の妻ソフィヤが悪妻とされるのも故なしではない。そのような大文豪と希代の悪妻のカップルという、常人からは掛け離れたイメージの二人を、とても卑近な人間らしさで描き出していたところが出色。
 ロシア語ではなく英語なのが難点だけれども、トルストイ(クリストファー・プラマー)はソフィヤとの出会いについて、頭文字暗号文の最初の二つの「Y」を「Your Youth」で始まると解題しただけで全文を読み上げるくらい自分と波長が合ったと語る。そのエピソードが効いてくるエンディング場面が見どころだ。
 コミューンまで形成してトルストイ主義を実践しようとしていた信奉者たちから、彼女が悪妻とされるのはもっともかもしれない。けれども、映画の中のソフィヤは、弟子たちから祭り上げられ偶像化されることで自分を見失っているように思える夫を、本来の姿に戻そうと格闘していたようにも映る。気高い理想に熱弁を振るうトルストイの演説レコードをオペラ『フィガロの結婚』のアリアに掛け替え、その機嫌を回復させることができていたソフィヤが決して単なる悪妻ではなかったことを、情感豊かに説得力を持って演じたヘレン・ミレンが素晴らしい。
 そして、自ら掲げながらもトルストイ自身が果たせていなかった“とらわれのない自由と公平性”というものを最も体現していたのは、チェルトコフ(ポール・ジアマッティ)をはじめとする弟子たちではなく、マーシャ(ケリー・コンドン)であるように感じられた。その人物造形に込められた作り手の意図をくみ取る妙味を楽しんでもらいたい。

'11. 6.20. 高知新聞「第164回市民映画会 見どころ解説」


無断転載禁止 掲載:アーク編集室

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