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ヤマさんの公表雑文帖

必要な不便・非効率
高知新聞「所感雑感」('09.11.27.)掲載[発行:高知新聞社]

   物事にはなんでも両面あるとしたものなのに、不便・非効率が絶対悪のように言われるのは何故だろう。最近のことで私が最も憤慨したのは、携帯電話から口座振り込みのできるサービスが始まったことだ。一方で振り込め詐欺を何とかして押さえ込もうと、ATMに人の配置までして取り組みながら、他方ではこういうことを始めてしまう不合理に、社会としてのトータルコストや安全・安心を考えているようすは少しも窺えない。近所付き合いのよしみで銀行まで乗せて行ってもらっていた独居老人が、いずれやむなく携帯電話からの振込みを始めたりするのだろう。他に方法がないからこそ頼めたことを奪い、人と人との繋がりをますます希薄化させる。便利・効率化というものはそういうものだ。金に換えがたい価値を商品化して金銭的価値に代え、掛け替えのないものを損なわせる。
 そういう効率社会化のなかで、国際交流基金の買い上げた邦画作品の上映権料が8千万円以上無駄になっていると先ごろ会計検査院が指摘したようだ。買い上げながら上映されていない作品が目立つとのことだ。そうなった理由の一つに、性的な描写が多い作品やヤクザ映画、怪談怪奇ものの海外での上映を現地担当者が嫌ったことが窺えた。購入作品の選定は外部の映画評論家らによる選考委員会が行い、上映会は大使館などの現地“文化担当者”が行っているらしい。東京では、同基金が直に主催して英語字幕付き日本映画上映会を開いたが、「ジャパニーズ・ホラー傑作選」とか「巨匠が描いた花街の女たち」といったプログラムが地方にも聞こえてくるたびに、その企画性に感心していた。他国の文化を知る媒体として映画に勝るものはないとかねてより思っているが、その真髄は、芸術作品よりも大衆娯楽作品のほうにこそ宿っている。文化交流の見識もここまで来たかと快哉を挙げていた。ところが、まさにそこが仇となって指摘を受けたわけだ。
 現地の“文化担当者”の上司・責任者の意識がそこまでに至っていないから、こういうことが起こるのだろうが、おそらく買上げ作品の選定のほうが見直され、旧態然とした作品群に戻るか、下手すると上映権の購入自体が停まってしまうのだろう。国際文化交流の観点からも、映画文化振興の観点からも、同基金のような公的機関が財政支出を行うことは非常に重要だ。それなのに、より効力のある事業を行おうとすれば、決まったように内部的に潰されてしまうのがマスの不見識に晒される公的機関の宿命と言ってしまえばそれまでだが、なんとももったいない。とりわけ文化交流・芸術振興といった分野は効率性とは馴染みにくい分野だ。だから、真っ先に切り込まれるのだが、教育・文化への公的投資こそが未来を作り上げるということをこの国は何故学べないでいるのだろう。
 ともあれ、なんでも不便・非効率がよくないことだという感覚だけは、克服したいものだ。少なくとも携帯電話から口座振り込みができるというサービスは規制されなければならない。個々人で選択できるなどと言うのだろうが、道が開かれば圧力が掛かる。現に私は、携帯電話の不所持を続けるのにけっこう難儀をしている。

'09.11.27. 高知新聞「所感雑感」


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