Arts Calendar/Art's Report site/《YAMAsan no Live_bibouroku》'17.11.10.


vol.298

'17.11.10.

ASP イッツフォーリーズ公演『青空の休暇』(高知市民劇場第329回例会)

会場:高知市文化プラザかるぽーと大ホール
  
 まさか七十代老人の青春アドベンチャーだとは思わなかった。真珠湾攻撃の頃に二十歳だったとしても1991年には七十歳になるから、そのための1991年だったようだ。ただそうすると、青春TVドラマ『われら青春!』の主題歌が、彼らにとって子供と歌った思い出の歌だというのは少々苦しい気がするのは、僕が同時代でそのTVドラマを観ているからだが、主題歌の♪帰らざる日のために♪は本作のモチーフとして欠くことができなかったのだろう。青春ドラマに似つかわしい涙と甘さと苦みが宿っていたような気がする。

 ハワイの真珠湾を訪ねた日本の爆撃機搭乗員の戦友三人が、自分たちの攻撃した米軍艦隊の生き残り兵リチャード(グレッグ・デール)とともに、まさに「帰らざる日のため」に、五十年前に不時着した艦上攻撃機を「青空の彼方」に飛ばそうとする物語を観ながら、“恩讐の彼方に”取り合うべき手というものは、まさにこういうものであってほしいと強い感銘を受けた。四人が乾杯しようとして「何に?」と問うて見つめ合い、「出会いと未来のために」と言った台詞が気に入った。

 そして、この作品に描かれた時代から四半世紀が経って、血肉の通った記憶として戦争を体験している人々の思いとは懸け離れた軽々しさで戦争や武装が語られる時代になっていることに、遣り切れない思いが湧いた。

 九七式艦上攻撃機を操縦した白河(駒田一)や魚雷を落とした栗城(井上一馬)、偵察役の早瀬(宮川浩)、更には一世として、ドキュメンタリー映画『442 日系部隊・アメリカ史上最強の陸軍』にも描かれた日系部隊に参加した父親が遺した不時着機をずっと整備し続けてきた庄吉(田上ひろし)たちのように、太平洋戦争を体験し日米のはざまで迫害と差別に苦しんだ日系アメリカ人が、四半世紀後の今の状況をどう思うか、想像するだに苦しくなる。

 それにしても、本作に登場した白河たちは、開戦時に既に二十代だったろうからまだしも、亡父は大正十五年生まれだから開戦時は十五歳となるわけで、まさしく青春時代を太平洋戦争に奪われていた世代だったわけだが、青春ドラマが好きで、幼い時分の我が家には、布施明が歌う『これが青春だ』の主題歌レコードがあったことや森田公一とトップギャランの歌う♪青春時代♪が好きだったことを思い出した。

 また、日本の男は妻に甘えて母親を求めているからダメなんだと日系三世のケイト(勝部祐子)に言わせたりしながらも、五十年前の不時着機に再び空を飛ばせようと夢中になっている七十代の男たちを少年のようだと愛おしむ姿を女性たちに付与しているあたりが、いかにも辻仁成原作の作品のようにも感じた。

http://www7b.biglobe.ne.jp/~magarinin/2011j/17.htm



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