Arts Calendar/Art's Report site/《YAMAsan no Live_bibouroku》KOCHI 2016


vol.266

KOCHI 2016

【演劇祭KOCHI 2016観劇ラリー参加作品】
会場:藁工蛸蔵

'16. 5.×. 高知大学演劇研究会 『AMMP』
'16. 5.21. ふたりっこプロデュース企画 『歯イタおばさん』
'16. 5.29. Unitout『日曜劇作家』
'16. 6. 5. 屋根裏舞台 『マガタマ』
'16. 6.12. 劇団シャカ力 『シャカ力HOPPA ワレワレは宇宙人ダ』
'16. 6.19. TRY-ANGLE act.26 『大吟醸』
'16. 6.26. シアターホリック 『アーキテクト』
'16. 7. 3. 劇団まんまる 『出航!まんまる丸!』
'16. 7. 9. アフターエンカイ


 今年の演劇祭KOCHIもまた県外からの新規参加の劇団が2つもあった。連年参加も昨年の3劇団から5劇団に増え、屋根裏舞台が四年ぶりに復帰したのは嬉しい出来事だった。


 演劇祭KOCHI2016のスタートは今年も高知大学演劇研究会だったが、残念ながら『AMMP』は高知不在で観劇かなわず。最初の観劇ラリー公演は昨年観ることの出来なかった、ふたりっこプロデュースの『歯イタおばさん』となった。開演前の注意事項として恒例のケータイ電源オフのアナウンスに対して「ムリ!電話かかって来るし、FBしなきゃいけない」と異議を唱える客を演出したオープニングは、音に注意してくれれば録画も写真もOKでFBにもばんばん挙げて広めてくれ、飲食もOKとの型破りをアピールするものだった。僕の隣席に掛けていた老婦人が「ハプニングでしょうか?」と心配そうに尋ねて来たので「違うと思いますよ」と答えてあげたのだけど、そう思う人がいたくらいの迫真性が最初あって面白かった。
 リーフレットに「アンデルセンの名作の数々をダンスと歌をメインにお届けします。」と記された第一部は、歌詞が素敵だった『アンデルセンの歌』、ダンスというよりはパントマイムのようだった『しっかりもののすずの兵隊さん』、二つの花のダンスが目を惹いた『イーダちゃんの花』、楽曲がなかなか見事だった紙人形劇の『みにくいアヒルの子』、靴に踊らされている踊りが達者だった『赤い靴』だった。作詞作曲振付脚色の全てがオリジナル作品のようだが、なかなかこなれているような気がして感心した。
 第二部は、浜田あゆみによる独り芝居の『歯イタおばさん』で、棒付きキャンディーを振舞いつつ客席も巻き込んだり、第一部で使った小道具をどの話の分も活用したりの工夫を凝らしていたことが目を惹いた。プロフィールを読むと、代表の浜田あゆみにしても、ダンサー・振付家の山本香菜子にしても、県外のみならず海外での活動歴もあるようで、演劇祭KOCHIもずいぶんと行動力のある幅広い人材を集めるようになったのだなと思った。


 Unitoutによる『日曜劇作家』は、松山からの参加だ。作・演出の玉井江吏香は日本演出家協会・日本劇作家協会の会員にもなっている初代四国劇王だそうで、非常にコンパクトにまとめられた手際とスピーディーで滑らかな場面転換に感心した。ただ上手くまとまってはいるが、作り手が何を伝え表現したいのかというところでのインパクトが、僕にとっては少々物足りなく感じられた。
 日曜劇作家というタイトルが作・演出の玉井の立ち位置を示したものなのか、本作における呉服屋の跡継ぎ娘(渡邊沙織)と同棲相手だった青年(近藤圭一郎)のことを指しているのか妙に判然としなかったが、確か十歳年下だとか言っていたように思う青年のほうも劇作に携わりながらも、彼には正業と言えるものが感じられずフリーターっぽい印象が強かったから、日曜劇作家というのは呉服屋の跡継ぎ娘のほうのみ指していたような気がする。
 それで言えば、確かに劇中において作劇に従事していることは示されていたが、当日配布の note に玉井が記していたような演劇に対する“生きていくための「熱」や「燃料」に近いもの”を抱えた日曜劇作家としての姿は描かれずに専ら、弟(瀬野義仁)の同窓生らしい歳の離れた同棲相手との関係のほうに焦点が当てられているように感じられた。
 それにしても、蝶の孵化をきちんと認識できる年嵩になる障碍を負った息子を抱え、会社の人事部にて新入社員面接を任される位置にある社員だとの弟の年齢設定はどのくらいだったのだろう。そして、その姉の年齢は本当に弟と十歳も離れている関係なのか?と不審な気がしなくもなかった。呉服屋に先代から仕えている感じのミナミ部長と呼ばれていたような気のする男(三瀬賢太)は、演者よりも相当年嵩が上の設定だろうなと感じられるものがあったように思われるが、総じて登場人物の年齢把握のしにくい作品になっていた気がする。きちんと「いやだ」の言える関係というものをオチに置いて男女関係を描く作品ということなら、やはり彼らの年齢設定がぼやけるとその「日曜劇作家」の部分にも影響が及ぶので、もう一工夫ほしいように感じた。


 2012の『唇度、零』のあと、演劇祭Kochiへの参加が途切れていた屋根裏舞台が戻ってきた。屋根裏舞台第20回公演『マガタマ』は、6年前に観た再公演作品の再々公演で、演出が渡辺枝里から日野早人になっていた。
 前回観たときのライブ備忘録に「視覚空間としての舞台を強く意識していることにおいては、演劇祭KOCHIの参加劇団では常に筆頭格にあって、今回の舞台ではスモークばかりかレーザー光を取り入れた照明も見せてくれていた」と記してあった部分はさらに凝ったものになっていて、美しい色合いとカラー変化の醸し出す幻想的な空間造形やシルエットの印象深さがなかなか鮮やかだったような気がする。  備忘録に「奥田演出ほどには疾走感を役者に強いることはないながらも、渡辺演出でもやたらと舞台上を走りまわっていたし、一人の役者が幾人ものキャラクターを重ねて少ない役者数で回していた。渡辺も安西も裏方に回ったからには、役者の少ない劇団事情というよりは、演出意図として敢えてそうしているらしいことが、そこに窺えたように思う」と記していた部分については、奇しくも当日配布リーフレットの“ご挨拶”に「上演台本に選ぶときに…「役者6人じゃなければ、やる意味がない」と言いました。もともと、3人の台本なのに、なぜ、そんなことを言ったのかというと、「6人じゃなきゃ忘れ物を取り戻せない」からです。」と演出の日野が記しているのが目を惹いた。
 劇中にも出てくる“忘れ物”という言葉を引いて日野が指しているものが何なのかは、よく分からなかったが、キャラクターを重ねていたのが冨田千秋の演じたタケハヤ・スサノヲだけになったことで現代と太古をつなぐ“忘れ物”の意味性が際立ち、観ていて感じ取りやすくなったように思う。
 リーフレットに「字数にしたら、4割は変わっています」と記し、スタッフ名に潤色ともしている日野のいう4割がどこになるのかは、僕に対照できるだけの記憶が残っていないので不明だが、視点をいろいろに変えてみてもしっくりとくる立ち位置が得られずに「描けない、描けない」と零していた とよ(山本優依)の言葉が、太古から受け継ぐ忘れ物を取り戻すことによって、思い込みで他者の心を傷つけたり時に殺し合いまでしてしまう人類や人の生の営みについての新たなビジョンの獲得に繋がるものをイメージさせるに至っているような気がしてちょっと感心した。そのうえでは、卑弥呼を演じた秀美の適度に鷹揚さの漂う台詞回しが利いていたように思う。
 僕にとっては、確かに6人で配役したことに大きな効用があった。


 前回の演劇祭では折り合わず観劇できなかった劇団シャカ力による第10回公演は、子育て応援 ZEROSAI の協力を得て、子供のダンスチーム“ZEROスター”を迎えた『シャカ力 HOPPA ワレワレは宇宙人ダ』だった。僕の歳には耳懐かしい♪トワイライトゾーン♪から♪UFO♪に展開したダンスパフォーマンスは、UFO繋がりで最後のネタにまできちんと絡む構成になっていた。ピンクレディの振り真似は当時、大人から子供まで大流行したものだが、子供たちが踊ると愛らしく、シャカ力のメンバー(行正忠義、井上琢己、畠中昌子、加藤春菜)が踊ると切れよくコミカルで、さすが身体性に長けた劇団だと感心した。
 子供たちが引いた後の「キャラメル・マキアート」にしろ、客演の鍋島恵那の演じるウサギと加藤春菜の演じる亀が不気味に秀逸だった「ウサギと亀」にしろ、「カメ子たちのドライブ」にしろ、「豚の夢」にしろ、シニカルでコミカルな大人の眼差しが効いていてなかなか面白かった。表情や所作などの身体表現のパフォーマンス度の高さ面白さは、オペラ仕立てにしてもメンバー全員の芸達者ぶりに感心させられた。ベテランと言える域にある彼らの強みは、客席の反応や舞台上のハプニングに対しても即応してみせる反射神経の良さで、さすが身体性を鍛えている劇団だけのことはあると思った。井上琢己が阿部寛の下町ロケットの声真似をやりたくてセットしただけのようにも思える、衣装替えの幕間継ぎのようなカエルプリンのパペット劇にしても、ネタとしての原子力やヤドカリ以上に、そのこなれた話術で飽かせない。確かに、腰を伸ばせる時間を与えられることで大いに寛いだように思う。最後の「UFO殺人事件」は前に観たことがあるような気がしたが、カップ麺に関するどうでもいいような蘊蓄が妙に面白かった。
 また、四国劇王?で劇王となり、神奈川かもめ短編演劇祭で演出賞を得たことを随所でアピールしていたように思うが、率直に喜んでいる様に大いに好感を覚えた。


 TRY-ANGLE act.26『大吟醸』は、当日配布のリーフレットの挨拶に「口福に勝るものなし」と謳う劇団の「再演すプロジェクト」第1弾だそうで、思わず“幸福の科学”か?と突っ込みを入れたくなるような企画だった。「本日のメニュー」として並んだ11本のネタは、五品めの『ブラジャー・ブラザース』['08]以外は、全て僕が演劇祭KOCHIを楽しみ始めた2006年よりも前の作品ばかりだったが、三品めと九品めに配された『トーテムとポール』(1['02]、2['03])は、『ブラジャー・ブラザース』とともに、演劇祭 KOCHI 2008の『Bermuda』で観た覚えがあり、十品めの『寿司屋風』['00]も演劇祭 KOCHI 2014の『CONTE LIVE コンタクト』で覚えのある出し物だった。
 会場で配られたアンケートに「今回のネタで面白かったものに〇を 面白くなかったものに×を付けて下さい」という項があったが、それで言えば、僕は最初の『忍者』['00]と六品めの『歌い人〜ポリス編〜』['05]が〇、最後の『狂言誘拐』['00]が◎ということになる。
 作者の谷相裕一であり且つ役者の虎哲がリーフレットに「あの頃面白いと思ったことが、今でも面白いと感じられるのか?いくつになっても馬鹿馬鹿しいことを全力でやり続けている。それが答え。」と記していたが、『忍者』の野良ケンタウルスにしても、モミジの術、変わり身の術にしても、馬鹿馬鹿しいことこのうえないものの、忍者とはまた違った意味での身体術の見せ方が気に入って、妙に面白かった。その後、駄洒落中心のネタが続き、『歌い人〜ポリス編〜』となったが、2014の『CONTE LIVE コンタクト』での『歌い人』について記したような「歌詞が少し聴き取りにくく音質の悪い録音」がほとんどなくまた、耳に覚えのある楽曲ばかりだったので、実に楽しかった。
 領木・虎哲のコンビが四十路に入っているなか、他の四人の役者は全員が二十代で、実に溌剌としていて気持ちがよかった。ベテランと若者の交じり具合がとてもいいように感じられる。特にトーテムとポールの組合せが虎哲と清里達也になっていることの似合いが面白く、「歩、獲り過ぎ!」に吹きだしてしまった。『寿司屋風』の「ショッカー」ネタの脱力する可笑しさに格別のものがあり、「鼻下狩り」に感心。あれは、2008の『Bermuda』での「狩り」シリーズにもあったネタだったのだろうか。寿司ネタとは言えない添え物の「ガリ」がれっきとしたネタとして並んでいたのは、2014の『CONTE LIVE コンタクト』でも同じだったのか気になったが、覚えがない。ともあれ、大いに笑わせてもらえて愉快だった。


 劇団シアターホリックthe side session third『アーキテクト』は、前回の『スクラップ/ビルド』、前々回の『スクラップ』を受けた作品で、当日配布されたリーフレットによれば、「これまでぶっ壊してばかりだったのを反省し、今回は組み立てることにテーマを置きました」というものだ。初回の『スクラップ』でも取り上げていた岸田國士の『葉桜』に加えて、過日、四国劇王?で劇王となった行正忠義が代表を務めるシャカ力の六年前の旗揚げ公演“愛ヲ噴射スル”で演じられた『あいあい』、中平花による新作『新世界』の三作を構成・演出の松島寛和が組み立てたものだ。スクラップシリーズの再構築における「バラバラにする」との要素を排し、商店街のなかの解体される映画館のお別れイベントとして商店街組合有志で芝居公演を行うことになった商店主たちにまつわる物語として構成されていた。
 その意図するところや狙いの持つ意味合いは、またしても僕には響いて来なかったから、松島の企画するスクラップシリーズとの相性はあまりよくないようなのだが、演じ手がみな活き活きとしていて楽しいステージになっていたように思う。
 六年前に『あいあい』を観たとき「女優陣がユニットで登場してくることで得られていた“風通し”が失われて男優ばかりの濃い目の芝居をされると、その演じているネタの質も手伝って随分と息苦しくなってくるようだ」と記していた部分は、役者が松島寛和、藤島素晴、中平花、山田紫織という男女二人づつによるオカマ芝居になっていたことでぐんと軽妙さが増していたように思う。菊地彩那、品田美波による『葉桜』では映画のことを「活動」と呼ぶことの他は、思いの外、大正時代の母娘の会話に時代錯誤の感じがないことが興味深かった。実年齢を大幅に上回るはずの母親役を品田美波がなかなか好演していたような気がする。福田彩香、山田紫織、松島寛和、藤島素晴による『新世界』では、最後の船出と見送りの場面にスケール感があって見映えがした。


 徳島から今回初参加の劇団まんまる第3回公演『出航!まんまる丸! in 高知』は、四人の作家によるオリジナル劇を五本並べてリングアナウンスをもじった紹介で連ねていくオムニバスだった。それぞれ作風の異なる個性の作り手が「面白い奴が偉い!」という劇団コンセプトのもと競い合っているとの話がPPTであったから、そのことを具体に示していたのだろう。
 二作あげていた代表の丸山裕介の作品は、オープニングの『Re:マシュマロ』でのフェラネタにしても『ニシン』の導入部での性行為中の声に合せた屈伸運動にしても、妙な生っぽさが付きまとったりするあたりで好みの分れるところだろうが、前者では実にステロタイプな女の可愛さを見せていた若いヤクザの情婦がよく、また彼が手玉に取られる色仕掛けの「いないいないばぁ」の馬鹿馬鹿しさが実に可笑しかった。『ニシン』では、ウマにもマイクにもギターにもなっていた股間から長く伸びた逸物がなかなか効いていたものの、ちょっととっ散らかった感じのする運びのなかで、愛してる!からエイエイオー!を経て強い叫びで締める力技に妙に説得力があって言い包められるような面白さがあったように思う。
 小川真弘の作・演出による『しにがみ』は、メイクがなかなか強烈だった。死神をペットにして飼うという着想は面白いと思ったが、話としてのこなれが足りないように感じた。大木茂実による女優四人芝居の『残春』では、メガネっ娘の佇まいがなかなかキュートで印象に残った。
 僕が最も面白かったのは、杉本誠一の作・演出による『ブラックチルドレン』で、お話としての剣術修業やら仇討よりも、作品タイトルどおり黒子を主題にしている作劇が反則技のような面白さに満ちていたように思う。なかでも風船割のネタが可笑しく、また、漫画ドラゴンボールをちらりと想起させる念動のスケール感を大勢の黒子出演で醸し出していたことに感心した。
 高知への出向のみならず、まだ二周年と劇団として活動し始めて日が浅いということもあっての「出航!」なのかもしれないが、十九歳から三十九歳まで総勢十九名を劇団員として抱える所帯は立派なもので、身体性の部分をもっと鍛えてキレがよくなると、面白さが倍加しそうに思った。また観る機会が得られたら、そのあたりのところを注目したいと思った。
 PPTでは、作品チラシに掲載していた水着姿を期待している向きもあろうかと、女優二人が水着姿でトーク席の後ろに立つサービス精神を発揮していたことに感心した。高知演劇ネットワークも近頃は四国四県を越えて活動の幅を広げているから、来年の高知演劇祭にも参加してくれるのかもしれないと楽しみになった。


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無断転載禁止 掲載:アーク編集室