Arts Calendar/Art's Report site/《YAMAsan no Live_bibouroku》'16. 9. 12.


vol.271

'16. 9. 12.

グループる・ばる公演『八百屋のお告げ』(高知市民劇場第322回例会)

会場:県民文化ホール・オレンジ

 幸か不幸か僕は「自分の人生には何もない」とか、それとは逆の「自分の生き甲斐は○○だ」とかいう、まぁ、あまり考えても仕方のないような想いに囚われたことがない。もうすぐ還暦を迎えようかという歳にもなってのそれが、いいことなのか寂しいことなのかも今一つピンとこないのだが、毎日毎日することには事欠かず楽しんではいるものの、気分的には暇つぶし感のほうが強い。また、やってみたかったことは量の多寡や質の高低は別にして一通りやってしまい、楽器演奏以外は、取り立ててやり残しているように感じていることも思いつかない。でもって楽器の練習は、今から手を染めるには面倒くささのほうが先に立ってしまう始末だ。

 そういう意味では、八百屋から死のお告げを下された、エンプティ・ネスト症候群に見舞われていたらしい水野多佳子(松金よね子)や、ラーメンマニアのブログに精出す搬送ドライバーの松原光夫(酒向芳)のみならず、少なからぬ屈託や苦難を人生に対して抱えている他の登場人物の誰とも重ならないのだが、とても気持ちのいい芝居を観た感興にしみじみと見舞われた。

 それはおそらく、昨今は児童虐待などの凄惨な話かメダル受賞などの派手で立派な話かの二極化の進んだ現代人の人間像しか伝わってこない印象のメディア情報のなかにあって、本作では、人が本来持ちあわせているはずの素朴な善良さが実に卑近な親和性でもって伝わってきたからだろう。互いが互いのブログの愛読者であったことを思い掛けなくも知り、喜び合う松原光夫【かっぱ】と訪問販売のセールスマン坂手川正信【男爵】(大谷亮介)の姿にしても、亡父の意思を継いで同窓会に水を差すまいとしていたはずなのに、酔った小西邦江(岡本麗)に詰められると、いとも簡単に口を割ってしまう司法浪人28歳の芹沢保(本間剛)の見せていた指揮者ぶりにしても、得も言われぬ善良さに溢れていて感じ入った。

 また、♪フニクリ・フニクラ♪という唄は、とてもヘンな唄だと思っていたことが幼い時分の僕にはあって、どうやら作者の鈴木聡も同じだったらしいことが窺えて、何だか愉快だった。ネガティヴ志向は感情に流されてのもので、ポジティヴ志向は意志の力によるものだというのは、本当にその通りだと思う。問題は、その意志の力をどこから生み出すことができるのかということだろう。

 そういう意味で、多佳子の親友たる本田真知子(田岡美也子)や小西邦江のように近しい関係だからこそ、というのとは違う“袖振り合うも多生の縁”を思わせるような出会いと触れ合いを目にしながら、幾つになっても、生きていればこそ“こよなきひととき”というものは訪れるものだと改めて思わせてくれる本作は、本当に素敵な芝居だと思った。

 折しも帰宅すると、思いも掛けなかった訃報が飛び込んできていた。僕が自主上映の活動に携わる前から上映活動を行ない、僕が手を引いた2001年から後いまなお続けていたユニーク極まりない高知の名物男が、きっと“八百屋のお告げ”を聞くこともなく逝ってしまっていた。ちょうど半年前に『スーパーローカルヒーロー』(監督 田中トシノリ)を観たときの映画日誌に書いたように、通常の人の物差しでは測れないところのある人物だったが、過酷とも自業自得とも言える厳しい環境のなかで、明るくボヤキながら意志の力でポジティヴ志向を貫き通す人生を全うしたような気がする。

 http://www7b.biglobe.ne.jp/~magarinin/2016j/05.htm



ヤマさんのライブ備忘録」の扉へ

無断転載禁止 掲載:アーク編集室