Arts Calendar/Art's Report site/《YAMAsan no Live_bibouroku》10.18.


vol.250

'15.10.18.

演劇 unit ユニット・バス旗揚げ公演『いつか、いつもになる、いつか』

会場:藁工倉庫 蛸蔵

 いろいろな形で覗かせる“今”への思いの強さと、旗揚げ公演らしい心の籠った芝居に、気持ちよく心打たれた。そのせいか、最後の最後に柔らかいスポットライトで浮かび上がっていた卓上の缶ビールがあたかも四人の若者(入居者から「おっさん」と呼ばれていた管理人のオオヤ[西本一弥]も含めて、今や六人の孫持ちの僕からすればシェアハウスで暮らす四人とも紛れもなく若者だ)たちのように思えた。その四本の缶ビールに向けられていた照明くらいの“程の好い温かい注視”というものが、人が生きていくうえで最も必要な光であることを主題にしている芝居だったように思う。強さ間合いとも実に程の好い明りだった。
 予定90分の芝居が120分くらいに延びたと会場入り口で聞いたときに、旗揚げ公演で休憩なしの2時間のオリジナル作をやって大丈夫なのだろうかとよぎった不安を一掃してくれる作品に仕上がっていて、感心した。父親と諍いを起こしたまま高卒で上京し、漫画家のアシスタントをしながら一本立ちを目指している二十二歳のオタク女子ユキ[山田紫織]がオオヤから託された交換日記のような五年間の記録を自室で読みながら嗚咽を漏らしている姿に涙を誘われた。僕の一人置いた隣の席に腰掛けていた老婦人から嗚咽が漏れ聞こえてきたことにも心打たれたが、成人して独り立ちをした子を持つ世代にはとりわけ効いてくる“若い成人たちの生の叫び”が随所に窺える作品だったような気がする。
 ユキの父親との和解と、同棲相手[奄莉*あんり* 特別出演]との結婚資金を貯めるために稼ぎの足りないカメラマンの道を断念して営業職に就き過重労働を重ねるなかで破局に至り失意のままシェアハウスに辿り着いていた二十八歳のタナカ[清里達也]の旅立ちの場面で終わればちょうど90分なので、当初予定されていたエンディングはここだったのだろうと思った。そこで終われば、奇しくもシェアハウスで同居することになった四人の相互作用によって、閉塞した“今”の苦境を生き延びるために“今”を誤魔化して生きることからのブレイクスルーを得る若者たちの物語ということになったわけだ。ハイライトシーンを受けて素直に終えるそのエンディングのほうが、ありがちではあるけれども据わりがいいように感じられるような「延長された30分弱」を、しかし、僕は積極的に評価したいと思った。
 目を背けていた“今の閉塞”に対して、ユキもサチコ[前田澄子]も自らの選択として「チェンジ」を加えたことにタナカが言いにくそうに異議を申し立てる。漫画家への夢を諦め、漫画編集者として会社員になる妥協で本当にいいのか? 自分の始末は自分でつける毅然を棄ててキャバクラオーナーの真面目に思える申し出を「こんな私でも拾ってくれる」ということで受ける妥協をしていいのか? 徒に自身に拘り生き難い人生を選ぶ“若さ”から脱し“大人になる”ことの必要性と、それに対する疑問。追加されたと思しき30分弱そのものの捌きは決してこなれておらず収まりの悪い形になっていたように思うが、これを加えてウェルメイドから放れたことで、プロフィールに1987年生まれと記された作者たる西本一弥二十八歳の真摯なる“今への思い”が伝わってきたような気がする。ありがちを避けるために敢えて延長した30分なのだから、サチコとタナカを結びつけるわけにはいかないなかで、タナカにシェアハウスに置き残してきた想いがあることを示していた鞄の存在は、かなり苦肉の策だったのかもしれない。
 前田澄子が深酔いすると男の腕を頼って寄りかかって眠りたくなるキャバ嬢の弱さと男に負わされた借金を独力で返済しようとする気丈を併せ持つ女性の可愛らしさと潔さを二面性ではない融合としてうまく演じ、実在感のあるマイルドアル中を造形して、話を運んでいたように思う。北海道出身とプロフィールに記されていた山田紫織は、武骨で意地っ張りなオタク女子を体現していて、遠く親元を離れて拘った生き方をしているユキが彼女自身に重なる部分を感じさせる熱演だったような気がする。入居者の母親に頼まれて近況報告としての交換日記を五年間つけ続ける好人物であるオオヤの真面目さと寛容に西本一弥の個性が納得感を与え、本人に自覚なきままに周囲に影響を与える人間の“時に無神経にも映るイノセンス”を清里達也がよく演じ、サチコを苛立たせながら惹きつけるタナカをうまく造形していたように思う。
 舞台装置も思いのほかしっかりしていて、経済性と効果をあげる工夫がされており、感心させられた。それにしても、地元で多年にわたる実績を残してきている三つの劇団[シャカ力、TRY-ANGLE、劇団シアターホリック]からこうして二十代のメンバーによるユニットが生まれ、これだけの芝居を果たせるようになっている高知の演劇事情に最も感銘を受けた。こういうことが常態になることが、いつかと言わず、すぐさま訪れてほしいものだと思った。
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