Arts Calendar/Art's Report site/《WADA Map》劇団トリのマーク(通称)公演 「なにもしない農夫」

vol.117


「なにもしない農夫」



2004年2月7日
東京・吉祥寺@にじ画廊


劇団トリのマーク(通称)公演
「なにもしない農夫」


節分も過ぎて、立春も迎え、いちおう春ってことなんだけど、まだまだ信じない、信じられない2月7日。それでも昼間は冷たさよりは温かさが勝っている空気。ちょっとムズガユイ風からは、悲鳴を上げそうな痛さは感じられなくなった。

その陽気に誘われるお散歩気分で吉祥寺。雑貨店、インテリアショップを冷やかしながら、開演までの時間を計る。まだ人もばらけぬ駅近くの画廊での公演。1階はアートショップ。というより、上質なものを並べる雑貨店と言ったほうが雰囲気の小さな画廊。5,6人も入れば、いっぱいになってしまう店内。2階へ上がる細い階段に「ブタさん」で足留め。

あれもこれもと手にとって品ものを見ているうちに、開場。晴れ晴れとした空間。白い壁、木の床。壁には『トリのマーク』のキャラクターがあしらわれたキャンバスとバッグ、劇団員手作りの陶器などが並べられ、アートショップの一画、画廊としても設えられた部屋。窓辺近くの木の椅子、テーブルがいい感じ。隣の部屋とか階下とか、繋がる別の空間への物語を予感させる。小学校の椅子(おざぶ付き)の客席。皮のソファもあるけど、特等席すぎてちょっと。。。

ギャラリスト役の丹保あずさと画家役の山中正哉は、開場の時から劇団の人と役柄と、両方を持ち合わせて存在する。お客のほうも、お芝居を見に来た人とギャラリーに絵を見に来た人、両方を味わいつつ(演じつつ)開演を待ちたいところだけど、どうしてもお芝居を見に来た人のウエイトが重くなり、早々に椅子に座り込んでしまう。ギャラリーを舞台に、わかっているのだから、開演を「俳優」が躊躇するくらいに「紛れ込んだ一般人」を演じてみたい気もする。『トリのマーク』のお芝居に、時にそういった見る側の間の悪さを思ってしまう(いつか「サクラ」を仕込んでもらいたい)。

壁に巡らされている山中画伯の「竜退治英雄譚」の連作に、いろいろ難クセをつける丹保ギャラリストと画伯との会話。絵の中の犬みたいなイキモノが動いたはず!と強く主張するコミカルなギャラリストを軽くあしらう画伯。下界(階下)を見てくる、とギャラリストが階段を降りようとすると櫻井農夫がそこを上がってくる。「いらっしゃいませ」と言いながらギャラリストがいなくなると、そこは櫻井農夫の世界になる。山中画伯はそこにいるのに、伝説の世界。それは画伯の頭の中のようで画伯の存在しない場所。

ギャラリーの壁から現われたイキモノ柳澤と櫻井農夫の無言のやりとり。お弁当の包みを解く農夫をじっと見つめるイキモノに、「食べる?」とばかりにカケラを投げると前足でぽーんと遠くへ投げ飛ばしてしまう。これが竜退治の強力な武器になったらしい。とはいえ「竜退治英雄譚」は描かれたような英雄譚ではなく、ちょっと調子っぱずれに終わり、農夫とイキモノは賑わう村を素通りして、また旅を続けたようだ。

2階の舞台では、ある「世界」が綴られていた間、階下のショップは普通に営業されていた。たぶん「上演中」とか、2階へは今は上がれないという表示が出ていたのだと思うけど、上からは時折、俳優が降りてくるし、なんだか話し声が聞こえる。上でレジの音や入り口のドアの軋む音が聞こえていたのだから、下にも何か聞こえてただろう。それが、「ギャラリー」が参加してるようで、見ているだけという状況+ふたつの物語がひとつの場所で同時進行しているという今回のお芝居と、「にじ画廊」の1階と2階の世界が入れ子になっているような気がした。もっと気になっていたのは、「俳優」が世界を繋ぐ階段の途中で、どんな表情・気持ちの変化をしてたのかと、1階のお客さんの反応。1階と2階、同時に両方にいることが出来たら、面白かっただろうなと。


2004年2月7日
東京・吉祥寺@「にじ画廊」にて

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