Arts Calendar/Art's Report site/《WADA Map》迎賓館参観

vol.127


迎賓館参観



2004年8月5日
東京・赤坂「迎賓館-赤坂離宮-」

何年も何年も往復ハガキを出し続け、初めて「迎賓館参観」に当たりました!7月末から8月初の10日間。東京は間違いなく夏一番の猛暑で、こんな時に国賓など来るはずもないという時季に、毎年、参観ができます(往復ハガキで申し込み、当たったら参観)。1日に2500人×10日、だそうです。

さすがに豪華な正面門からは入れてもらえるはずもなく、職員用の出入り口である西門に受付があります。アルバイトの学生に当りのハガキを見せ、門の中へ。さらに身分証明書とハガキを照らし合わせるチェックを受け、五七の桐の紋のカラーバッチを受け取ります。20分単位で受付時間が決められていて、その時間に集まった2、30人程度が1グループでメガホンに先導され、いよいよ迎賓館の中へ。やっぱり通用口からですね。受付からその入り口までの案内の人、「迎賓館に一度宿泊すると、その後10年間は宿泊できないと言われています」と言い残し、館内の案内にバトンタッチ。一斉に「なんで〜?」と突っ込みが入りますが、答えは知らされないまま。「できない決まりです」ならともかく「言われています」では、伝説みたいじゃないの!

通用口からでも、数段の階段を登ると真っ白な漆喰に彫刻を施し、そこに金箔、さらにシャンデリアという世界が始まります。さて、ハガキにある注意事項には「平服(涼しい服装)で、また、歩きやすい履物でおいでください。」とあります。宮内庁ってことで暑いのに紋付や留袖で来ちゃう人がいるのかな〜と思っていました。そういう人はいなかったけど、いくら平服ったってね。ビーサンとか、ミュールと本人は言うであろう突っかけサンダル、500円くらいのTシャツ、短パン。暑くて汗びっしょりになりそうだから、そういう服を着たいのはよくわかる。迎賓館の壁は手入れが行き届いた漆喰で真っ白、金箔も褪せずに輝いていて、どこもピカピカです。そこに、とってもラフな服装の人がいると、すごく安っぽく見えるんです。偽物っぽくて「貧乏くさっ」。

1グループ単位でまとめられましたが、中に入ったら、順路に従えば自分のペースで見ていくことができます。まず「彩鸞の間」。訪れた国賓なども、まずこの部屋に通され、会談の模様なんていう場面がニュースで映る時はここだということです。ベルサイユ宮殿の鏡の間をお手本に、迎賓館の外観からも想像される、とても「おフランス」な部屋です。天井が高く、鏡を多用しているので余計に広々として、でも何か。壁・天井の金箔を施した漆喰の彫刻は、アラベスク模様やペガサスや獅子も細密で、でも何か。様々な違和感が部屋と頭の中を渦巻いて。。。閉め切って外が窺えなくても、そこにあるのは日本の空気で、その日本の空気感を無視した絶望的なギャップが違和感の原因だと思います。真っ白の漆喰と曇りのない金箔、磨き上げられたガラスで構成されている「彩鸞の間」。日本らしさも国際性も何もなく、失笑を誘うギャグになってしまってる。一緒に部屋に入った人達も、「すごいわね〜、すてきね〜」という言葉を用意していたのに、一様に「・・・?」という感じ。

テンション下がりまくったところで、「花鳥の間」。よかった、ここはまだ日本っぽさがある。落ち着いた茶褐色のシオジ材の腰壁、ドア、柱。天井の花鳥画は、空の色、湖水の色を青磁色で現しています(ローマ風の橋の上を鴨が飛んでたりするんですが)。壁の中程には、直径50センチくらいの七宝焼が30枚飾られています。日本画家の渡辺省亭の下絵、涛川惣助が七宝焼にしたもの。ここは、日本人が日本の素材で洋間を作った、と日本から出発しているのが感じられます。適度に年季の入った木彫の陰影とか、ピカピカするばかりが金箔ではないという落ち着きにわずかに気分が上向きに。

部屋の広さに比べて、細い廊下を通って、中央階段・2階大ホール・朝日の間へ。このあたり大理石だらけ。それも高さ3メートル、直径7、80センチという無垢(?)の柱が何本も。紫の大理石の柱、台座はベージュでそれぞれイタリア産。朝日の間のピンクがかった16本の大理石の柱はノルウェー産だとか。もちろん、いまでは見つけることも難しいほどの大きさだそうです。

木と竹と紙の家に住んでる日本人が明治時代にここまでの洋風建築を作り上げたのは、すごいと思う。でも、進むにつれて、何を聞いても見ても「ああ、そうですか」としか感じなくなっています。あまりの贅沢さに感覚がマヒして、じゃなくて、ここ(元離宮)を迎賓館として使おうと決めた時点(1967年)から、日本政府って文化を捨てたんだなぁという脱力感。かつて、こういう洋館を作ったことを博物館的に保存しよう、ならいいんだけど、迎賓館としてすべて借り物の中で外国の人をもてなすことを哀しいと思ってしまう。フランス植民地の歴史がある国ならば、この迎賓館はありだけど、日本にとって、この様式は「外国かぶれ」でしかないわけです(建設当時の明治時代には、別の価値があったでしょうが)。

日常では触れることもできないほどの、豪華・華麗を期待していたのだけど、拍子抜け。確かにそればかりに囲まれた1時間ではあったけど。贅沢だなぁ、すごいなぁと思うのは、迎賓館の部屋の中の、壁の細工の小さなパーツか、素材そのものという大きなもの。それらが集まって作られた「館」「部屋」にはなんにも魅力を感じない。最近はレセプションや晩餐会に使うだけで、迎賓館に宿泊する要人は少ないというのがよくわかる。違和感だらけの居心地の悪い空間に、長い時間いるのは無理。「・・・宿泊できない」のは、精神的疲労の回復に10年はかかるっていうこと、かと。

2004年8月5日

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