Arts Calendar/Art's Report site/《WADA Map》劇団トリのマーク(通称)公演 「象のまわりで騎手は」

vol.106


「象のまわりで騎手は」



2003年7月27日
東京・亀有@青砥やくじん延命寺


劇団トリのマーク(通称)公演
「象のまわりで騎手は」


梅雨明け、夏休み、両国の花火大会が夏の順番のきまりごと。なのに梅雨明け前に「夏」が始まってしまった今年の東京。浅草から隅田川を越え、荒川を越えて、中川のほとりまで。暑いのが苦手な私は梅雨明け前の曇り空を期待して、そして混雑回避のために花火大会の翌日を選んで、早めに着いて、お寺の中・外を見たいと思ったのに、渋滞に巻き込まれてしまった。ぎりぎり空いてた椅子に座って扇子を取り出したけど、川風が公演の行われる本堂を通り、すぐに暑さを忘れる。この風は「夏休みだなあ」。畳が裸足に心地よい。「お昼寝っきゃないでしょう」ごろごろしたい〜。

ほっと一息ついて、ぼんやりするころ、本堂でお客さんを案内したり、調度を整えていた出月勝彦と櫻井拓見の様子がちょっと変わる。本番前の準備運動か開演かと見つめていると、ごく自然に劇中にスライドしていく。お客さんには、子供がすごく多い。いつもここで遊んでいるような、お寺にも慣れた様子の子供達。空気が切り替わったのが子供達にも伝わって観劇モード。

「い」「いぬ」とか「か」「かめ」とか相手の言った一音にひとつ足して単語を作っていく言葉遊び。優勢なほうが住職の座るふかふか座布団に座れるらしい。そして相手が詰まると机の上のお鈴がゴングになる。と盛り上がっていると住職=山中正哉が本堂に入ってくる。夏物の袈裟を着て。いつもエキゾチックだったり、アバンギャルドだったりの手作り衣装がおもしろい「トリのマーク」で本物を使うのって珍しい。常連らしきお客さんから軽くどよめき。その姿を見るなり、出月勝彦と櫻井拓見はわらわらと本堂の外へ散っていく。あとについて行きそうな子供もいたりして。

山中住職は、いつものことというふうに座布団に座って机の上を片付けたりしていると、賑やかに華やかに丹保あずさが登場。「また逃げられたわね」と。そして一方的に「象がくるんですって?くるのよね!」とまくしたてて、また賑やかに去っていく。こちらはヒンズーの神様みたいな(いつもの「トリ」っぽい)衣装。その後には静かに柳澤明子が現れる。白い衣装はアラブの人のよう。櫻井拓見の黒い衣装とは色違いのお揃いっぽく、この二人は対になっててご本尊の脇侍か眷属なのかと思う。山中住職に「そもさん」「せっぱ」と問答をしかけようとする。本尊の前で寝てしまったり、須弥壇に上がったり、やってみたいけどできない、うらやましいことをいろいろして、山中住職に「人間にはやってはいけないことが3つあります」などとたしなめられたり。そのやってはいけないことは「人の頭に手を入れて掻きむしったり」とあんまり教訓ではないことを言う山中住職。まじめなようでいて、人を食った雰囲気で。観念的な禅問答のような、というより、寝起きのぼんやり頭のような噛み合っているのか合っていないのか、という会話が積み重ねられる。

結局、象は来なかった。「くるのよね!」というのも、勝手な思い込み。でも小舟に乗って中川をのぼってくる象とか、ビーズで飾られた手のひらサイズの象を想像して「クスリ」と楽しかった。

本堂に現れる人によって、その場の空気が、次元が変わるリズムは、レム睡眠とノンレム睡眠の繰り返しのようで、やはり「夏休みのお昼寝」。子供の頃、あんなに嫌だったお昼寝、いまは人生の至福の時だと思う。風渡る畳のうえで起きながら夢を見て、短いながらも充実した貴重な時間。往復4時間の「長旅」ではあったけど、決して損した気分にはならず、いい夏休みだったなとつぶやきそうになり、梅雨明け前だったと思い出す。

タイトルと延命寺という名前から、本堂には象に乗った普賢菩薩がいらっしゃるんだろうと思っていた私。須弥壇の見えない位置に座ったので、終演後に拝見するのを楽しみにしていたら、そこには珍しい半跏の地蔵菩薩。予想がはずれて意外というより、だから子供が多いんだと納得。


2003年7月27日
東京・亀有@青砥やくじん延命寺にて

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