Arts Calendar/Art's Report site/《WADA Map》2003京都-清水寺「青龍会」

vol.113


■2003年12月7日■
■京都-清水寺「青龍会」■



約1年ぶりの京都。去年から絶対に見たいと騒いでいた243年に一度の「清水寺奥の院御本尊御開帳」。9カ月に亘る期間の最終日にようやく京都に行くことができました。

京都駅に着き、簡単に昼食を済ませ、一目散に清水寺に。誘惑の多い五条坂もほぼ素通りして、最初の目的である「青龍会・行道」を目指します。「清水寺奥の院御本尊御開帳」の今年、春と秋の数日、そして最終日に見ることのできる行道は、風水思想にもある東=青龍・南=朱雀・西=白虎・北=玄武の四神相応の考え、東山の清水寺には青龍という縁起。乱暴に言ってしまえば、獅子舞とか中国の龍のような行列ですが、装束をワダエミが、全体の監修を西村公朝が行うというもので、パンフレットで見たときから、ぜひ見たいと思っていたもの。舞楽の衣装のようないでたちの人々と龍が清水寺境内から参道を練る、その後半を見ました。

境内と参道のちょうど境目で待っていると、さすがに水神=龍。晴れた空から時雨。先布令の法螺貝の音が聴こえ、龍の頭がちらちらと見えてきます。時雨と夜叉神の降らせる観音加持の「八功徳水」を受け、手を合わせてお待ち下さいとの声に素直に従って、目の前を龍が行き過ぎるのを見守ります。法螺貝を吹く転法衆、観音加持を司る夜叉神、四天王、経を唱えながら行く十六善神、龍を捧げる龍衆と、それぞれの装束の色合いや細工が素晴らしい。京都ならではの和の職人さんが手掛けたもの。小さな背守りに至るまで、渋く、また華やかな色遣い、ため息の出るような刺繍、染め。鈍色の装束の裾に配された緑色・柿色は、境内の松や杉、ちらちらと舞う名残のもみじの赤と同じ色合いで、秋と冬の中間のちょうど今の季節と同じ。運命的な色遣いに、何も言えず、この縁をありがたく思ってしまいます。 このあと、「清水寺奥の院御本尊御開帳」。わくわくしながら「どこ?どこ?」と境内に入ります。目指すお堂の手前にはぐるぐると列を作る人の頭。普段なら、絶対に諦めるほどの待ち時間ですが、並びます。そして、ようやく念願の仏像達を拝見。

外で並んだのよりも長い時間、お堂の中にいたでしょうか。薄暮となり寒さもひとしお。「もう東京に帰っても惜しくない」という気分ですが、奥の院を出たところにはお茶目な大黒さま。横の売店で、この大黒さまの「ソフビ人形」発見。その触り心地につい手が伸びます。そして、見渡すと清水寺の境内には他にも仏像を安置したお堂がいくつかあります。それぞれを拝観し、友人はご朱印をいただいてから、いったん清水寺を後にします。二年坂・産寧坂で体を温め、買い物をして、この後の清水寺ライトアップ時(これも最終日)にもういちど、「御開帳」を拝観します。

すっかり暗くなった空に青いひと筋の光が延びるという演出。青い光は清水寺境内の上を通っています。その光の脇に十三夜の月。青い演出にも負けない、煌々とした紛れもない冬の天体の強い月光です。私にとっては、これで充分のライトアップ。

本堂へ行く手前のお堂に普賢・文殊菩薩が見え、気になって上がってみました。絶対に身近にいる動物(ペットや家畜)をモデルにしたと確信できる象と獅子の表情が可愛い。乗っている菩薩の記憶が薄いのですが、大きな仏像でした。象と獅子は「可愛い」と言われ慣れている動物にありがちな、愛嬌のある人慣れした表情をしていたのですが、三尊像としての印象が薄く、ちょっと枯れた仏像だったように思います。なんだか、誰も見ない(手をあわせない)ことにちょっと拗ねているような。もう一度、きちんと仏像も見に行こうと、今になって思います。常時公開しているお堂だったのか、こういう時だから、特別だったのかなとも思います。清水寺には拝観できる仏像が本当はいろいろいらっしゃったのねと、いままで「観光寺院」と敬遠していたことを反省しました。本堂の内陣、内々陣には二十八部衆や十二神像がぎゅうぎゅうにいらっしゃるのは知っていたのですが、見せていただけないなら、興味なし。だったのです。結局、清水寺に5時間、いました。もうこれで気が済んだというほど、清水寺を満喫したはずですが、店じまいを始める参道で「で、舞台って?ライトアップされた舞台、見た?」


2003年12月7日

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