Arts Calendar/Art's Report site/《WADA Map》2003京都-「清水寺奥の院御本尊御開帳」

vol.114


■2003年12月7日■
■京都-「清水寺奥の院御本尊御開帳」■



「青龍会」という目的のひとつに感激し、その余韻が醒める前に最大の目的「奥の院御本尊御開帳」です。簡単に京都に行くことができる今(その割には最終日なんだけど)、243年に一度にぶつかったことに感謝、感謝!

青龍会を待っている間に体は冷えきってしまったのだけど、暖かいところでお茶する前にもうひと頑張り。西銀座チャンスセンターもかくやというほどに、蛇行した長い行列につきます。大英博物館展もかなり並ぶらしく、それが嫌で見に行きませんでしたが、私にとっては「奥の院御本尊御開帳」は格が違う。何時間並ぼうと見ます。大英博物館より三面千手観音です。友人とくだらない話をしていると時間は早く過ぎ、いよいよ「奥の院御本尊御開帳」。今回は奥の院ではなく、別のお堂にての御開帳。

靴を脱ぎ、一歩、はいります。見上げると軽々と天翔る雷神。おもしろそうに悪戯そうな笑みを浮かべ見下ろす表情は、子供のよう。発する稲妻と台座の荒削りな雷雲の躍動感が現代風でキッチュな感じ。このお堂には床がないのですが、今は赤い絨毯が地面を覆っています。凸凹の足元から冷気が上がってきますが、その冷たさなど苦にならない。堂内は抑えた電灯とたくさんの灯明で赤くゆらゆらとした、神秘的であり安心感のある明るさ。この灯の中、仏像を見上げながら、進みます。ぐるりと回って20メートルあるかないかの小さなお堂ですが、私と友人は、ゆっくりゆっくりと時間をかけて進みました。

順路は、まず、ご本尊の後ろ側を通ります。三面千手観音と眷属二十八部衆、脇侍の毘沙門天立像・地蔵菩薩立像に風神・雷神の三十三体。本来の配置とは違えてあるようですが、入り口の頭上に雷神を配するのは、なかなかの効果。風神・雷神と二十八部衆は江戸時代に作られたものと考えられるとのことで、彩色がよく残っているし、衣の細かな意匠も粋ですが、慶派の流れを汲む仏師の作で、「鎌倉っぽい」格好良さがあります。筋肉や皮膚の表現はむしろ遡って天平の乾漆の仏像を思わせたりもしますが、なにより江戸時代のものなので、持物もしっかりと残っているのが嬉しい。

裏側半分だけで、充分に感激。表側に行き、ご本尊のある正面を見る前に振り返り、見上げると風神。入り口の雷神と対になる場所です。ここで風神に気付く人が少ないのが残念。私たちが半ばくちを開け、人の流れに逆らって見上げている姿にぎょっとして、風神の存在に気付く人もいて、「よかったね〜風神」。風神はその袋から風を吹かせるというよりも、自らが袋を帆か動力にして雲間を飛んで行くようなスピード感があります。ここの風神・雷神はサイズが小さめで、この時は他の仏像から離れた天空にいたこともあり、自在に空を駆け回っているような開放的な気分を強く感じました。

裏(北)側と東側には充分に間隔を空けて十二体が横一列に並んでいましたが、表側には毘沙門天立像・地蔵菩薩立像と残りの二十八部衆とが真ん中にご本尊を取り囲み、ぎっしり。二十八部衆全部が持物と共にこんなに完璧に揃っているのを見たのは初めてかもしれない。何体かが後補だったり、別のお寺から来たものだったり、何を持っていたのか無くなってしまったままの虚しい掌だったり。仏像自体がどこか欠落していたりということも多いのに。灯が暗めで、あんまりにもぎっしり並んでいるので、後ろのほうは誰だかわからない仏像もあったことが残念。(数えなかったけど、このお堂に本来いる仏像もいて三十三体以上いらっしゃったと思う)

ご本尊の三面千手観音菩薩坐像は、珍しい仏像とのこと。秘仏であり、普段は御前立ちというそっくりな仏像が表にいて、ご本尊は厨子の中にいらっしゃいます。「三面」「千手観音菩薩」「坐像」と、組み合わせと言っては悪いんだけど、千手なのに三面、千手なのに坐像と珍しく、ほぼ同じ形の千手観音菩薩像は曼陀羅に描かれたものが唯一という貴重な仏像だそうです。鎌倉時代初期の作ですが、秘仏であることからか、その金色は初々しく、光背の化仏も生き生きとして満月のような仏さま。阿弥陀如来の印のその手には五色の絹糸がつけられて、参詣の人々が観音様と縁を結べるようにとなっています。まったく信心のない私もこのときばかりは、絹糸にすがりました。243年に出会えたことへの感謝です。


2003年12月7日

WADA Map」の扉へ

無断転載禁止 掲載:アーク編集室