Arts Calendar/Art's Report site/《Report from TABISAKI》09/02/24


岩村原太の「万国文化中心報告」vol.262

清流劇場●芸術創造館

 大阪市旭区、難読地名の多い土地柄ですね。地下鉄谷町線を利用して
東梅田から大日方面にしばらく、守口市までもうすぐ、という立地に森
小路や千林、大宮という商店街がぶつかり合い、こじんまりとした下町
風の家並みが楽しめます。今回は電車で通勤してみました。「無敵商会」
とか「西崎照明」とか、かばんの染替え屋さん。

 落ち着いた住宅街です。以前は何か尖がった感じだった芸術創造館も、
すっかり地域の風景になじみ、同じ敷地の旭区民会館とも共存して、悪
くない空気。こうなってくると足元の黒いカーペットや御影石、低め天
井の20世紀末公共建築様式は少し先走りしていたようにも思われます
ね。でもどうだろう、時代の証人ということか。

 何かを反省して、何か新しいことに手を掛けて、それでもスタイルが
それに伴わず内実は旧弊のままというのも、表現あるいは表出としては
正直なところでしょうね。少しづつ出入りする人々が入れ替わって、気
がつくと容れ物は古臭いけれど活動は普通に現在的、という時期が訪れ
る。そしてまた建物を造り替えて再出発する。

 基本の市民活動が次々新陳代謝していくことに建物、あるいは施設が
付いて行っていない、といわば言える訳ですが、引き合いに出すのも申
し訳ない気はするものの例えば、上野の文化会館ほか幾つかの堂々とし
た会館建築であればいつまでも時代に古びない存在感を示し続けること
も出来るのですよね。公民館と公会堂の差という?

 日本の会堂建築史に立ち戻らないまでも、市民活動を旨とした容れ物
と劇場芸術招来をにらんだ建物の、それぞれ出自の違いは始めから明確
なので「芸術創造館」とは万国的にも秀逸なネーミング。こういうとこ
ろに大阪の良き文化の息遣いをまざまざと味わいます。京都ほど古(い
にしえ)にこだわりが無いので新旧混在するんだ。

 ちょうど今回のお芝居もそんなテーマの、ストーリーが余り流れない、
珍しいタイプのもの。もう少し骨太な感触が有った方が見ごたえもした
か、でなければ劇構造的にスタイルの新旧がモンタージュされても良か
ったのか、がしかし、大練習室の決して良好とはいえない観劇条件下で
約2時間、集中を損なわせない演技・演出の技!

 人間像か劇世界か、演劇の魅力を語る場合に時に右往左往させられま
すが、劇空間・時構築の企みは決して周到な計画によってのみ実現する
訳ではないのだなぁと思い知りました。街作りと一緒で、長い経験が積
み重なってきた先に、一色ではない、複雑に沈んだり輝いたりする景色
が俳優個々人に宿って、その奥行きが透けて見える。

 こんな現場だったら照明は、本当に演技を見せるだけで、デザイン無
しでも成立するんですよね。照明が無理に何かを表現しなくて良い。舞
台美術(装置)は演技を支え、引き出すために不可欠の要素となります
けど、照明はその全体を過不足無く見せていけば良い。なんて心穏やか
なスタンスなのだろう。素晴らしい。

 但し「せりふ」が人間関係や状況を説明しなくなったとすると、照明
がもっと抽象的に「演劇的なるもの」を見せる必要が生じてくるのかも
しれないですね。このあたり、研究してみたいと思いました。ありがと
うございました。

(2009/2/24)


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