Arts Calendar/Art's Report site/《Report from TABISAKI》09/02/15


岩村原太の「万国文化中心報告」vol.261

オペラ・コミック●レディ・サラシナ

 オペラ・コミックを訪れたのは山海塾の主宰・天児牛大の演出による昨年3月
リヨン・オペラ世界初演、ピーター・エトベッシュ作品「レディ・サラシナ」の
再演・パリ上演のためです。以前「三人姉妹」というオペラで成功したその組み
合わせ、更級日記をベースに書かれた英文学を元に、新たに歌詞を構成した新作
オペラです。

 変則2管編成のオーケストラとソプラノ・ソリスト2名、アルト及びバリトン
・ソリスト各1名、上演時間1時間10分という作品。音響的にマイクを使った
歌が入ったり、録音された演奏とのアンサンブルがあったり、また客席内3箇所
にクラリネット2本とサキソフォンが散らばり、多重音源での空間演出が試みら
れています。

 タイトルロールのレディ・サラシナは一役、ほかの3人の歌手はストーリーの
進行に伴って様々な多役を演じます。オペラの形式は取っているものの、いわゆ
るオペラのイメージからするとよりオラトリオに近い感じかもしれません。内容
も更級日記の純粋な翻訳というより、主人公である作者の人生を振り返った、よ
りロマンティックなモノローグになっている気がします。全9場、コンパクトに
大きく物語ります。

 作曲者そして指揮者でもあるエトベッシュ氏は、世界中の音楽家たちから絶大
の信頼と尊敬を集めている人物、ですから今回の上演も彼の作品を聴く目的での
来場者が少なくなく、オペラハウス全体が一致団結して、今晩の音楽会を成功さ
せよう、と熱心に集中している状況が続き、オペラとしては短い演奏が終わった
瞬間には満場がため息とも何ともいえない吐息をもらし、皆が幸せな気分を味わ
った初日でした。

 近代的、あるいは現代的なオペラハウスで多重音源演出が行われても、作品に
マッチしない場合には妙な違和感が付きまとうものですが、今回は作品性と空間
の装飾性に見事に合致して、正に現代オペラ、という仕上がりになっていたよう
です。

 基本となるアコースティックが堂々たるクラシックの鳴り響きなので、却って
スピーカからの音もそれに溶け合って、自然な作品世界の形成に寄与していた、
ということなのかもしれないし、衣裳や演技が伴うにしてもこれはあくまでも現
代音楽の演奏なのだから、との割り切りが余計な印象を付け加えずに済んだその
結果なのかもしれないし、21世紀音楽の一つの在り様に立ち会えたことに、感
謝するばかりです。

 ダンスの公演で、映像化されたダンスと実際にダンサーが踊るムーブメントを
重ねて見せる手法がありますが、その聴覚版という体験ですね。演劇でもそれは
ありますが、リアルとレコードの重写、その洗練された実験は既に表現として市
民権を得て、技術と実演の境界は、創作の局面では、次のステップを見つけ始め
たということ。

 技術が創作の内容に関わって来ているのは現代美術では当然のことで、前衛芸
術としての舞台表現・劇場芸術でも、新たな照明・音響、そして映像・装置の、
表現における定義づけ、内容の深化を急がなければならないと思いました。

(2009/2/15)


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